第43話 ヤクモ<神殿>:アルラシオン王家(4)


 俺とシグルーンは鷲宮さんの影に潜り、塔を後にした。

 本来は堂々と出るつもりだったが、『魔王教徒』の話を知ってしまった以上、少し慎重に動いた方がいいだろう。


 シグルーンを部屋まで送り届けた後、俺は鷲宮さんと神殿の廊下を歩いていた。

 周囲はすっかり静まり返っている。要人の警護で、人の手が足りないのだろう。


 シグルーンは鷲宮さんのことを『お姉様』と呼びたかったようだが、鷲宮さんはそれを拒否した。


「良かったのかい?」


 俺の問いに、


「ええ、私はきっと、ここでの暮らしは無理だから――月影くんも、変な演技をさせてゴメンね」


 どうやらバレバレのようだ。鷲宮さんの母親が『魔王教徒』だったという秘密を使って、彼女たちを脅す――困った王様と蒼次郎さんは今後の相談をする。


 その前のシグルーンとの遣り取りがなければ、上手くいったのかも知れないが、その後では三文芝居もいいところだ。


 恐らく、俺の滑稽さに毒気を抜かれた――というところだろう。


「はぁ」


 鷲宮さんは、らしくない溜息を吐いた。

 どうしたの?――と俺が聞くと――それだよ――と言われる。


(どれだろう?)


 いや、検討は付いている。俺たちがこの世界に転移してきた理由。

 それは<スフィア>に関係がある。恐らく、蒼次郎さんたちが仕組んだことだ。

 この世界を救うためとはいえ、クラスメイトを巻き込んでしまった。


 鷲宮さんはそのことを気に病んで――


「まさか、妹に先を越されるなんて――」


 違った――しかし、先を越される――とはどういう意味だろう。

 まさか、俺がシグルーンと仲良くしているのが気に入らない。


(そんな理由の訳――無いか……)


「ごめん」


 俺は頭を下げる。


「勝手に動いたことと、シグルーンのことを黙っていたのは謝る。でも、俺が動かないと、彼女が――」


「違うの――謝らなくていいよ。その話じゃなくて……」


 何やら、鷲宮さんはモジモジと恥ずかしそうにしている。


「私も気が付いたのは、アイカちゃんの魔法を見た時だから――」


 ――どういうことだ?


「私と月影くん――うんん(フルフル)」


 鷲宮さんがゆっくりと首を左右に振ると、その長い髪も静かに揺れた。


「私とヤクモ――小さい頃、会っているよね?」


 そう言われると、そんな気も――全然しない。

 俺は――記憶にない――という表情をしていたのだろう。

 鷲宮さんは、また溜息を吐いた。


「いや、俺が鷲宮さんみたいな可愛い女の子のことを忘れる筈が――」


 ダメだ。全然思い出せない。


「別に怒っている訳じゃないの。ただ、悔しいだけ――あのね」


 鷲宮さんの話はこうだ。幼い頃、師匠に連れられて、実写化映画の撮影に付いて行ったことがあるそうだ。剣や刀が擬人化し、戦う物語だ。


 師匠は役者陣に剣術の指導を行っていたのだが、子役として、鷲宮さんも出演を頼まれたらしい。


「あ!」「気付いた?」


 鷲宮さんは――ふふふ――と笑う。

 それは俺も子役で出たことがある。そう言えば、生意気なのがいた。一人だけ、やけに本格的な剣技を披露するため、皆とは別に撮影することになった少年。


「あれって、もしかして――」


「そ、あの時はお世話になりました(ペコリ)」


 なるほど、それでアイカちゃんの魔法か――


 確か、撮影は時代村で行われた。

 その男の子が孤立していたため、俺が声を掛けたのだ。

 丁度その時、金魚の展示をやっていたので、一緒に観て回った。


 それが切欠で、面倒を見ることになったのだが――。


「先輩!」


 と鷲宮さん。俺は――


「やめてください。昔の恥ずかしい話は――」


 勘弁して欲しい――とばかりに両手で遮るポーズを取る。あの時、芸歴では俺の方が上だったので、高校生くらいのお兄さんに『先輩』と呼ばれていたことを思い出す。その所為で、あの現場では、皆して俺を先輩と呼ぶようになったのだ。


