第42話 ヤクモ<神殿>:アルラシオン王家(3)
「いや、すまない――だが、本当なのか?」
一旦、冷静になったのか、蒼次郎さんが再度、質問をする。
「はい」
と答えたのはシグルーンだ。
「ええと、叔父様……なのですか?」
「そうだ。罠に嵌められ、まだ幼かった彼女と、この国から追放されたがな――」
その台詞に、シグルーンは少し考えた後、
「母は『魔王教徒』であったため、処刑され――姉も……」
そう呟き、鷲宮さんを見た。俺も気付く。
(髪や瞳の色は違うが、確かに、二人は似ている)
「お姉様?」
シグルーンは小首を傾げた。鷲宮さんはコクリと頷いた。
今度はシグルーンが驚く番だ。目を見開き、口元を手で覆う。
感動しているのか、少し涙目になっている。
一方、王様の方は元気がない――やはりか――といった表情で目を伏せる。
まぁ、助けるために逃がしたとしたのなら――何故、戻って来た――ということになる。素直に再会できたことは嬉しいが、内心複雑なのだろう。
「待ってくれ――」
とは蒼次郎さんだ。額を手で覆い、何やら考えている。そして、
「馬鹿なっ!」
ヨロヨロと後ろによろけたところを、鷲宮さんが支える。
「ワタシは信じない……
話が見えてきた。
つまり、王様は、蒼次郎さんに自分の娘を託し、異世界――この場合は地球――に送ったのか。
大方、蒼次郎さんの家系は、魔力が高い血筋で、王族との間に生まれる子供には虹色の髪を持つ者が生まれやすい――といったところだろう。
やれやれ――俺が泥を被るのが良さそうだ。
「国王は真実を語ってはいない――つまり、蒼次郎さん……貴方を利用などしていなかったようですね」
俺は態と悪役めいた口調で話す。折角、シグルーンと王様が和解したのだ。
シグルーンには、また怒られるかも知れないが、この位はいいだろう。
「いや、勇者ツキカゲ殿……ワシが殺したようなモノだ――」
王様は静かに口を開いた。
「彼女が『悪魔教徒』だとは見抜けず、結婚し、子供を儲けてしまった」
この国では、『悪魔教徒』は本人だけではなく、その家族も死刑となる。
(自称<女神>め、最初から知っていて、黙っていたな……)
俺にできるのは推測だ。必要なのは真実ではない。
「助けられなかったことを後悔している――愛していたのですね」
王様の言葉や口調から想像し、補足する。
正直、人前で『愛』と言う単語を使うのは、物凄く恥ずかしい。
「あれか……姉上は『悪魔教徒』で、義兄上はワタシと碧を助けるために、あの世界に飛ばした――ということか……」
アハハハハ――蒼次郎さんが狂ったように笑い声を上げた。
どうやら、蒼次郎さんは姉が『悪魔教徒』であることを知らなかったようだ。
てっきり、今回の『黒幕』だと思っていたのだが、違うようだ。
鷲宮さんのこともあったので、俺は内心、ホッとする。
「ワタシは、この十四年間――義兄上を恨んで……」
自分の中で渦巻く感情に耐えられなかったのか、蒼次郎さんはとうとう膝を折る。
大の大人が床に這い蹲る姿は、見ていられない。
「話を戻していいかな?」
俺は挙手する。承諾は要らないだろう。
「つまり、国王は、蒼次郎さんに娘を連れて逃げて欲しかった。」
それで異世界――地球――へと送った。
「そして、もう戻って来ないと思っていたところに――」
<召喚の儀>で戻ってきてしまった……。
「これって、隠しておかないと、皆、処刑されるのかな?」
俺の意図を理解したのか、シグルーンが反応する。
「勇者様、このことはどうか秘密に――」
当然、話せる訳がない――国家機密以前に、鷲宮さんが殺されてしまう。
「さて、どうするかな?」
俺は不敵に笑う。
「ど、どうか、義弟と娘たちだけは――」
王様は慌てて床にひれ伏した。土下座の文化は無いと思ったが、人間、どうしようもない時は、こういう態度を取るようだ。
「まぁ、今日は遅い――話はまた、後で聞かせて貰うよ」
恐らく、『悪魔教徒』の件があり、国王としての求心力が弱まったのだろう。
魔王と戦うよりも、先ずはこの国を立て直す方が先のようだ。
足並みが揃わなければ、勝てるモノも勝てない。
「義兄上、止めてください。義兄上の考えも知らずに、ワタシは彼の地で、義兄上を恨み続けて――」
掛ける言葉も見付からない。蒼次郎さんは王様を立たせると、
「月影君、君のことは娘や鮎川君から聞いている」
(美鈴姉から?)
「ワタシには少し、整理する時間が必要なようだ――すまないが、娘のことを頼む……」
蒼次郎さんはそう言って、王様を椅子へと座らせた後、二言三言囁くと、まるで憑き物が取れたように、フラフラと部屋から出て行った。
残された王様は、最後の気力を振り絞るように、
「シグルーンすまない。お前に優しくすると、ワシも『悪魔教徒』だと疑われ、失脚してしまう。『アイリーン』や『ブルドス』の足取りも追われてしまうだろう。今まで、一人にして本当にすまなかった」
おおおおおお――と声を上げ、泣き崩れる王様。
こういうのは、俺が悪いような気がしてくるので止めて欲しい。
(いや、実際、俺が悪役を演じたのか……)
俺の気分次第で、この話は国中に広がってしまうだろう。
そこで娘を助けたい二人は、協力せざるを得ない状況になった。
少なくとも、最低一度は、話し合いの場を設けてくれる筈だ――と思いたい。
俺が悪そうな顔をしている一方で、シグルーンは王様に手を添える。
「頭をお上げください。お父様」
「シグルーン……こんなワシをまだ、父と呼んでくれるのか! ゆ、勇者ツキカゲ殿……」
王様は真っ直ぐにこちらを見詰めてくる。
(あ、これ、面倒なこと頼まれるパターンの奴だ……)
「どうか、どうか、娘たちを助けてやって欲しい……」
再び、床に這いつくばりながら、懇願する王様。
藁にも縋る思い――という奴だろうか?
いや、今この世界では、俺は勇者だった。
正直――立ったり座ったり忙しない――と思いつつ、俺は演技を続ける。
「なら、真実を聞かせて欲しいモノだな――また来る。行くぞ、二人共――」
この話は王様と蒼次郎さんの間で決着をつけるべきだ。
それに大の大人が泣くのは、これ以上、見てはいられない。
だが、十四年間、辛い思いに耐えたのだ。この王様には、これしか無いのだろう。
俺はシグルーンと鷲宮さんを連れて、部屋を後にした。
鷲宮さんが何も言わないのが不気味だったが、従ってくれるということは――協力してくれる――ということでいいのだろうか?
また、さらっと聞き逃してしまったが、『アイリーン』というのが鷲宮さんの本当の名前のようだ。いつか、呼んでみたい気もする。
一先ずは、当初の予定通り、シグルーンと王様を和解させることには成功した。
結果としては――良かった――と言いたいところだが、疑問が残る。
何故、蒼次郎さんは義兄である王様に裏切られた――と勘違いをしていのだろうか?
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