第47話 ヨウタ<神殿>:恋バナ
訓練も終わり、クラスメイトの男子たちは汗を流すついでに、水場で遊んでいる。
僕は一足先に抜け、神殿の廊下を歩いていた。すると進行方向に一人の少女を発見した。何かを探しているようで、周囲をキョロキョロと見回している。
「やあ、犬丸さん」
僕が声を掛けると、
「レオくん……」
あからさまにガッカリされた。正直、新鮮な反応だ。
因みに、彼女がレオと呼んだのは、僕の名前が『獅子王陽太』で――獅子座からの連想――という訳だ。
「ヤクモを見ませんでしたか?」
最近、彼女は僕の親友の『月影八雲』にお熱のようだ。
修学旅行の実行委員もヤクモを推薦していたし、結構、積極的だ。
残念ながら、彼女自身は実行委員になれなかったけど……。
アイツも満更ではないのだろう。何かと彼女のことを気に掛けてはいる。
だが、今は異世界転移という特殊な状況のため、誰とも付き合う気はないのだろう。こういう状況で付き合うのは――卑怯――と思っているのかも知れない。
アイツらしい――といえば、らしい考え方だ。
「訓練の後なら見てないよ……最近、朝は熊田さんと会っているみたいだから、聞いてみたら?」
「アリスちゃんと?」
「確か、神殿の食事は質素で美味しくないから、料理を改善する――と言っていたよ」
「なるほど、それでアリスちゃんと……」
犬丸さんは納得する。僕の予想だと、戦闘に向かない性格のクラスメイトに声を掛けては、仕事を振っているようだ。相変わらず、変なことに気を回す奴だ。
まぁ、そこが面白いのだけれど……。
「では、早速、アリスちゃんを――」「呼んだ?」
丁度、熊田さんが通り掛かる。
「あ、アリスちゃん! ヤクモを知りませんか?」
「五月ちゃん? 怪我をしたから、治療じゃないかな」
「(ガーン)や、やはり、怪我をさせてしまっていましたか……(オロオロ)腕を折ってしまったような感触がしたので、謝ろうと思ったのですが――」
なるほど、犬丸さんでも気にするか。
というか――腕を折った感触とは?
「気にしなくても、いいと思うよ」
僕は言った。
そもそも、アイツが策も無しに、犬丸さんの訓練の相手をする訳がない。
攻撃を受けたのも、敢えてだろう。
恐らく、勇者はどの程度ダメージを受けても大丈夫なのか、どの程度のダメージなら、後遺症も残らず回復できるのか、身体を張って試した――というところだろう。
――正直、バカだ。
「アイツは格好をつけたがるから――」
どうせ、ヤクモのことだから、痩せ我慢をしている――と考えるべきだ。
「それよりも、お菓子か何か――甘い物を持っていってやった方が喜ぶと思うよ」
「はい、それは良い案ですね!……ですが、材料が――(しゅん)」
犬丸さんは一瞬、目を輝かせたが、直ぐに表情に影を落とした。
確かに、この神殿では、材料を揃えるのも一苦労だろう。
「少しくらいなら、分けて貰えるように頼めるよ」
熊田さんが手を差し伸べる。
「いえ、和菓子を作りたいので、ちょっと難しいかも知れません」
「和菓子? 五月ちゃんは――月影くんは和菓子が好きなの?」
「はい、ヤクモはよく、わたしのバイト先に買いに来ます――ところで、前から気になっていたのですが……」
「何?」
「その――五月ちゃん――というはどういう意味ですか?」
それを聞いてしまうのか。
理由を知っている僕としては、つい顔がニヤけてしまう。
「レオくんも、知っているのですか⁉」
「ああ、でも、僕の口からは言えないかな……」
一応、ヤクモからは口止めされている。
「そうですか(しゅん)」
見る見るうちに元気が無くなる犬丸さん。熊田さんは罪悪感を感じたのか、
「えっとね、サクラちゃん――教育番組なんだけどね」
熊田さんは語り始める。小さい頃にやっていた子供向けの料理番組の話だ。
森で迷子になった少女・五月ちゃんが森の妖精メイプルと出会い、森の動物たちのために料理を作っていく――というお話だ。
メイプルのバカ、もう知らない――は有名なセリフだ。
「それとヤクモが、どういう関係なのですか?」
犬丸さんは首を捻る。確かに、今の説明では、番組内容しか伝わらない。
しょうがない――
「あのね、犬丸さん。ヤクモは昔、役者だったんだよ」
ヒントを出す。
「知っています。今も、撫子ちゃんの劇団で――」
どうやら気が付いたようだ。
「そう言えば、撫子ちゃんが、その番組を見ていました」
てっきり、料理に興味があると思っていたのですが、そういう理由だったんですね――と地団駄を踏む。教えてくれればいいのに!
