第67話 ヤクモ<学院>:学生寮


「何故、アタシがこんな格好を――」


 とはエリスだ。別に変な格好をさせている訳では無い。

 ただの男装だ。

 学院の制服姿に俺が<スキル>【ディスガイズ】で変装させたのだ。


 一応、名前も<魔法>【フェイク】で変更した。

 <魔法>【オートマティムス】を使って、【ステータス】の文字を上書きすることもできるが、そこまでする必要はないだろう。


 学生が態々、生徒の【ステータス】を鑑定し、看破して来るとは到底思えない。


「そうか? 似合っているぞ」


 ――いつもの格好と大差ないが……。


「そういう問題じゃないわ!」「大丈夫だ。髪も変えただろ」


 【フェイク】で髪の色を黒に変え、【ディスガイズ】で短くしている。

 俺の髪の色と似たような色なので、同郷だと映るだろう。

 一緒に居ても不自然ではない。


 それに貴公子然とした風采だ。シグルーンには好評だった。


「だから、名前よ! 何で『ロリオ』なのよ⁉」


「お前が『エリオ』が嫌だというから……」


「面倒な奴を見るような目で見ないで!」


 おっと、【ポーカーフェイス】を使用するのを忘れていたか――いや、今は必要ない。学生の姿に変装して、学院の学生寮に忍び込んでいるだけだ。

 【ポーカーフェイス】では逆に目立つ可能性がある。


 ――学生らしく自然体でいよう。


「気付かれないための偽装だ。変な名前の方が、逆に疑われないだろう……」


 常識のある人間は、態々、人の名前を変だとは言わない。


「変な名前だという自覚はあるのね――いや、あるんだな! でも、それより、『エ』を『ロ』に変えるとか、貴様、アタシで――いや、ボクで遊んでいるだろ!」


 俺はエリス――いや、ロリオに胸倉むなぐらを掴まれ、首をガクガクと揺すられる。


「へぇ……ここが貴族の住む寮か――細やかな装飾品まで凝った造りだな……フムフム」


「無視をするな! だいたい、貴方――いえ、キミはそういうのに興味無いだろ!」


「失礼な!」


 憤慨――とばかりにロリオの手を払う。


「『トゲアリトゲナシトゲトゲ』や『スベスベマンジュウガニ』くらいは興味がある」


「いや、それ、まったく無いって意味だろ!――ていうか、トゲが有るのか無いのか、どっちだ? それとマンジュウガニというのは、美味しそうな名前だな」


 律儀に反応しくれるので揶揄っていたが、もうそろそろいいだろう。


「そんなことより、ジュリアスの見舞いが先だ。何処に居るのか、分かるか?」


「そんなことって、だいたいキミが――いや、そうだね。一応、身分が高い者は上の階に部屋があると思うけど……」


「ジュリアス様なら、地下ですよ」


「あ、それはご丁寧にありがとう――て、#$%&!」


 突如、気配も無く背後に立ち、そう告げたのは『給仕の女性』――いや、『メイドの少女』だ。突然のことに、驚いて大声を出しそうになったエリス――いや、ロリオの口を彼女は素早く塞いだ。


「騒がないでください。目立ちますよ」


 学生寮とはいえ、貴族が暮らしている。当然、身の回りの世話をする者も多くいた。誰が何処で聞き耳を立てているのか分かったモノではない。

 ロリオはコクリと頷く。


「ロリオ様――プッ」「ムー!」


 メイド少女が笑うも、ロリオは口を塞がれているため、騒ぎようがない。

 俺は――といえば、ロリオの抵抗が少ないので、顔見知りなのだろうと考えていた。同年代のようだが、表情の変化が乏しいため、感情を読み取るのが難しい。


 メイド少女はロリオから手を離すと、僅かに距離を取り微笑む。

 そして、スカートの両裾を摘み、軽く持ち上げると、


「わたくし、ジュリアス様にお仕えしておりますメイドの『ラヴィニス』と申します。どうぞ、お見知り置きください」


 と前に出した足を軽く曲げ、一礼した。


「俺は――」「ヤクモ様ですね。冒険者としての活躍、お噂は耳にしております」


 その言い回しだと、冒険者以外の活躍もあるように聞こえる。

 どうやら、独自の情報網を持っているようだ。

 貴族方面にはコネが無いので、彼女のような人材が仲間になってくれると助かる。


 ラヴィニスはウットリとした表情で、


「想像していたより、お優しそうな方で安心しました。わたくし、勇気があって聡明な方が好きなんです」


 そう言って、俺に密着してきた。


「こ、こら! 離れないか!」


 ロリオが割って入る。使用人と貴族が必要以上に親しくするのは問題がある――という理由なのだろうが、


「あら、申し訳ございません――婚約者――でしたね」


 と揶揄われる。

 違います!――と直ぐ様否定するロリオに、


「フフフ――存じております。今日はその誤解を解きに来たのですね……」


 彼女は口元に手を当てて笑った。何処までこちらの情報を掴んでいるのか分からないが、完全に手玉に取られている。


「だから苦手なのよ……」


 とすっかりロリオの演技を忘れて、エリスは素で悔しがっていた。

 一方、レヴィニスは、


「正直、こちらとしても助かりました。ささ、地下へどうぞ――」


 そう言って、自然な感じで案内する。


(――何故、地下?)


 俺とロリオは顔を見合わせる。

 その疑問を察したのか、ラヴィニスは振り返ると、


「怪我をしているにも関わらず、出て行こうとするので仕方なく投獄――いえ、反省部屋へ監禁しました。今、地下には、他の者はおりません」


 言い直す意味をあまり感じない。一方、ロリオは、


「ぶ、無事なのかい?」


 と心配そうな表情を浮かべる。


「手足を拘束しているので大丈夫です……」


 ラヴィニスは淡々とした口調で説明してくれた。

 全然、大丈夫に聞こえないのは俺だけだろうか?

 いや、ロリオも困惑している様子だった。


 一方、ラヴィニスは平然と道案内を続ける。

 重そうな扉を開け、ランプを手に地下の階段をゆっくりと下りてゆく。


「どうしました?」


 わざとだろうか? 光と影の具合で、ラヴィニスの表情が不気味に見える。

 ロリオの顔が強張った。

 俺は<アビリティ>【暗視】を習得していたので、ロリオの手を取ると、


「何でもない。今、行く」


 と告げた。暗闇の中、螺旋階段が下へと続いている。

 こういうのも、感覚を狂わせるための仕掛けなのだろう。

 寮の造形もそうだったが、色々と凝っているようだ。


 ロリオがつまずかないよう気を付けながら下まで辿り着くと、俺は手を離した。

 ありがとう――と言われた気がしたが、小声だったため、良く聞こえなかった。


「さ、こちらです」


 とラヴィニス。どう見ても、反省部屋というより、牢屋にしか見えない。

 こんな地下牢に、ジュリアスは本当に閉じ込められているのだろうか?


 やがて、一際頑丈そうな扉の前まで来ると――


「着きました」


 ラヴィニスが静かに告げた。

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