第四章 Mp:ゼロから始める異世界生活

第49話 ヤクモ<神殿都市>:冒険者ギルド


「で? で? どうするんですか⁉ ――ヤクモ☆」


 何故か、やたらと楽しそうにサクラが聞いてくる。

 こっちは、神殿から着の身着のまま出て来たので、お金がない。


 ――まさかのノープランだったとは……。


 もう少し、考えてから行動を起こして欲しいモノだ。


「先立つモノが必要だ。まずは『冒険者ギルド』で登録をして、ギルド経由で薬草やポーションを売ろう」


 <地下庭園>に居た時に作ったモノが、いくつか残っている。

 それを売ることにした。今夜の宿代くらいにはなるといいのだが……。


 ――知識はあるが金銭感覚は、いまいちピンと来ない。


「流石です! わたしはてっきり、悪い人を見付けて、人目の付かないところで殴り、迷惑料を貰えばいい――と考えていました」


 どっちが迷惑なのか分からない。ゴロツキの皆さんは逃げてください。

 まったく……サクラの頭の中では、この大都市に山賊や悪徳商人のような連中がウヨウヨしている想定だったのだろうか?


 ――やれやれ、先が思いやられる……。


(まぁ、悪魔憑き?――の大司教は居た訳だが……)


 俺は――絶対に余計なことはするなよ――と言いたいのを我慢する。

 言ったら、フラグになるような気がしたからだ。


「それより、日用品が必要だろう」


 主に着替えとか――俺は男だから構わないが、サクラは女の子だ。

 かといって、俺がその買い物に付き合う訳にもいかない。


「俺も流石に、物価は把握していない。お店を見て回って、必要なモノの目星を付けてくれ。大体の費用がわかるだけでもいい」


「わかりました! ここは如何に、この『犬丸咲良』が、良妻賢母であるかを証明してみせましょう。稼ぎの少ない夫を支えるのも、妻の役目です☆」


「結婚した覚えもないし、稼ぎをとやかく言われたくも無いが――頼んだぞ」


 登録に時間が掛かることを見越し、待ち合わせ場所を『冒険者ギルド』にして、俺はサクラと別れた。途中、小さな教会で<ポータル>を見付けたので記録し、【テレポート】で神殿に戻った。案の上、大騒ぎだ。


 俺は偉い人(神官長)を捕まえ、『魔女の森』へ向かうことを告げると、案内役を用意し、南の門で待つように指示を出した。

 それと『冒険者ギルド』への紹介状も書かせる。


 俺は紹介状を受け取ると――お待ちください――と言われたが、さっさと【テレポート】で街に戻った。


 俺はその足で、『冒険者ギルド』へと向かった。街並みは石造りの建物が多い。

 昔は、今、神殿がある山から石を切り出していたのだろうか?



 ――<スキルポイント:20>を消費し、

 【魔術:識】Lv.2をLv.3に上げますか?(残り:120)


 <(YES)/ NO >


 ――<EX魔法>【フロアマップ】Lv.1の習得に成功しました。


 ――<EX魔法>【ワールドマップ】Lv.1の習得に成功しました。


 ――<スキルポイント>は(残り:100)になりました。



 これで街中の移動やダンジョンでの探索が楽になる筈だ。

 試しに【フロアマップ】を展開すると、自動で情報が更新されて行く。

 同じパーティーのため、サクラの位置も把握できる。


(さて、『冒険者ギルド』だが……)


 周囲を見回すと、大きな看板が出ていたため、直ぐにわかった。

 【フロアマップ】で確認しても一致する。問題ないようだ。

 辿り着くと、俺はお約束イベントが発生しないことを祈って、中に入った。


「邪魔だ。貴様ら、退け!」


 厳つい大男が声を上げている。周囲の状況は、


「ひぃっ!」「何だ? アイツら……」「止やめておけ――お貴族様だ」


 大体わかった――勘違い貴族が、一般冒険者よりも自分を優先しろと騒いでいる――そんなところだろう。うーん、幸運の値がまだ低いのだろうか?

 俺は無視して、通り過ぎようとしたのだが――


「待て、貴様――」


 何故か声を掛けられる。大男では無く、如何にも貴族な男性にだ。

 あまり目立たない人間だと自負していたが、魅力の値を上げ過ぎたのだろうか?

 どちらかと言えば、いつも無視される方なのだが……。


「強いな。貴様、名前は何という?」


 初期装備のままの俺に対し、その発言――鋭い【観察眼】でも持っているのだろうか?


「ツキカゲ・ヤクモ――<テイマー>だ」


 俺は簡潔に述べる。


「ほう、臆さぬか――どうだ? 今、<魔法使い>を探している。『白亜の森』へ調査に向かうのだが、同行する気は無いか?」


「悪いが連れがいる。それに、まだ冒険者としての登録を済ませて――」


「おい、やれ」「はっ」


 俺が話の途中にも関わらず、貴族の男は、傍に待機していた大男に声を掛けた。

 男は怪力が自慢なのか、指の関節を鳴らしながら近づいて来る。


(予想通りの展開だ――準備はできている)


 折角なので、覚え立て魔法の実験台になって貰おう。

 【コンシールメント】を解除。大男の足元は、既に影で覆われている。


「【シャドウスワンプ】」


 影が沼のようになり、足を踏み入れた者が沈む魔法だ。

 相手はゆっくりと沈んで行く。


 当然、貴族やその護衛も、突如現れた影を警戒し、迂闊に足を踏み入れることはしない。つまり、何もできない。


「へっへっへ、悪く思うなよ――て、何だこりゃ⁉」


 両足が沈んでいる時点で、飛行能力でも無ければ抜け出せないだろう。

 さて、交渉の時間だ。


「五百エグルで助けてやるが――どうする?」


 確か、百エグルが銀貨1枚だったか?


