第46話 シュウヤ<神殿>:元暗殺者

 穏やかな昼下がり――神殿地下。

 かつては、異端審問による拷問を行っていたようだが、今はもぬけの殻だ。

 薄暗く誰も来ない。孤独を愛するボクのためにあるような場所だ。


「ほひーっ」


 思わず、変な声を出してしまった。

 ボクこと『伊達修也』は今、特訓の名目で、元暗殺者のお姉さんに襲われていた。

 うん、我ながら、自分でも何を言っているのかわからないぞ。


 レベリングはしたいのだけど、皆と一緒はちょっと――と月影くんに相談したところ、彼女を紹介された。『はい、二人一組になって』――と言われるリスクを考えたら、この人に教わる方がいいかな。


 ――そんなふうに考えていた時期がボクにもありました。


「流石は勇者様……今の攻撃を避けるとは――」


 『流石は勇者様』――何だろう。全然、嬉しくないぞ。

 月影くんに対しては、ルンちゃんって女の子が、もっと可愛い感じで使っていた。

 思わずキュンってなるような――だけど、ボクの場合、背筋がゾクゾクするよ?


「勇者ツキカゲ様には、殺すつもりでやれ――と言われています(多分)」


「いや、今、多分――て言った!」


「言ってません!」


(絶対言ったよね?)


「さぁ、早く立ってください。イタチ様。コロ――特訓になりません」


「いや、い、今、殺すって言おうとしたよ!」


「言ってません」


「言ってないけど!」


 ダメだ。話が通じない。大抵の場合、土下座して財布を差し出しら、許して貰えるのに――この人には、ボクの必殺技が通用しそうにない。

 どうやら密かに練習していた、全裸逆立ちをする時が来たようだ。


「あ、足が滑りました」


 何故かナイフが飛んでくる。


「ひゃひっ」


 転がって避けるも――ヒュンッ

 彼女の靴から刃が出て、ボクの頬を霞めた。

 危ない……どうやら間一髪で避けることに成功したようだ。


「チッ」


 舌打ちされた。


「早く、死ねばいいのに……」


 酷い。この人、段々隠さなくなってきたよ。


「ちょ、ちょっと、タンマ」


 『タンマ』――ボクがこの単語を使用したのは小学校以来だ。

 この異世界に来る前の話。地球か――何もかも皆懐かしい……。

 いや、現実逃避している場合じゃない。


「あ、あのー、その靴に仕込みナイフがあるとか、聞いてないんですけど?」


「足が滑った――と言ったではないですか? 折角、二人きりなのに、人の話を聞かないなんてサイテーですね」


 うわ、酷い――なんなのコイツ――みたいな目で見て来る。

 ボクが悪いの? ち、違うよね……。


「た、タイミングが奇怪しい! ナイフ投げる前に言ったよね。足に意識を向けさせてからのナイフによる投擲、それでやっぱり、本命は足に仕込んだ刃だった――て、完全にコンボ決めて来るつもりだったよね!」


