第48話 ヤクモ<神殿>:旅立ち

 俺を除く全員が、この異世界に召喚されて、一週間が経過した。

 皆はレベル上げをしているというに、俺は女の子を探しては、会話をするという日々を過ごしていた。


 まずはサクラに会って、問題を起こしていないことを確認すると共に【フェイク】の効果が顕在であることも確認する。

 魔王だということがバレてしまっては、前提が崩壊してしまう。


(いっそ、二人で旅に出るのもありだろう)


 次にアオイ。それとなく、蒼次郎さんの様子も確認する。

 やはり、アオイはこの異世界転移のことを知っていたようだ。

 俺は絶対に、そのことを公言しないよう釘を刺す。


 天然ではあるが、罪悪感で不安定になっている節がある。

 上手く、不安を解消できればいいのだが……。


(時間のある時に、もう一度、蒼次郎さんと話をしなければ……)


 それから、日に一度は会って、シグルーンの精神面もケアする。

 問題無いように振舞っていても、年頃の少女だ。気を付けるに越したことは無い。


 アレから、父である王様とは会えてはいないようだが、自分が捨てられた訳では無いことを知って、持ち直したのだろう。


(アオイのことをお姉様と呼びたいようだが、今は不味い……)


 兎尾羽さんには、秘書のようなことをやって貰っている。

 他に、皆の様子や変わったことはないか、不満や希望などの報告もして貰う。

 スケジュールの合間に、それらの問題を解決しなければならない。


(何故か、本人からは凄いヤル気を感じるのだが、どうしてだろう?)


 猫屋敷さんは書庫に入り浸っている。この世界の歴史や国際情勢、過去の勇者や魔王の逸話について調べている。まぁ、彼女の趣味だ。

 こういうことは性に合っているため、楽しんでいるのだろう。


 ただ、気を付けてあげないと、食事を抜くことがある。


(彼女との情報共有は、この異世界において必要不可欠だ)


 また、重要なのが猿渡さんだ。ゲーム好きの彼女には、どのようなスキルや魔法があるのか、効果的な組み合わせは何かを調査して貰っている。そこから、皆をどうやって成長させるか、道筋を立てる。『戦術アドバイザー』といったところだ。


(好きなゲームができない分、ストレス発散に付き合わなくては……)


 助かったのは、研究員チームとの調整を美鈴姉が引き受けてくれたことだ。

 如何に勇者とはいえ、彼らから見れば、こちらはただの学生でしかない。

 大人の美鈴姉を頼らせて貰おう。


 言わなくても、ホウレンソウが確りできているのは有難い。


(しかし、後で何か要求されそうで怖い……)


 現状、クラスの連中は戸惑いつつも、この世界に慣れてきている。

 昨日は皆で取り決めた第一回『勇者会議』を行った。

 週一で行う――リーダー会議――と言い換えてもいい。


(何だか、組織っぽくなってきたな――)


 当面の目的やこれからの課題、パーティー編成など、色々と話し合うのが目的だ。

 今回は方向性を纏めることができたので、何事も無いことを祈ろう。

 このまま、順調にことが進めばいい。


 ――と思っていた矢先の出来事だった。


「勇者ツキカゲ様! こちらです――早く!」


 未だ慣れない呼称に違和感を覚えつつ、俺は神殿の兵士について行く。


「こちらです。申し訳ありませんが、ワタシは至急、上司に報告をしに向かいます!」


 兵士は敬礼をして、慌ててこの場を後にした。


(いったい、何を揉めているんだ?)


 俺は集まっている人だかりに対し、スキルを使い、擦り抜けて行く。

 喧嘩を止めてください――と先程の兵士からは聞いていたが、俺では完全に役不足だ。こういうのは、サクラや鮫島が向いている。


 まぁ、リーダーとして振舞っていたので、神殿側が頼るのも仕方が無い……。


(過大評価もいいところだ――)


 人混みの前に出ると、


「ヤクモ……」


 俺に気が付き、アオイが声を掛けてくる。

 今は、彼女の顔を見るだけで安心してしまう。


「いったい、何が……」


 そう問い掛けて、その表情から、サクラが原因であることを悟った。

 案の定――


「サクラちゃんが……」


 とアオイ。俺は――大丈夫だから――と言って、彼女の肩を軽く叩いた。

 だが、アオイは首を横に振り、


「違うの……相手が――死んじゃう」


 俺は肩透かしを食らい、コケそうになる。


(そっちか――)


 突っ込みたい気持ち抑え、


「任せておいて」


 と言って、騒ぎの中央に視線を向ける。

 そこでは、サクラと鮫島が対峙していた。


(選りに選って、この二人とは――)


 思わず、溜息を吐きたくなる。

 今日死ぬのは鮫島か――などと普段なら静観するところだが、魔王と戦うことを考えると戦力の低下は避けたい。間に割って入ろうとしたが、思い直す。


(鮫島の代わりに、俺が死に兼ねない……)


 踏み止まるも――ドンッ――背中を押される。


「痛っ、ごめんなさい――って、ヤクモくん?」


 兎尾羽さんだ。あの一件以来、彼女からも下の名前で呼ばれるようになった。

 俺もルナと呼んだ方がいいのだろうか? いや、女性に対し、それは失礼だ。

 この話は一旦置いておくとして、彼女も押されたのだろうか?


