第41話 ヤクモ<神殿>:アルラシオン王家(2)
<魔法>【シャドウムーブ】は影を自在に移動させることができる。
だが、それ単体では影が移動するだけの意味のない魔法だ。
しかし、<魔法>【シャドウダイブ】で影に潜ることが可能となった今なら――
俺は影の中に潜ると、シグルーンを抱えたまま外壁を登り――アルラシオン国王が居る――という部屋へと移動した。不用心なことに、護衛の気配はない。
まぁ、神殿の敷地内にある塔の上なので、下層さえ守っていればいいのだろう。
予定では、就寝中の王様を叩き起こす筈だったのだが――どういう訳か、先客が居たようだ。
「勇者殿……何故ここへ――シグルーン!」
突然の俺の出現に――というよりも、シグルーンの存在に驚き、王様は目を丸くする。賊扱いされないようなので、俺は抱えていたシグルーンを下した。
「お父様……いえ、国王陛下――夜分遅くに申し訳ございません」
シグルーンは毅然とした態度を取るが、しっかりと俺の手を握っていた。
まぁ、数年間放置していた親に会うのだ。
自分を否定するような言葉も覚悟しているのだろう。
今度は俺が口火を切る。
「本当は感動の親子の再会――と思ったんだが、先客がいたようですね――鷲宮さん……いえ、蒼次郎さん。碧さんも――」
そこに居たのは、鷲宮さんとその父親の蒼次郎さんだった。
予期せぬ展開に――どうしたモノか――と俺は思案する。
「姉上……いや、シグルーン――そうか、彼女が……」
と声を上げたのは蒼次郎さんだ。完全に俺を無視している。
――まぁ、よくあることなのでそれはいい。
昨日の大司教の件もある。俺はシグルーンを庇うように前へ出た。
蒼次郎さんから敵意は感じないが、一瞬、狂気じみた何かを感じた。
「どういうことか、説明して頂けますか――
蒼次郎さんから出た、その言葉に、俺もシグルーンも驚き王様を見る。
すると、その視線に観念したかのように、
「――すまない。シグルーンのことを秘密にしていたのは謝る。だが、あの時は他に選択肢がなかったのだ……」
王様はゆっくりと口を開いた。どうやら、何かを諦めたようだ。
力が抜けたようにフラフラと歩きながら、近くの椅子に腰を掛ける。
そして、頭を抱え込んだ。
「またそれですか……」
と蒼次郎さん。その声には、落胆の色を隠せてはいなかった。
「貴方は何も変わらない――『仕方が無い』『何もできなかった』『話せない』――それでは、流石のワタシも理解できない。今夜こそ、十四年振りの真実を教えて頂きます!」
(何だが、予想以上に深刻な話のようだ……)
今更――部屋を間違えました――というのは通じそうにない。
まぁ、蒼次郎さんの口振りから、異世界人であることは間違いないようだ。
問題は――鷲宮さんも異世界人だ――ということだ。
少しずつ、謎が解けて行く。
王様は蒼次郎さんではなく、シグルーンへ視線を向けると、
「……シグルーン――すまない。お前の母を殺したのは――このワシだ……」
衝撃の発言に、シグルーンは口元を抑え、沈黙することしかできない。
(和解のために――とシグルーンを連れてきたのだが……)
想定外の結果になり、俺もどうしていいのか分からない状況だ。
しかし、このために……俺はシグルーンと一緒にいる。
「大丈夫か?」
俺のその問いに、シグルーンは笑みを返すと、握っていた手を放す。
彼女は前へと進む――
「知っています――母は『魔王教徒』でした」
シグルーンのことだ、別に、俺に隠していた訳ではないのだろう。
俺も、何となく察していたので、母親のことは聞かなかった。
――タイミングが合わなかった――と考えるのが妥当か……。
それにしても――『魔王教徒』――新しい単語が出てきた。
俺は知識を探す。インストールされていれば、直ぐに出て来る筈だが――
いつもより時間が掛かったが、思い出せた。
勇者を召喚するのが『聖王教徒』なら、魔王を召喚するのが『魔王教徒』だ。
魔王――つまり、サクラか……。
シグルーンは『聖王教徒』の信者であり、『魔王教徒』の娘であるため、両方を召喚できた――という訳か。
だが、だとすれば――俺たちが置かれている状況は、かなり前から計画されていたことになる。
「ですから――母と姉は殺されたのだ――と聞いています。わたくしはただ、王家に生まれる特別な体質のお陰で、今日まで生き延びることができました」
「待て!」
俺はシグルーンの肩を掴んだ。
「痛いっ」「すまない――だが……」
俺はシグルーンを無理矢理振り向かせる。
「えへへ……勇者様ったら、大胆ですね♥」
お父様が見てます――と照れた振りをする。
「シグルーン。その話が本当なら、お前は今日、殺されていても――」
「そんなことを言ったら、勇者様はわたくしの傍にずっと居てくださるじゃないですか! わたくしは、愛した殿方をそのように縛りたくはありません!」
抱き締めた――俺は彼女を抱き締めていた。
「苦しいです。勇者様……」
シグルーンに言われ、俺は彼女を解放する。
なるほど、シグルーンは最初から<召喚の儀>が終われば死ぬつもりだったのか……。
だから、王様の言葉に、
俺としては、それを見抜けなったかったことが悔しい。
「勇者様が助けてくれたのです。わたくしのことは<剣>の精霊様が守護している――『剣の乙女』という話になっています。聖剣に守られているわたくしを害そうとする者は、この国にはいません」
えっへん!――とシグルーン。
「馬鹿か――だったら、あんな無茶な作戦なんか――」
言い掛けた俺の口に、シグルーンが人差し指を当てた。
「好きになった殿方の隣に並び立つのが、今のわたくしの夢です。勇者様がくださった素敵な夢です。だから、勇者様は、勇者様のすべきことをしてください」
そう言われてしまっては、俺はもう口出しできない。
後は、シグルーンの遣りたいように遣らせて上げよう。
「すみません――と言う訳で、わたくしの話は以上です。きっと勇者様のことですから、わたくしを王女するつもりだったのでしょう。お父様、わたくしのことを思うのであれば、『剣の乙女』として、勇者様と共に居ることをお許しください」
「お、怒っていないのか――う、恨んでも――」
まるで親に縋る幼子のように、王様は床に這い蹲っている。
「お父様、確かに、恨んだ時もあります。怖くて、寂しくて、眠れない夜もありました。でも、わたくしの中にあったそういう感情は、すべて勇者様が消してくれました」
シグルーンが、最初から俺に好意的だった理由がわかった。
最後の我儘だったのだろう。死ぬ前に一度、自分のやりたいことをする。
彼女は最初から、俺が救ってくれることを知っていたのだ。
「わかった。すべてワシに任せておけ……」
王様はヨロヨロと立ち上がる。良かった――と言いたいところだが、
「勝手に――結婚する――みたいな流れにするな」
俺はシグルーンにチョップした。
「痛っ――う~、勇者様――親公認ですよ」「外堀を埋めるな」
えへへ――と笑うシグルーン。
(まったく……)
俺は後頭部を掻く。だが、これで終わりではない。
「――と言う訳で、こっちの話は終わりました。後から来たのに、すみません」
と言ってみた。
シグルーンは父である王様に手を差し伸べ、椅子へと誘導している。
微笑ましくも見えるが、蒼次郎さんはその様子を快く思ってはいないようだ。
「ふざけるな!」
怒声が響く。
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