「ごめんね……五月ちゃんが月影くんなの――アタシ、その番組大好きだったから……」
別に、謝る必要は無いと思うのだが、熊田さんは謝った。
そして、同時に恥じらう。こういう仕草が男子に受けるのだ。
一方で、謎はすべて解けた――という表情の犬丸さんは、
「あれ? でも、ヤクモは男の子で――」
当然の疑問にぶち当たる。僕は笑いを堪えつつ、
「昔は女の子役で、結構、テレビや映画に出ていたよ――『
ああ、懐かしい――と熊田さん。アプリで遊んでいたのだろうか?
ストーリーは確か――女子高生の主人公が、剣や刀に込められた思いから、魂を救済して、人の姿へと転生させ、異能の存在と戦う――というモノだ。
女性向けの作品だったけど、ヒロインを含め、女の子も可愛かったため、深夜アニメ枠では、結構人気があったみたいだ。
まぁ、ヤクモが出ていたのは、それの実写化映画だけど……。
アイツが関わっていたので、少し調べるつもりだったが、結局、僕もアプリをダウンロードしてしまった。
「何と! ヤクモは、実は凄かったのですか⁉」
ああ、ダメだ。笑ってしまう。
アイツが本気で嫌がる顔が、また見れるのか。楽しみだ。
しかし――
「犬丸さん。本人は知られたくないと思うから、内緒にした方がいいよ」
「そ、そうだよ。月影くん、泣いちゃうよ」
ヤクモの泣き顔か、それはそれで見てみたい。
基本、冷めた態度を取っているから、誤解されやすいが、感受性が豊かで情に脆いところがある。典型的なお人好しだ。
「わかりました! 嫌われたくはないので、後でこっそり調べます☆」
「それにしても、犬丸さんは、ヤクモと何処で知り合ったんだい? 学校以外でも、会っているみたいだけど……」
興味本位で聞いてみる。
「はい、最初はバイト先で何度か――挨拶する程度でした。その時は、特に気にならなかったのですが――」
思ったよりも面白そうな展開になった。熊田さんも興味津々といった様子だ。
話が長くなりそうなので、食堂へと移動することにした。
熊田さんは既に、食堂の人たちと面識があったためか、お茶が出て来た。
テーブルにつき、お茶で一息つくと、犬丸さんは続きを話し始めた。
「きっかけは、きっと、スーちゃんの件です……」
『スーちゃん』――猿渡さんのことか……。
話を要約すると、ゲームの趣味が高じて、男子と仲がいい猿渡さん。
それを快く思わない女子がいて、猿渡さんの自転車のカギを隠したそうだ。
ヤクモがそれを一緒に探してあげるのを、犬丸さんは見ていたらしい。
どういう訳か、暫くして、ヤクモは猿渡さんと別れた。
落とし物として届いていないか、職員室に見に行かせたようだ。
すると、ヤクモは何故か、草叢の方を探し始める。
当然、そんなところに落ちている訳がない。
勿論、それは猿渡さんが本当に落としていた場合だ。
鍵を見付けたヤクモに、犬丸さんは――どうして、鍵があるのがわかったのか――を聞いたそうだ。ヤクモから真相を聞いて、怒った犬丸さんが、その女子を懲らしめようとした時、ヤクモに止められたそうだ。
ヤクモは戻って来た猿渡さんに、鍵が落ちていた本当の場所ではなく、嘘の場所を教えて別れた。誰かに、嫌がらせをされた――とあっては、猿渡さんもいい気はしないだろう。犬丸さんは――内緒にしておいた方がいい――とヤクモに言われる。
次にヤクモは、猿渡さんの自転車の鍵を捨てた女子に、一緒にゲームをすることを提案した。鍵を探すのを手伝ったこともあり、ヤクモが間に入ると、簡単に仲間に入ることができた。その後、その女子は、目当ての男子と仲良くなってお終い。
「五月ちゃん――らしいですね」
と熊田さん。僕としては――相変わらず、面倒な遣り方ばかりしているな――と呆れてしまう。結局、ヤクモは得をしていない。
下手をしたら、犬丸さんに殴られていたかも知れない。
「わたしには、真似できないと思いました。すべて力で解決してきましたので――」
と犬丸さん。それはそれで凄い。
「ヤクモは、誰か一人を悪者にして終わらせるのではなく、こう、有耶無耶にしてしまうんです!」
言い得て妙だ。
「それから、わたしは少しずつ、ヤクモの行動を追い掛けるようになりました――他にも、撫子ちゃんから……」
どうやら、長い話になりそうだ。
ヤクモだったら、早々に逃げているところだろう。
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