第一章 ロリオとジュリアスと

第66話 ヤクモ<神殿>:シグルーンの部屋


「貴様っ! 覚悟はできているな!」


 俺はエリスに剣を突き付けられていた。


(はて……いったい、どうしたのだろうか?)


 暫く会っていなかったため、俺のことを忘れてしまった――のか?


「落ち着け、俺だ。ツキカゲ・ヤクモだ」


「知っているわよ! だから、こうして剣を抜いたのよ!」


 どうやら、忘れていた訳では無いようだ。

 で、あるのなら――何故、刃を向けてくるのだろう。


 ――俺は考える。


(アイカちゃんの話だと、サクラではなく、アオイの身が危ない……)


「アレか? シグルーンを守るために、エリスを団長とした『エリス騎士団』を結成するよう、国王とエリスの在学する学院の偉い人に進言したことか……」


「貴方の所為なのね! 奇怪しいと思っていたのよ!」


 違ったか。では、アレか――


(アイカちゃんに、どういうことか詳しく聞くか?――いや、知っていたら、既にサクラに話している筈だ。あの娘には不思議な能力があると考えるべきだろう。あまり、事を大きくすると今度はアイカちゃんに危険が及ぶか可能性がある)


「綿貫さんと協力して、『エリス騎士団』に薄い本を配布したことか⁉ 初見の者には刺激が強かったみたいだが、直ぐに耐性がついたようだ。それが若さか……」


「バカッ! 貴方が裏で手を回していたのね! アタシの騎士団を変態集団にした責任取ってよ!」


 これも違ったようだ。だとすると――


(だからといって、直接、アオイに心当たりを聞いても、教えてはくれないだろう――歯痒いな……)


「ジュリアスが怪我をしたことか?――サクラが原因だが、止められなかった俺にも、確かに責任あるな……」


「嘘……ジュリアスが怪我をしたって噂、本当だったの⁉」


 エリスの顔が青褪める。言わない方が良かっただろうか?


(そもそも、俺では頼りにならない――とアオイは考えているかも知れない……)


「後はエリスと婚約したくらいしか、心当たりがないな――はぁ……」


「それよ、それ! どうして、アタシが貴方と婚約しているのよ! それと溜息を吐いて、嫌そうな顔をするのを止めて!」


「すまない……これは――」


 そう言って、俺はシグルーンを見た。

 アオイのことを考えていた――というのは簡単だが、現状、シグルーンもアオイに避けられている。


 俺の口からそんなことを聞けば、シグルーンの心配の種が増えるだけだ。

 そんな俺の様子を見て、何を勘違いしたのか、


「そ、そうね。ごめんなさい。貴方は姫様のためにしてくれたことよね――何か今回のことも、考えがあってのことよね」


 とエリス。はっきり言って、俺のことを買いかぶり過ぎだ。


「いや、婚約の件は想定外だ」


 俺は正直に告げることにした。


「何処まで聞いているのか分からないが、先日、『白亜の森』で助けた冒険者がお前の兄だったようだ。何故『婚約』に至ったのかは――直接、その兄・ゲオルクに聞いてくれ……」


「くっ、あのバカ兄貴……」


 エリスはヘロヘロとその場にへたり込んだ。


「まぁ、お前とジュリアスをくっつける約束もあるし、これを機に何とかしてみよう」


「わ、忘れて無かったの⁉」


 エリスは顔を上げ、驚いた表情を見せる。

 さっきは――買いかぶっている――と思ったが、気の所為だったようだ。


 ――まぁいい。


「おい、シグルーン――サクラも助けてくれ!」


 俺は直ぐ傍で、お茶をしている二人に助けを求めた。


「あ、勇者様。このパン美味しいですね。ところでサクラ様、よろしいのですか? エリスとの婚約の話……」


「大丈夫ですよ。エリスちゃんはヤクモの好みではありません。また、何か悪巧み――考えあってのことです。様子を見ます。それにしても、パンもいいですが、『お米』も恋しくなりました」


(今、『悪巧み』って言ったよな――)


「確かに、エリスは勇者様の好みではありません。勇者様のことです。サクラ様の言う通り、エリスを弄って――深いお考えがあるのでしょう。ところで、『お米』って何ですか?」


(シグルーンまで――サクラの影響だろうか?)


