第40話 ヤクモ<神殿>:アルラシオン王家(1)


 ようやく見付けたシグルーンは、聖域でスライムの『ルビー』を枕代わりに、スヤスヤと寝息を立てていた。


 疲れているのだろう。起こすに忍びないが――


「あら、勇者様……お早うございます」


「人のベッドで――いや、もう使わないか……」


 乾燥させた草の上に、シーツを引いただけのベッドとは言えないような代物だ。


「ふふふ……勇者様の匂いがします」


「それ、多分、草の臭いだ……」


「勇者様――わたくし、サクラ様とライバルになりました……」


「友達……じゃなくてか?」


「はい、ライバルです!」


 あの面倒見のいいサクラがライバル?――可笑しなこともあるモノだ。

 むしろ、アイカちゃんのように『妹』認定されそうな気がする。


 何が嬉しいのか、シグルーンは勝ち誇ったような表情をした。


「そうか……何のライバルかは知らないが、頑張れよ――」


 そう言って、ついシグルーンの頭を撫でてしまった。

 サクラの時といい、俺はこういうキャラじゃなかった筈だが――


(どうにも、この二人は小動物っぽいな……)


「ふふふ……これはいいモノです。早速、明日、サクラ様に自慢します」


 何を言っているのやら――


「まだ、俺が勇者様でいいのか――他にも大勢おおぜい居るだろう……」


「わたくしの勇者様は勇者様だけです――ひゃ?」


 俺は油断しているシグルーンを抱き上げた。『お姫様だっこ』――とやらをする。


「あの、勇者様?」


 この少女は、俺の何を、そこまで信用できるというのだろうか?


「少し付き合って貰う」「一生ついて行きます(キラキラ)」


「遠慮する」「はう……フラれてしまいました(クスン)」


 真面目に言っているのか、ふざけて言っているか、判断に困る。

 神殿内はまだ、バタバタと慌ただしい様子だった。


 大司教の洗脳が解けた所為もあるのだろう。

 記憶があやふやな者が、何人かいるようだ。


 国王が来たことで、神殿内の見張りも厳しいようだが、俺のスキルを使えば、見付からずに移動することは容易たやすいだろう。


「移動するぞ」


 俺は<魔法>【テレポート】を使用する。

 シグルーンを探していた時に<ポータル>を見付けた。

 転送装置となっているその<ポータル>がある場所まで、瞬間移動をする。


 装置といっても、球体が埋め込まれた灯籠のようなモノだ。

 教会などには、必ず置いてあるモノらしい。

 ダンジョンへの設置を『冒険者』が依頼されることもあるようだ。


 また、ダンジョンには『座標石』と呼ばれるモノあり、同じ役目を果たす。

 いや、恐らく『座標石』の方が先だろう。

 『座標石』を参考に<ポータル>を作製したと考える方が自然だ。


 地上へ出ると、夜空に星が瞬いていた。

 そう言えば、この世界に来て、空を見上げたのは初めてかも知れない。

 基本、<地下庭園>に引き篭もって居たのだから、仕方が無いが……。


「綺麗だ……」「ありがとうございます」


「星空がだ――」「わかっています」


「……」「……(ドキドキ)」


 何だか今日は扱い難い。

 俺が何と声を掛けるべきか思案していると――


「申し訳ありません。勇者様が――美しい――と言ってくれた髪が、真っ白になってしまいました」


 俺には相変わらず綺麗な銀髪に見える。

 『勇者召喚』で、魔力を使い果たした結果だろう。


 虹色の髪は魔力の光を失ったが、これで命を狙われることはもう無い筈だ。


「これからは、自分のために生きろ」


 俺の言葉に、


「……難しいです。わたくしは生かされて来ました。『勇者召喚』を終えたわたくしには、価値などない――そう思っていました」


 シグルーンは答える。


「そんな人間はいない――価値が無いとか、必要ないとか――そんな言葉に惑わされるな」


 俺は柄にもなく、熱くなってしまった。続けて、


「人は誰かに必要とされるために生きている訳じゃない。誰かを愛し、愛されるために生きているんだ」


 夜の星空が綺麗だった所為だろうか――らしくないことを言っている。


「シグルーン――俺は君が好きだよ。この世界で、今日まで生きて来られたのは、君が居たからだ。だから、君に嫌われてもいい。そう思って真実を伝えた」


「あの! 今のところ、最初からお願いします(フンス)」


「エリスには――もっといい方法が無かったの!――と叩かれたんだが……キミは怒らないのか?」


「ですから、『君が好きだよ』のところをもう一度! できれば毎日! 夜寝る前に!――いえ、取り乱しました……すみません。どうせ、勇者様のことだから、サクラ様のことも好きなのでしょう(しゅん)」


「そうだな……アイツを助けるためなら、世界を敵に回しても――ん……」


 シグルーンに両手で口を塞がれる。


「今は、他の女性のことは聞きたくありません」


 自分で話を振って来たクセに――子供とはいえ、どうにも、女性の扱いは難しい。


「いいですか、勇者様――エリスは怒っていたのではありません。心配していたのです」


 人差し指を立て、俺に注意するように言う。

 この場合――エリスの話はいいのか――と突っ込んではいけないのだろう。


「勇者様の戦い方は――自分を犠牲にする戦い方だ――と言っていました。わたくしには良くわかりませんが……きっと、その戦い方だと、仲間は守れても、自分は死んでしまいます」


「それでいいと思っている。俺が犠牲になることで道が開けるなら――」


「それでは駄目です! 理由は簡単です。わたくしが悲しいからです――勇者様はわたくしに、自分を恨むように仕向けました。もっといい遣り方が在った筈です。なのに、それをせず、自分が一番危険な戦い方をしました。エリスはそれが悲しかったのです。だって、勇者様はもう、エリスにとっても勇者様なのですから……」


 意味はわからないが、わかった気がする。


「勇者様はこう考えられたのではないですか? 勇者様がすべてを解決しては、今度はわたくしが、勇者様に依存してしまうと――それは、勇者様の考える最善ではないのですね……」


(そこまで見抜かれているのか……)


 正直、大司教を殺すだけなら、俺一人の方が簡単だった。

 敢えて、あの場にシグルーンを連れて来て、真実を暴いたのは俺だ。

 予防策として、護衛にエリスを伴った。


「申し訳ありません勇者様……わたくしが弱いばかりに――」


「弱いことが悪い訳じゃない……強くなれとも言わない。ただ、俺はキミがキミであればいいと思った」


「難しいです」


「だから、キミが傷つくとわかっていても真実を見せた」「傷つきました」


「俺は嫌われてもいいと思った」「嫌いになれません」


「俺は勇者でもあり、ただの『月影八雲』でもある――と知って貰いたかった……」


「それが誰かのためではなく――自分のために生きる――ということなのでしょうか? 勇者様は、わたくしをただの『シグルーン』にしてくれたのですね」


 少し驚いた。俺は彼女をもう少し子供だと思っていたようだ。


「見くびらないでください。わたくしも少しは成長しています」


「そうだな、少し重たくなった気がする」


「もうっ、そういう意地悪を言う勇者様は嫌いです!」


 プイッとそっぽを向く。俺は苦笑して、


「じゃ、そろそろ行くから、少し、息を止めていてくれ」


「はい!――わかりました」


 シグルーンはやはり素直だった。


 ――【シャドウダイブ】。


 国王が居るという、塔の上を目指す。

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