第69話 ヤクモ<神殿>:開幕
「ホント、何でこんなことになってんだよ!」
約束通り現れたジュリアスが叫ぶ。
今日は勇者の『壮行会』だ――いや、『壮行会』といっているのは俺だけで、正式名称はもっと長い名前だった筈だ。面倒なので『壮行会』いいだろう。
神殿での訓練や野外演習が終わり、勇者たちは神殿から出て、本格的に活動することになる。具体的には学院の寮へと移り、そちらが拠点となる。
そして、冒険に必要な技術や知識を学び、仲間を募る――という訳だ。
今日は勇者たちのお披露目も兼ねているので、お偉いさんたちも沢山見学に来ていた。この後、パーティーも開かれる予定となっている。
貴族たちにとっては、ここで初めて勇者たちとの面会が可能となるため、良好な関係を築こうと気合いが入っているのだろう。その様子が、派手なドレスで着飾り、俺たちと同年代の少年少女を連れて来ていることから窺える。
今し方、国王陛下の退屈な――いや、有難いご高説を賜ったばかりだ。
本来はこの後、勇者代表として獅子王の挨拶だったのだが、俺は急遽、勇者の実力を見せるデモンストレーションとして、ジュリアスとの決闘を捻じ込んだ。
リーダー特権という奴だ。エリスのことを女性陣に話すと、皆一様に協力してくれるとのことで助かった。やはり、女性はこの手の話が好きなようだ。
サクラには役割があるので、別の場所に待機して貰っている。
決して――何か仕出かすから――という理由ではない。
今は壇上で国王に続き、騎士団長が何やら熱く語っている。
周囲の様子から、国王より人気があるようだ。
彼は勇者の訓練を行った責任者だったので――勇者の成長は著しく、頼もしい限りだ――みたいなことを述べていた。
まぁ実際、『頼りない』だの『弱そう』だのと言える訳もない。
この場にいる貴族や『勇者召喚』に関与した神殿側の人間が気持ち良くなるように言葉を選んでいるようだ。
人の上に立つ人間は、周りにサービスもできなくてはいけない――ということだろう。時間があれば、彼の処世術を学びたいモノだ。
「つーか、姉ちゃんも居る……スゲェ睨んでる――」
とジュリアス。貴族と思っていたが、言葉遣いは俺たち学生と同じレベルだ。
こちらとしては話し易くて助かるが、社交界の場でやっていけるのだろうか?
「何だ、姉が怖いのか?」
俺が冗談めかして言うと、
「ウチのは特別なんだよ」
と真顔で返される。俺は観覧席に居る美鈴姉を見た後、
「ウチのもだ」
教師の立場からいって、決闘など許容できないだろう。
唯でさえ、勇者として魔王と倒すなど、バカげた話になっている。
相談する時間が無かったため、直前に報告した結果、怒られた。
「バーカ、アレは心配している顔だろ……ウチのは――負けたらコロス――て目が言ってやがる」
うへぇ――とジュリアス。そういうモノか――
(後でもう一度、美鈴姉に謝っておこう……)
「それより、作戦は分かっているんだろうな……」
念のため、ジュリアスに確認する。
「顔以外を狙えばいいんだろ――まあ、ある程度暴れたら、お前から指示を出すと聞いている」
「十分だ」
騎士団長の演説も終わり、俺たちは入場する。
同時に周囲から期待と奇異の視線が向けられた。
審判はエリスだ。俺が始めて会った時と同じ、白い鎧を身に付けている。
「まったく……何を楽しそうに話していたのよ」
「やれやれ、真面目だな」「そこがエリスのいいところだろ」
そんな俺とジュリアスの会話に溜息を吐き――本当に貴方たちは――とエリスは呆れた表情をしたが、直ぐに真面目な顔をする。
俺は丁度、場が静かになったので、
「お待ちください!」
大きな声を上げた。
「私、異世界の勇者ツキカゲは、この者と約束をしております!」
再び、周囲がガヤガヤと騒ぎ出す。
「エリス・フェザーブルク――彼女の『愛』を賭けた一騎打ちです」
この演出は、ジュリアスとエリスにも秘密にしていた。
説明する時間が無かったためと、賭けの要素が強かったからだ。
エリスのことだ。事前に伝えた場合、反対するに決まっている。
また、二人に演技ができるとも思えない。
「お前、勇者だったのか⁉」
とジュリアス――そこか……。彼の場合は、少しズレているようだ。
いや、彼のメイドであるラヴィニスが、知っていて
「『剣の乙女』よ、この決闘をどうか、お認めください!」
当然、打ち合わせ通り、シグルーンが立ち上がり、前へと出る。
そして、<剣>の精霊・グリムイーターが姿を現す。周囲は更に騒がしくなった。
どうにもこの国では、高位精霊は神に近しい存在のようだ。
『認めます――勇者ツキカゲ』
『この決闘で勝った方が――エリス・フェザーブルク――の伴侶とします』
この声は、会場にいる全員へと響いた。
