第二章 王様家族

第39話 ヤクモ<神域>:回想

「――どうか、この世界を救ってください」


 と言われても、実際に助けて欲しいのは、こっちの方なのだが――


 それに、そんなことを言われて――はい、わかりました――などと答えるのは、どこぞの『勇者』か『余程のお人好し』だろう。


「だから、お願いしているのですよ」


「心を読まないで欲しい……」


(まるで、俺が<勇者>で<余程のお人好し>みたいな言い方だ)


 正直――速攻で断った――と説明したいところだが……。


 今、俺の腕の中には、未だ意識を失ったままのサクラがいる。

 この<神域>では、目を覚ますことは無いそうだ。


「選択肢が他にない以上、それはお願いではなく、強制でしかない……」


 現状では、これが俺にできる、精一杯の抵抗だ。

 どうせ頷くしかないのであれば、相手から最大限の譲歩を引き出すべきだろう。

 とはいっても、所詮は高校生の浅知恵……。


 自称<女神>に、何処まで通用するだろうか――


「確かにそうですね……では、他に『条件』を付けましょう⁉」


 あっさり通用した。自称<女神>は、まるで――良いことを思いつきました――のように言ってくれる。恐らく、最初から、そのつもりだったのだろう。


 現在、俺は<神域>とされている場所に居る。

 人の身では立入るどころか、認識さえできない場所らしい。


 天上の世界――とでも言えば、いいのだろうか?

 見える景色は、まるで雲の上にいるかのようで、足元にはドライアイスの煙のような靄が懸っている。


 自称<女神>が言うには、本来は『何もない場所』らしい。

 俺が来たことで、急遽、空間を構築したそうだ。でなければ、宇宙空間に似た、上下の感覚がわからなくなるような場所で、意識が覚醒するところだった。


「その前に、もう一度、整理させてくれ! 何故、俺たちなのか……ということを――」


 自称<女神>は少し困ったような表情を見せたが、


「わかりました。もう一度、説明しましょう。わたしは虚飾の<女神>フェイクリューゲ……」


 その表情から察するに、自分の名前を名乗るのに、抵抗があるようだ。


「貴方たちがこれから飛ばされる異世界<リングクリーゼ>のマイナー神です」


 正直、ここまでの設定で頭を抱えたくなるところだが、黙って聞こう。

 ただ、不満は顔に出ていたようだ。

 自称<女神>は気不味そうな表情をしていた。


「すみません……信じろ――という方が難しいですね。黙って聞いてくださるだけでも、感謝します」


「そういうのはいい。取り敢えず、お前が原因では無いんだな?」


「はい、異世界<リングクリーゼ>で<勇者>を召喚する儀式が執り行われました」


(となれば、ジオフロントにあった、あの<スフィア>が怪しい……)


「そして、貴方の世界から数十人の<勇者>が召喚されたのです」


(いや、多いだろ……まぁ、<魔王>も七人いるようだが――)


「貴方がこの<神域>にいる理由は、召喚された<勇者>たちの中で、最も虚飾の<女神>であるわたしと<神気>……<魂>の波長が近かったからに過ぎません」


 【虚飾】というのは、『七つの大罪』でいう【傲慢】の一例だと記憶しているのだが――


(その女神と波長が合う俺って……)


「つまり、偶然ということか?」


 だが、俺の言葉に自称<女神>は首を横に振る。


「必ずしも、そうとは言い切れません。通常、<勇者>を一度に召喚できるのは、多くても数人です。ですが、今回は貴方を含め、貴方のクラスメイトのほぼ全員が召喚されました」


(やはり、多いのか……)


「<勇者>には資質が必要です。無作為に選ばれた……とは考え難く、通常では有り得ない状況です。これは何者かの意図――別の世界の神々や邪神の介入があった――とわたしは考えています」


「要するに『黒幕』がいて、<勇者>の資質を持った俺たち……もしくは俺たちの中にいる誰かに『何かをさせたい』ということか――そして、それは碌なことではない――とお前は考えている訳だ」


 自称<女神>は、今度は首を縦に振った。


「今でこそ、虚飾の<女神>と名乗っていますが、本来は違う名の<女神>です。過去の戦いに敗れたため、今の地位まで落とされました。恐らく、今回もまた同じようなことが起こるでしょう……」


(異世界の神々による戦い――それに巻き込まれたということか?)