 ――消したい過去の一つだ。


「いいじゃない」


 鷲宮さんは笑う。いや――絶対、揶揄ってるよな。


「だから、母さんのことも知っていたのか……」「正解」


「それで、ござるって言ったのか?」「正解」


「そこまでヒントを貰って、気が付かない俺って――」


「まあまあ、私も気付いていなかったから……」


「えっと、鷲宮さん――」「アオイ」


 それは知っている。鷲宮さんの名前だ。

 疑問符を浮かべ困惑する俺に、彼女は、


「サクラちゃんのことは呼び捨てなんだから、私のこともアオイでいいよ」


 と微笑んだ。俺は、恐る恐る答える。


「えっと、じゃぁ……アオイ」「何、ヤクモ?」


 思ったよりも普通だ。俺は、何を緊張していたのだろう。


「これからもよろしく――」「また、私が間違っていたら、手を引いてくれる?」


 正直、尻に敷かれそうな印象の方が強いのだが――


「ああ」


 俺はそう言って、彼女の手を取った。浮かれていたのだろう。

 また、聞きそびれてしまった。彼女が何を隠していたのかを……。

 その後、少しだけ昔話に花を咲かせ、部屋へと戻る。


 今日は色々とあり過ぎた――


 俺は部屋に戻ると、そのままベッドに倒れ込みそうになるのを堪えた。

 【観察眼】を使い奇怪しい場所がないことを確認。

 着替えをし、寝る準備をする。


 実は俺だけ、個室を与えられていた――といっても仕事部屋のようなモノだ。

 来客が多くなることを見越し、神殿側が気を利かせ、用意してくれた。


 逆に言えば、当面の間、国や神殿との交渉は――俺を通して行う――ということになる。


 俺が眠りに就いた頃、扉を静かに開け、誰かが入ってきた。

 鍵を掛け忘れていたようだ。【観察眼】まで使用したのに、間抜けな話だ。

 <アビリティ>【危険感知】には反応がない。


「誰だ……?」


 気力を振り絞って、目を開けると、小さな女の子が立って居た。

 目をトロンとさせ、ヨタヨタと眠そうに近づいてくる。

 ツインテールではないが、その細いシルエットには、見覚えがあった。


 ――アイカちゃんだ。


 そして、何故か俺の布団に潜り込んでくる。


(えっと、どういう……)


 そのまま、無防備にスヤスヤと寝息を立てる少女。サクラに助けを求めようと思ったが、俺は疲れていたため、そのまま眠ってしまった。


(朝になったら、届ければいいか……)



 ――<力>が欲しいか?


 ――<力>が欲しいか?


 ――<力>が欲しいのならくれてやる‼


 < YES / NO >


 ▼      ▼      ▼


 ――精霊さん、それじゃあ、お兄ちゃんが困っちゃうよ。


 ――何故だ? 大抵の人間は、これで問題なく契約できる筈だ。


 ――あたしに任せて。お兄ちゃん、<力>の精霊さんと契約してあげて。


 ――お姉ちゃんを助けてあげて。


 ▼      ▼      ▼


 ――<力>の精霊と契約しますか?(残り:1柱)


 <(YES)/ NO >


 ――<力>の精霊との契約に成功しました。


 ▼      ▼      ▼


 ――<アビリティ>【魔術:力】Lv.1の習得に成功しました。


 ――<EX魔法>【クリエイト:力】を自動習得します。


 ――<EX魔法>【クリエイト:力】Lv.1の習得に成功しました。


 ――<スキル>【コントラクト:精霊】は(残り:0柱)になりました。


 ▼      ▼      ▼


 ――お兄ちゃん、ありがとう。精霊さん、良かったね。


 ――うむ、人間の娘よ。我をここに連れて来てくれたこと、感謝する。


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