異論を唱え、騒ぎ出したいのは『ハウリングフォード家』と『フェザーブルク家』の者たちだろうが、場所が場所だ。言い争う訳にもゆかない。
ジュリアスは――面白れぇ――という顔をする。
一方でエリスは、声には出さなかったが、思い切り狼狽していた。
俺はそんな彼女に目で――どうした? もう後には引けないぞ。早く何か言え――と合図を送る。
後で覚えてなさいよ――とエリスは睨み返してきた。
だが、今回はシグルーンも協力している。怒られることはないだろう。
エリスは観念したのか、
「分かりました。<剣>の精霊様――わたくし『エリス・フェザーブルク』はこの試合の勝者の伴侶となることを誓います」
俺とジュリアスは互いに距離を取る。エリスは旗を上げると――もう! どうなっても知らないからね!――といった表情で、それを一気に振り下ろした。
試合開始の合図だ――
「どりゃあーっ!」
と先に動いたのはジュリアスだった。素手による連打、連打、連打。
拳のラッシュが続く。俺はそれに耐えるのみ――種明かしをするなら、スライムの『ルビー』を全身に纏うことで、攻撃のダメージを軽減していた。
『ルビー』の透過能力と俺のスキルで、その能力を隠蔽しているため、普通の人間にはまず見破られることはない。
これで防御は問題ないと考えていたのだが、膂力では完全に俺が負けている。
(何というバカ力だ……)
【クリエイト:力】を使用し、何とか吹っ飛ばされないように凌ぐ。
そして、ある程度追い詰められると、空中戦へと移った。
蜘蛛の『アリアドネ』の糸により、ワイヤーアクションを行う作戦だ。
勿論、糸もスキルで透明にしている。
ワイヤーアクションは子役だった頃、少しだけ経験した。
昔は平気だったのだが、今は気持ちが悪い。
俺とジュリアスが空中でぶつかり合う度、会場に激しい音が響いた。
狐坂により仕掛けられたラップ音のトラップだ。
床には砂煙が発生するトラップも仕掛けられている。
俺は時折、姿を消す。
――ズザザザザッ、バシン、バキ、ドカッ。
綿貫さんと伊達に言われ、少年漫画的演出を入れてみたのだが、果たして上手くいっているだろうか? 観客が呆気に取られている中、
「このままでは埒が明かない!」
と俺は舞台――じゃなかった。会場の中央に姿を現す。
ジュリアスも同様だ。ぶっつけ本番だったためか、想像以上に体力を使ってしまい、互いに息が上がっている。
――頃合いだろう。
「一撃だ。俺は逃げない。お前の渾身の一撃を打ってみろ! その一撃に耐えきれば俺の勝ち、俺が耐えられなければ――お前の勝ちだ!」
「面白れぇ!」
とジュリアス。
ノリが良い――こういう奴と演技をするのは気持ちがいい。
――さあ、俺の演目はこれで最後だ。道化は退場し、フィナーレと行こう!
ジュリアスの全力の拳が俺に放たれる。
同時に、彼の影に潜ませていた狼の『シロ』が咆哮を上げた。
会場全体の空気が揺れ、多くの人が耳を塞ぐ。
必殺技みたいでカッコイイでござるよ――と綿貫さんのアイデアだ。
確かに、普通の拳でやられるより、説得力がある。
俺の後方にある壁は最初から壊れていた。
今は<スキル>【ディスガイズ】で普通の壁に見せているだけだ。
予定通り、空中戦の時と同様、『アリアドネ』の糸に引っ張られ、会場の外へ飛ばされる演出をする。タイミングを合わせ、<スキル>【ディスガイズ】を解除し、崩れた壁を出現させた。
丁度、壊れた壁から見える塔には、サクラを待機させている。
俺がその塔まで吹っ飛ばされるのと同時に、サクラは塔を破壊した――いや、少し殴るだけでいい――と言ったのに! やり過ぎだ……。
塔はガラガラと音を立て、ゆっくりと崩れ落ちた。
――サクラとは、後でゆっくり話し合う必要がある。
一方、会場ではジュリアスが呆けているのかも知れない。
エリスも一緒だろうか?
最後に、妖精の『プリム』に二人を祝福するようフラワーシャワーを頼んでおいた。
――上手くいっているといいのだが……。
精霊が立ち合い、勇者と決闘し、妖精が祝福した。
――そして、貴族たちが見ているのだ。
もう誰も表立って、あの二人に文句を言う奴はいないだろう。
余談だが――俺はこの後、猿渡さんに頼んで、塔の修繕を手伝って貰ったのだが、
「あーあ、ヤクモがどうしてもって言うから、人気の無い場所でやったけど、腰が痛いぜ。強引なのも嫌いじゃないが、もう少し優しくして欲しかったな……。まぁ、なかなか筋がいいし、次はもっと、気持ち良くできそうだな!」
と言われてしまった。確かに間違ってはいない。
だが――もう少し言い方……何とかなりませんか?
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