第38話 ヤクモ<神殿>:勇者召喚(5)

 ささやか――と言っていたが、本当にささやかだったとは――


 食料事情が頻拍しているか、それとも予想以上に召喚された勇者の数が多かったのか、理由は不明だ。思ったよりも、食文化が発達していないかも知れない。

 王国側で、食卓へ着いたのは、先程の会議とほぼ同じメンバーだった。


 王様に司祭、大臣に騎士団長。対して、こちらは俺と美鈴姉――そして猫屋敷さんこと――『猫屋敷なずな』――だ。自称探偵気取りの猫屋敷さんからは、たまに――ワトソン君――と呼ばれる程度には仲がいい。


 サクラと同じく小柄だが、頭の回転は速く、今回のような状況では頼りになる。

 ついでに言えば、兎尾羽さんとも仲がいいので、今後、ブレーンや秘書的な立ち位置をお願いすることになるだろう。


 属性持ちだったようで、金色の髪と蒼い瞳に変化していた。

 <メインクラス>は<セージ>かと思っていたのだが、<ハンター>だそうだ。

 何にせよ、一緒にこちらに転移されていたことは喜ばしい。


 それにしても――何故か、女性陣だけ、ちゃっかりとドレスに着替えている。

 まぁ、猫屋敷さんの策だろう。


 大人であり、勇者ではない美鈴姉を自分たちの旗として使おう――とでも考えたのか? 勇者王国の女王陛下にでも、仕立て上げるつもりだろう。


 その姿は様になっている。俺は跪き、エスコートを申し出た。


「――て、猫屋敷さんも?」


 誤算だったのは、自分まで、ドレスアップする羽目になったことだろう。

 いつもは少年と見間違うようなボーイッシュスタイルだが、今は清楚な妖精のようだ。俺は立ち上がると、思わず――


「綺麗だ――いや、ゴメン。忘れてくれ……」


 何故か謝ってしまった。俺は急に恥ずかしくなり、口元を抑え視線を反らした。

 彼女は肩を竦め、やれやれと首を横に振ると、


「ボクのことはいいから、先生を頼むよ。ワトソン君」


 その後――まったく――と呟いて、何故か後ろを向いた。

 耳が赤い――転移の影響で、具合でも悪いのだろうか?

 俺が首を傾げていると、


「私はどうかしら?」


 と美鈴姉。その問いに、


「美鈴姉は、美鈴姉だろ。いつも綺麗だけど――」


 俺の知っている美鈴姉は、子供のような面が目立つが、やはり大人の女性だ。

 同年代の女子と比べて、魅力的に見える。化粧が上手いのもあるのだろう。


「こんな綺麗な人を、俺がエスコートできるのは光栄かな?」


 俺だけ、<魔物使い>の恰好なので、はっきり言って場違いな気がする。

 【ディスガイズ】を使えば、俺も一瞬で変装できるが――今回は止めて置こう。

 大人しく、道化を演じることにした。


「ありがと。今の台詞は、犬丸さんと兎尾羽さんには、内緒にしておいてあげるわ」


 何故そこで、その二人の名前が出て来るのだろう。

 横で、猫屋敷さんが面白そうにクスクスと笑った。

 先程あった、サクラの告白の内容でも、思い出しているのだろうか。


 何だか癪に障るが、俺は平常心を装う。

 いつもならば言い返すところだが、今は大人しく、エスコートに徹するべきだ。

 俺は美鈴姉の前に立つと、丁寧にお辞儀をし、手を取ると腕を組んだ。


「あら、慣れているの?」


 美鈴姉の問いに、


「教育の賜物です」


 と俺は答えた。


「教師にそう言うと、冗談では済まないので、止めなさい」


 注意されてしまった。やれやれだ――

 昔はこちらの意見も聞かずに、色々と振り回してくれたクセに、大人になったモノだ。


「どうしたの?」「いえ、成長したなと思って――」


「昔から胸は大きかったでしょ」「いや、胸の話ではなくて……」


 どうにも、口ではまだ勝てないようだ。

 意識しないようにしていたが、腕を組むと、その大きな胸が当たる。

 いや、この人のことだ。態とやって、俺の反応を楽しんでいるに違いない。


(何が教師だ。これでは、昔と変わらない――)


 後ろから抱き着かれ、胸を押し付けられたり、暑いといって、スカートを捲って見せたり……。あの頃は、こっちが子供だと思って、調子に乗り過ぎだ。

 教師になって、少しは真面になったのかと思ったのだが……。


(やはり、人間、そう簡単には変わらないな――)


