第45話 アギト<神殿>:戦闘訓練
異世界に召喚されて、もう三日目になるのか――
(バカバカしい――)
オレはクラスの連中から少し離れた塀の上で、横になっていた。
見下ろすには丁度いい場所だ。別にサボッている訳じゃねぇ。
スキル酔いとでも言えばいいのか?
身体能力を強化するスキルを使用すると感覚が鋭くなる。戦闘中は構わないのだが、平時までこの調子だと、気持ち悪くなってくる。まだ慣れてないため、ちょっと気合を入れ過ぎてしまい、スキルの持続が続いていた。
(気合の入れどころは、もう少し考えないとな……)
「どうしたんだ? シャーク――そんなところで……」
シャークは当然、小学校からのオレの渾名だ。
『鮫島顎』だからシャーク――何の捻りもない。
そんなオレを目敏く見付け、声を掛けて来たのが、腐れ縁の『智田駆』だ。
「真面目にやってられるか――」
オレは嘯く。正直、戦うのは楽しい。
ただ、オレが真面目に取り組む程、周りの連中が引くのだ。
結局、オレのやることは、いつも裏目に出る。
小学生の頃、クラスの女子の『兎尾羽瑠奈』のことが好きだった。
大人しくて優しい彼女に、何とか振り向いて貰いたくて、オレなりに考えアピールしたのだが、結局、それが裏目に出た。
今から考えれば、バカなことをしたと思う。彼女は皆から距離を置かれた。
イジメだ――と言うヤツもいる。素直に謝っていれば、変わったのだろうか?
彼女が孤立していた時、丁度、現れたのが『月影八雲』という男だ。
大したことはしていない。朝は必ず、彼女に挨拶をして、彼女が一人で居る時は隣に座り、掃除や班分けの時は、真っ先に声を掛けた。ただ、それだけのことだ。
それだけのことで、彼女は笑うようになり、前よりも可愛くなった。
運動ができる。力強い。下級生を顎で使う。
上級生にも顔が利き、他の学校の連中からは一目置かれる。
――そんなことに意味は無かった。
「本当にくだらねぇ」
そんな時だ。オレが『犬丸咲良』という少女に出会ったのは――
中学の頃、イキっていたオレは、他校の高校生と揉め、三対一の状況になった。
一緒にいたダチは無事逃がしたので――いいか――とオレは諦めてしまった。
そこに現れたのが彼女だ。どうやら、逃げたダチが彼女の知り合いだったようだ。
彼女は――助っ人です――と訳のわかないことを言って、オレを含め、高校生の三人をボコボコにした。
――言葉使いが悪いです。(バキッ)
――根性が曲がっています。(ドカッ)
――気合が足りません。(ドゴッ)
――目付きが悪いです。(グシャッ)――いや、オレは味方じゃ……。
その時の鬼神のような彼女の強さに、オレは――ホレた。
まぁ、その後、高校生共々、車に轢かれて入院した訳だが……。
その所為で――咲良が男子生徒を病院送りにした――という噂が立っちまった。
どうにも、運転していたジジイは、どこぞの金持ちらしい。
レストランに予約をしたのだが、時間に遅れそうだったので、急いでいたそうだ。
ふざけやがって――
悔しかったのと、入院中暇だったこともあり、オレは勉強した。
ギリギリだったと思うが、何とか試験に合格できた。
だから、高校に入って咲良と再会した時には、マジで運命を感じた。
だが――
オレは塀から飛び降りると――着地。剣を構え、再度、身体強化系のスキルを使用した。剣を構えたのは、剣を持たないと発動しないスキルだからだ。
再び、オレの感覚は鋭くなる。
そして、集中する。遠くの声や音も、拾うことが可能になる。
「行きますよ! ヤクモ!」
ドン――土煙が上がる。
いつの間にか、八雲のヤツが現れて、サクラと一緒に訓練をしている。
様子が気になったオレは、スキルを使用したという訳だ。
「何故、避けるんですか⁉ 訓練になりません!」
「無理を言うな、死ぬ。サンドバッグ――鮫島を相手にしてくれ……」
あの野郎、オレをサンドバッグ呼ばわりしやがって――
「それが、いつの間にか居ません!」
「じゃあ、他の――」
「誰も、相手をしてくれません!」
「わかった……少しだけだぞ」
「流石はヤクモ。優しいです☆」
「死人を出したくないだけだ……」
クソッ、楽しそうにじゃれつきやがって……。
(うぷっ、気持ち悪りぃ……)
再発したスキル酔いに、オレは口を押え、膝を折る。
智田が――だったら、スキルを使うなよ――という視線を送ってくる。
気になるんだから、仕方ねぇだろーが! オレが上半身を起こすと、
「サメジマ様とチタ様」
女の声がした。確か、ヤクモの周りをウロチョロしている――
「やあ、ルンちゃん」
と智田が挨拶する。陸上部の花形は、こういうことは卒なく熟す。
確か、咲良もそう呼んでいた。
「サボリですか? サクラ様に言いつけますよ(めっ)」
「それは勘弁――シャーク、戻ろうぜ」
智田に言われしょうがなく、オレは立ち上がる。すると――
「お待ちください。サメジマ様」
何故、オレの名前を知っている――考えるまでもない。八雲だ。
確か、シグルーンといったか? 神殿の連中が『剣の乙女』とか言っていたな。
「何だ?」
一睨みするが、意外なことに、臆した様子は見せなかった。
根性、あるじゃねぇか……。
「勇者様が言っていました。鮫島様の力は皆を助けるために必要な力だと――どうか、この国をお救いください」
上目遣いで、オレの手を取る。
(か、可愛い……)
そこへ――
「あっ、ルンちゃ~ん!」
咲良の声がする。視線を向けると手を振っていた。
(こっちも可愛い……)
「サクラ様! あ、勇者様♥」
彼女は――失礼します――と会釈をすると、勢い良く駆け出していった。
「あはは、オレたちも『勇者』なんだけどな……」
と智田。参ったとばかりに頬を掻く。
「なぁ、智田」
「なんだ? シャーク」
「どうして、『いい女』ってのは――アイツに集まると思う」
智田は――はぁ――と溜息を吐くと、
「多分、月影と出会ったから、『いい女』になったんじゃ……ないのか?」
虚しくなるようなこと、言わせるなよ――と智田は苦笑する。
確かに、アイツと関わった人間は変わっていく。
アイツはオレを認めているのに、オレだけが変われない。
「――オレの力が皆を助ける?」
今だって、オレは腫れ物扱いだぞ。
どうして、アイツは平然とそんなことを言えるんだ?
オレを知っているヤツは、絶対にそうは思わない筈だ。
そんなこと、オレにできる訳がない――
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