「いいから早く死んでください……」


 ダメだこの人。ヤバイ――いや、最初から知っていましたが……。

 そうだ。元の世界に戻ったらラノベでも書こう――『友達に紹介されたお姉さんが元暗殺者だった件』。


「何ヘラヘラ笑っているんですか? 気持ち悪い――ワタシ、貴方みたいにナヨナヨした人、嫌いなんですよね」


 完全に本心を隠さなくなった。そこへ――


「おい、順調か?」


 月影くんが現れる。


「つ、つ、月影くん! た、助け――手⁉ その手、どうしたの?」


 月影くんの右手があり得ない方向に曲がっている。

 いや、辛うじてくっついている――といった感じだ。


「ああ、サクラパンチだ」


 サクラパンチ?――行きますよ! ヤクモッ、サクラパーンチ☆

 や、やられた~。キラーン。


「い、いや、パ、パンチじゃそうは……な、ならないでしょ⁉」


 ヒュンッ。


「おひょんっ」


 ナイフが飛んできたので避ける。



 ――シュウヤのレベルが1上がりました。



 どうやら、経験値が一定に達したようだ。月影くんの話によると、魔物を退治する他、自分の得意なことや好きなことをすると経験値が増えるらしい。


 月影くんの場合は掃除をしたら、経験値が増えた――と言っていた。

 ボクの場合は回避だ。どうやら危険が大きい程、経験値が増える。


「ちょ、何で今、ナイフ投げたの⁉」


「喋り方がキモかったので――」


 酷い。


「そっちは順調そうだな」


「月影くんには、そう見えるの?」


「少なくとも、怪我はしていないようだ」


 取れ掛けの腕を見せる。とれかけ~――いや、そんなの見せないで。

 どういう訳か、勇者がダメージを受けた箇所は、出血などは無く、キューブ上の小さな物質へと変わる。


 今は血の代わりに、赤いキューブが幾つも発生していた。

 最初は色の濃かったそれは、段々と薄くなり、消えて行く。

 まるで、データが消失するみたいに――


「【ヒール】を使う。悪いが、腕を元の位置に戻してくれないか?」


「はい、ボス――良かったですね。イタチ様、休憩できて」


「いや、そんなこと思ってないから!」


「ボスが怪我をしたお陰です」


「だから思ってないから!」


「イタチの役に立ったなら、怪我をした甲斐があったな」


「い、いや、つ、月影くん! そんなことで身体、は、張らないで!」


 ボクの言葉など無視して、月影くんの指示通り、元暗殺者の彼女は腕を持つと捻り、正しい位置へと戻した。月影くんはそれを確認すると、


「【ヒール】」


 優しい光が月影くんの怪我を癒して行く。

 彼の額から冷や汗が出ているということは、相当痛かったのだろう。

 寧ろ、気絶していないことの方が凄い。


「【ヒール】【ヒール】【ヒール】」


 月影くんは回復魔法を連発する。

 どうやら、見た目以上にダメージが深刻だったようだ。


「ね、ねぇ、つき――」「月影氏!」


「にょひぃ!」


 また変な声を出してしまった。


「やあ、綿貫さん」


 月影くんは平然と挨拶する。

 ホッ、何だ……綿貫さんか――ていうか、ボクより隠密性が高いとか、彼女はいったい何者なんだ? そして月影くんは、何で普通に対応できるんだろう?


「もう慣れたし、女の子に対して、そういう態度は失礼だろ」


 心を読まれた。いや、女の子? 深く考えるのは止めよう。


「デュフフ」


 ねぇ、それ、喜んでるの? 恥ずかしがってるの?

 月影くんは元暗殺者のお姉さんにお礼を言うと、


「綿貫さんが――キメツキメツ――としか喋れなくなったと聞いて、ちょっと、気晴らしにお願いをしたんだ」


「月に一度は、あることでゴザルよ」


 いや、ないよ。女の子の日みたく言わないで。

 好きな漫画を読めなくて禁断症状になるとか、聞いたことないからね。

 でも、少し興味があったので、ボクは質問することにした。


「え、えっと、お願いって……」「聞きたいか?」


「いや、やっぱりいいです」「遠慮するな」


「ひぃっ」


 すっかり怯え癖がついてしまった。

 月影くんは怖くないのに、悪いことをしてしまった。

 でも、彼は気にした様子はなく、淡々と話し始める。


「シグルーンのことは、知っているな?」


 うん、月影くんのことを勇者様と慕っていて、犬丸さんが『ルンちゃん』と呼んでいる少女だね。ボクもあんな娘に勇者様と呼ばれたい。

 元暗殺者のお姉さんに肩を叩かれる。


「勇者様(冷)」「キミじゃないよ! 心を読まないで!」


「仲がいいな」


 月影くんが笑う。いや、良くないよ、よく見て!


「ブフォ、死がふたりを分かつまで」


 何言ってるの綿貫さん。

 そこまで仲良くないし、それ、ボクが死ぬみたいだから!

 ほら、元暗殺者のお姉さん、物凄く睨んでるから!


「――で、彼女を守るため、騎士団が結成される。当然、女性だけの騎士団だ」


 何それ? 後はわかるよな――みたいな目で見られても、ボク、わかんない。


「その騎士団に、拙者も加わるのでゴザルな」


「そう、そして、後はこのホモ漫画で――」


 悪い顔してるけど、手に持ってるの……今、綿貫さんが持ってきたそれ――ホモ漫画なの?


「クックックッ――面白くなってきたでゴザル」


 何する気なの⁉ この二人は――

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