「正確には、<勇者>と<魔王>を使った代理戦争です」


 禄でもない話だ。

 どうやら、神々とやらは自分の手を汚さず、戦争をしたいらしい。


「わたしは、今回の召喚者の中に貴方がいて、とても幸運だと考えています。こうして、貴方に【恩寵】を与えることができるのですから……」


「ちょっと待て、それがさっき言っていた『条件』なのか?」


「はい、これで<魔王>と有利に戦える筈です」


(どうにも、納得が行かない……)


 行かないが――それをここで問い詰めても、意味は無いだろう。


「何故、世界の危機だとわかる?」


「本来、<勇者>を召喚できるのは、世界の危機が訪れた時だけだからです。それは<始祖神>と呼ばれる世界を創り出した七人の神のみが起こすことのできる奇跡です」


「じゃあ、今回、<勇者>の人数が多い訳は……」


「それほどの脅威が迫っている――と判断したからでしょう」


(何てことだ……)


「そしてそれは、幾人かの神々が<勇者>を選別して行います。しかし、今回は神々の選別がありませんでした……」


「つまり、世界の危機だが、神々とやらが関与していない――ということか……」


「勿論、例外はあります。召喚以外でも、転移や転生をすること自体は可能です。ただ……今回は人数が多過ぎます」


「何者かが、神々の構築したシステムを利用し、『勇者召喚』を行った――その真意は不明だが、真っ当な考えの元に行われた訳ではない――とお前は考えている訳だな?」


(やはり、俺の手に余る……断ろう)


「残念ながら、既に<召喚の儀>は行われてしまいました。貴方はこのままでは、自動的に<リングクリーゼ>へ飛ばされてします」


(何てことだ……)


「<神域>とは、世界と世界の間にある壁のようなモノであると考えてください。貴方は世界を移動する際、その壁に『偶然』ぶつかった――という訳です……」


 頭を抱えて蹲りたいところだが、俺の腕の中にはサクラがいる。

 恋人同士とか、特に仲が良いとか、そういう訳ではない。

 修学旅行で同じ班のため、先程まで一緒に行動していたに過ぎない。


 ――でも俺は、彼女の笑顔が素敵だということを知っている。


 ――撫子の姉で、他にも、弟や妹の世話を頑張っていることも聞いている。


 ――俺が贔屓にしている和菓子屋で、店員のアルバイトをしていることも。


 ――口よりも先に、手が出てしまうこともあり、目を離すと何をしでかすか、わからない。


 ――そんな女の子。


 ――そんな娘が、<魔王>であっていい筈がない。


「わかった。引き受けよう――だが、俺はサクラを殺させやしないし、サクラにクラスの連中を殺させもしない!」


 すると、自称<女神>が微笑んだ気がした。

 まるで――その答えを待っていました――と言わんばかりだ。


「現状、世界のシステムにより、咲良さんを助ける方法はありません」


「現状?」


「まずは、貴方の<魂>を強化してください」


「具体的には?」


「<EXスキル>または<EX魔法>を多く習得することで可能となります」


「<EXスキル>?」


 俺が首を傾げると、


「それは、異世界に行った時に理解できます。今は、<魂>が強化されれば――より高次元へと行くことが可能になる――とだけ覚えてください」


「つまり、神々に会って――直接、話を着けろ――ということか?」


 自称<女神>は頷いた。

 可能性がある――そのことに、俺は安堵する。


「優しい方なのですね」


 と自称<女神>。何故かニコニコと微笑んでいる。

 忘れないで欲しいのだが、今のお前の姿は、俺の母親の姿だ。

 正直、恥ずかしい。


「――どうか、この世界を救ってください」

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