 どうやら、二人に助けてくれる意思は無いようだ。

 エリスに『どうする?』と視線を送ると、溜息を吐かれた。

 もういい――ということだろう。


「『お米』は穀物です! わたしたちの国の主食ですね。今度、この世界で見付けたら御馳走ごちそうします」


「ありがとうございます。サクラ様――楽しみです!」


「そうだ、料理も教えますね☆」


「いいのですか⁉」


「最近はライバルが多いので、ルンちゃんと敵対するよりも、共闘した方がいいかと思いまして……」


「共闘――ですか? 確かに、お姉様のあの胸は反則です……」


「更に『ツンデレ幼馴染』、『美少女探偵』、『美人教師』、『お料理女子』、『友達感覚のセクハラ女子』など、敵は多いです」


「なるほど、テッペイ様も『戦いは数だよ』と仰っていました」


「コンくんが言うのであれば間違いないかも知れません。彼は――数多の戦場を渡り歩いてきた――と言っていました……」


(テッペイ? コンくん?――ああ、狐坂のことか……)


 既に騙されている気もするが――それより、『ツンデレ幼馴染』とは誰のことだ?

 他は見当が付くが……。それに『敵』とは、どういう意味だろう?


「分かりました。共闘の提案を受け入れましょう。しかし、わたくしでいいのですか? お姉様の方が……」


「アオイちゃんは既に(ハーレムの)確定要因なので、敵対するよりも――『防波堤』として利用した方がいい――と思います」


「なるほど、あのお胸がある限り――勇者様は他の胸には靡かない――という訳ですね!」


「そうです! ヤクモは『ムッツリ』なので、よくわたしの胸を見てきます!」


 そういうこと、大きな声で言うのは止めてくれませんか、サクラさん……。

 エリスの視線が痛い。


「いえ、わたしが見せているだけなのですが……その度に注意されてしまいます。二人きりの時はなるべく薄着で居るのですが――女性としての魅力に欠けるのでしょうか? ちょっと、自信が無くなりました」


 アレは態とだったのか……もう一度、説教が必要だな。

 だが、その前に――


「あのー、『ムッツリ』とか言うの、止めて貰えませんか?」


 俺は肘を曲げる程度の挙手をする。


「却下です! 理由は――他の女子からの評判が下がる分には一向に構わないから――です!」


「流石はサクラ様! 勇者様には悪いですが、態と悪い風評を立てることで女性の方が『勇者様への興味を持たせない作戦』ですね!」


「いや、ダメだろ! 変な噂流したら、俺、泣くからな!」


 そんな俺の声は届かないようだ。


「その分、わたしたちでヤクモを慰めれば完璧です☆」「サクラ様!」


 グッ――と親指を立てるサクラと胸の前で両手を組み感動するシグルーン。

 ダメだコイツら――<スキル>【ドミネーション】の効果を発動。

 配下であるサクラに苦痛を与える。


「うわっ、痛い、痛いです! 頭が割れるように痛いです!」


「さ、サクラ様⁉ 大丈夫ですか!」


 突如、椅子から転げ落ちたサクラを心配して、シグルーンが立ち上がる。


「だ、大丈夫です☆ これも……ヤクモからの『愛』です!」


「勇者様からの――『愛』⁉」


 いや、『苦痛を与えている』だけなのだが――まったく反省してない。

 ――というか、使わないと決めていたスキルの効果をこうもあっさり使わせるとは……。ある意味、厄介な相手だ。


「そうです。頭を撫で撫でされるのも――」


「『愛』⁉――で、では、手刀打チョップちも――」


「それも『愛』です! 因みに、わたしは頬を引っ張られたことがあります(エッヘン!)」


「そ、そんな羨ましいことが――わたくしも、もっと勇者様からの『愛』が欲しいです! 因みに、膝の上に乗せて貰うのは――」


「それも『愛』です!――ていうか、何ですか、それ? わたし知りません!」


 ああ、そう言えば、アイカちゃんが膝の上に乗って来たことがあったな――

 シグルーンも乗って来たが、流石に邪魔だったので、直ぐに退けたヤツか?


「く、詳しく教えて――痛い、痛っ……」


「勇者様! わたくしにも『愛』をください! サクラ様と同じ痛みを所望します!」


 そんなモノを所望するな!――俺はサクラへの苦痛を解除する。


「エリスからも、何か言ってやってくれ――」


 エリスの言うことなら、シグルーンも聞くかと思ったのだが――


「そうね。貴方も苦労しているのよね……」


 何故か同情された。

 やれやれ――俺は諦め、内心溜息を吐くと、


「そんなことより、準備をするぞ!」


 とエリスに告げる。

 突然の俺の切り替えに――何の?――と彼女は首を傾げたので、俺は言い放つ。


「ジュリアスのお見舞いに行く!」

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