「ふざけるな!」


 男は俺を掴もうと、手を伸ばすが、当然、俺は後ろへヒョイッと飛び退く。

 もがけばもがくほど、沈むスピードは速くなる。


「わ、わかった。オレの負けだ……助けてくれ」「二千エグルな」


 千エグルは大銀貨1枚の筈だ。


「高くなってる⁉」「嫌ならいい」


「わかりました。払います。助けてください(ゴボゴボ)」


 俺は二千エグル(大銀貨2枚)を手に入れた。

 ただ、『冒険者ギルド』でトラブルを起こしてしまったため、注意されてしまった。しかし、俺はまだ冒険者ではない。


 相手が貴族の手前、呼び出されたのもあるのだろう。

 どちらかといえば、途中で止められなかったことから、俺の実力を観察していた節がある。何か、別の思惑があるのかも知れない。


 俺が冒険者の登録に来た旨を伝えると、二階へと案内された。

 どうやら、事務手続きは二階のようだ。

 手数料を支払い、先程、神殿の偉い人に用意させた紹介状を見せる。


 担当者は驚いたようだが、簡単な説明だけで終わった。

 予想通り、ここでもステータス板を使用するようだ。

 サクラを連れて来なくて正解だった。当然、勇者であることを偽装する。


「おい、聖王教会の――」「いったい、何者?」

「このレベルで、このステータス……」


 何やら騒がれているようなので、直ぐにその場を離れる。

 薬草やポーションの換金は次の機会にしよう。


(七千エグルあるしな――)


 <スキル>【ミスディレクション】を使用した俺は、【シャドウスワンプ】と併用し、【シャドウハンド】を操作した。【シャドウスワンプ】の効果により、【シャドウハンド】は物質を取り込むことが可能になっていた。


 後はスルリと財布に忍び込ませるだけ。影なので、気付かれることは無い。

 迷惑料として、例の貴族から、五千エグルを抜き取ることに成功した。


 それにしても、【ポーカーフェイス】といい、【ミスディレクション】といい、【ディスガイザー】は手品師のようなスキルを習得できるようだ。

 癖が強い分、使用には工夫が必要だ。


 一階に降りると、


「ボヘェーッ」


 先程の大男が吹っ飛んで来た。

 流石異世界、短時間で人は空を飛べるようになるのか……。


「グギャッ」「ゴゲェッ」「ボガァッ」


 いや、他の護衛の男たちもだ。

 俺は素早く影に潜ると、その原因である少女を連れ去る。

 そう、サクラである。


 大方、<魔法使い>を探している――という先程の貴族に絡まれたのだろう。

 『冒険者ギルド』の外へ出ると――


「おい、他の冒険者たちも巻き込まれたぞ」

「嘘だろっ……コイツら、Aランクの冒険者だ!」

「バカッ、それより、この貴族の兄ちゃんが先だ」

「げ、色々変な方向に曲がっていやがる……」

「何かあったら、オレたちの所為にされるぞ! 回復を急げ!」

「おい、止めに入ったジュリアスまで……」「あ、これ、死んでますね」

「いやぁ、ジュリアス様!」

「あの少女――ハウリングフォード家の狂犬を素手で――」

「何! あの『ブラックドック』と恐れられているジュリアスを素手で……」

「化け物だ! 人の姿をした化け物が出た!」


 ――何か、聞き覚えのある名前があったような気が……。


(いや、無いな――気の所為だ……)


 俺は瞬時に可能性を切り捨てた。サクラを抱え、人気の無い方へと移動する。


「あれ、ヤクモでしたか⁉ 一瞬、真っ暗になったので驚きました。乙女のピンチを助けて頂いて、ありがとうございます(ペコリ)。はっ、あの人たちを倒せば――五千エグル貰える――という話でした!(ガーン)」


 取り敢えず、俺はサクラの頭を撫でる。


「それなら、俺が貰っておいた」


「流石です。ヤクモ! でも、いつの間に?」


「それより、怪我は無いか?」


 俺はサクラの手を取り、確認する。


「大丈夫です! すべて返り血です」


 俺は内心溜息を吐くと、【サモン:ファミリア】でスライムの『ルビー』を召喚した。サクラの汚れを綺麗にするように命令する。


「ひゃんっ、擽ったいです☆」


 『ルビー』には、俺のカバンに入っていて貰うことにした。

 基本、液体なので結構重い。


「ヤクモは不思議です」


 とサクラ。


「何がだ?」


 俺が聞くと、


「普通は、怖がったり、怒ったり、泣いたり、逃げたり――」


 撫子の苦労が偲ばれる。


「サクラに怪我が無いなら、それが一番だ。それにアイツらは冒険者だ。冒険に怪我は付きモノだろ?」


 いや、『怪我』では無く『危険』だったか? 別にいいか――


「そうですね☆」


 サクラは元気に微笑んだ。

 しかし、その冒険に出る前に、かなりMPを消費してしまった。


 不安だ――


 俺はサクラの案内で、買い物を簡単に済ませる。

 何故か、サクラは着替えよりも武器屋を優先した。

 そして、余程気に入ったのか、黒い杖を購入する。


 まぁ、満足したのなら、それでいい。

 後は神殿の手配で、案内人が待っている筈の南の門へと向かうだけだ。

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