「原因はわかる?」


 俺が質問すると、


「それが……あのミニラ――いえ、咲良が『ここを出て行く』って言い出して、それをシャークが……」


 大体わかった。


「つまり、サクラを一人で行かせたくない鮫島は――オレに勝ったら行かせてやる――とそんなところか……」


 俺の推測に、兎尾羽さんはコクコクと頷いた。やはり、鮫島は単純でいい。

 問題はサクラの方か……。


 サクラとしては――ここに居ては足手纏い、もしくは成長できない――と考え、外の世界に活路を見い出そうとしたのだろう。


(その考え方は嫌いではないが、安直過ぎる……)


 近くに居た神殿の兵士たちは、止めるべきか、静観すべきか、オロオロとしている。まぁ、護衛対象同士の揉め事なので、仕方が無い。

 俺は――やれやれ――と前へ出た。


 危ないわよ――と兎尾羽さんは心配してくれたが、俺は――大丈夫だ――と手を振った。


「ヤクモ☆」


 俺に気付いたサクラが、嬉しそうに瞳を輝かせる。

 対照的に、鮫島は――何しに来やがった――という感じで俺を睨んだ。


(本当に目つきが悪いな……)


 本来なら、怯んでいたのかも知れないが、そこは取ってて良かった【ポーカーフェイス】。腕が取れ掛けても、平静を装うことができる。

 俺は感情を悟られることなく、二人の間に立つと――


「俺が審判をする」


 と声を上げた。


「本当ですか?」


 とサクラ。何処か嬉しそうだ。恐らく、止められると思ったのだろう。

 一方、当然の如く、


「何でお前がっ……」


 と鮫島。正直、俺もそう思う。

 でも、本気のサクラと戦ったら、アオイでは無いが、死人が出るかも知れない。


 一応、勇者は三回まで蘇生が可能なのだが、皆にはまだ秘密にしている。

 命は大事にすべきだ。


「武器の使用は禁止! 大怪我をさせるスキルや魔法も禁止だ。相手を戦闘不能にさせた場合も負けとする……その他、危険だと判断した場合、俺が止める‼」


 即席で思いつく禁止事項は、これくらいか……。

 旗の代わりに、俺は手を上げる。これを振り下ろしたら、開始の合図だ。


「わかりました☆」


 負けませんよ――とサクラ。

 俺に――良いところを見せよう――とでも思っているのだろうか。

 お願いだから、手加減してやってくれ。


「だから、何でお前が――」


 納得がいかないのはわかるが――お前が殺されないためだ――と言ったところで、鮫島は怒るだけだろう。


「じゃあ、始め!」


 俺は挙げた手を振り下ろした。


「行きますよ!」


 と体勢を低くするサクラに対し、チッと舌打ちする鮫島。

 一歩引いて、戦闘の構えを取るが――遅かった。

 サクラの一撃を顎に真面に食らい、鮫島は倒れていた。


「そこまで!」


 俺はサクラの襟首を掴み、鮫島から引き離す。


「あれ……もう終わりですか?」


 キョトンとするサクラ。

 こんなに軽いのに、どうして、あんなパンチが出せるんだ?

 いや、それより――


(コイツ……追撃しようとしていたよな?――止めて正解だ)


「勝者――サクラ!」


 と俺が宣言すると、サクラは――えへへ♪――と照れ笑いをした。

 褒めて貰える――とでも思ったのだろうか。

 サクラの動きを目で終えた人間は、果たして、この場に何人居たのだろうか?


 鮫島が強いことは、訓練で皆が知っている。

 改めて、サクラの強さに気付き、見ていた全員が引いていた。

 俺は、鮫島を心配して駆け寄ってきた智田に、


「脳震盪だろう……【ヒール】じゃ治せない。あまり動かさない方がいいな」


 と告げ、同時にお願いをする。


「鮫島が起きたら伝えて欲しい――ありがとう――と、鮫島は嫌がるだろうが、お陰でサクラを一人で外に出さずに済んだ」


 それを聞いた智田は――オレだって、伝えるのは嫌だぜ――という顔をした。

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