 因みに、今回は余計なことを言いそうなサクラには、留守番をして貰った。

 当然、鷲宮さんにはお目付け役を頼んでいる。


 いや、それ以前に、アイカちゃんも転移されていたため、彼女に気が付いたサクラが、いつの間にか連れて来ていたのだ。

 確かに、大人ばかりの中に居ても退屈だろう。


 俺は暁星さんに許可を貰うことを条件に、それを了承した。

 今頃は、楽しく三人で遊んでいる筈だ。


 しかし、本来ならば、このような場には白鳥さんの方が適任だったろう。

 だが、鮫島の様子から、他にも問題を起こす生徒がいるかも知れない。

 獅子王と白鳥さんには、そういった生徒がいないか、監視を頼むことにした。


 兎尾羽さんには、正式にサブリーダーを頼んである。

 今は不安になっている女子生徒のケアをお願いしていた。

 昔、イジメられていた経験からか、彼女は弱い者の味方だ。


(以前、そのことを褒めたら――バッカじゃないの!?――と怒られた)


 やはり、友達だと思っていた女子に怒られると、ダメージが大きい。

 これを機に、何とか関係を改善したいモノだ。


 他の男子生徒たちには――羽目を外すな――と言っても無理だろう。一部の施設を開放して貰い、希望者を募って、スキルの講習を行って貰うことにした。

 時折、盛り上がっているのか、窓の外から歓声が聞こえる。


 研究員たちは、既に別の建物へと移ったようだ。

 一応、アイカちゃんのこともある。

 暁星さんともう一度、話をして、要点を伝えなければいけない。


 別に難しいことではない。まだ、現代における科学の知識は出さないように――というお願いだ。今は転移の影響で、具合が悪くて大人しくしているが、風貌から言って、あの連中が人格者とは思えない。


 先程、蒼次郎さんとは話したが、どうにも、理屈を捏ねるのが好きな連中が多らしく、意思の疎通は苦労しそうだった。そこは暁星さんに、間に立って貰おう。


 こちらが子供だということもあり――主導権を取りたい――と思う連中もいるだろうが、できれば、この二三日は大人しくして貰いたいところだ。


 鷲宮さんの父親である蒼次郎さんには、情報収集に徹してくれるように頼んでおいた。何分、この国の置かれている状況も正しく把握できていない。

 彼が纏め役であるため、『晩餐会』が終わった後、話をしてくれるだろう。


(一先ずは、安心してよさそうだ……)


「今宵は、勇者殿たちを招くことができ、誠に光栄に思います」


 そんな大臣の前口上から始まる。正直、退屈な時間だ。

 彼からは――よく喋る――というより――余計なことを国王の口からは話させたくない――といった印象を受けた。


(少し鬱陶しいくらいだ――)


 司祭に関しては、まだ若いためか、自分からは口を動かそうとはしない。

 騎士団長も同様だ。ただし、こちらは護衛を兼ねているので、こんなモノだろう。


 まぁ、この辺の観察眼は、俺よりも猫屋敷さんの方が優れているので、後で感想を聞いておこう。


 肝心の王様だが、第一印象としては、人が良さそうな感じだ。

 こちらが上手く誘導すれば、国に不都合な情報を話してくれるかも知れない。


 俺が知っていて、隠されている情報は――魔王軍に対し、劣勢であること。他の国でも勇者召喚が行われていること。大司教が亡くなったこと――だろうか。


 美鈴姉と猫屋敷さんには、簡単な作戦だけを話している。

 なるべく、こちらに情報が少ないことを悟らせないようにし、王様から好条件を引き出すことだ。


 この場では――こちらが友好的であり、話し合いが通じる相手である――という認識を与えることができたと考えていいだろう。


(対等な関係を築けると良いのだが――)


 また、国政や国際情勢、特産品など、色々と聞き出すこともできた。

 同時に、この世界の歴史や神々など、理解しておかなければならない課題も見えてきた。この辺は、猫屋敷さんの得意分野なので、任せていいだろう。


 今後の方針としてだが、召喚されたばかりの勇者はレベルが低いので、騎士団に鍛えて貰う――ということで、騎士団長に了承を得ることができた。当面はこちらから、戦闘能力の高い者を選別して、少数精鋭で様子見をするという話に落ち着いた。


 また、常識の擦り合わせと称して、短期間だが――この世界の教育を受けさせる――という約束した。この国では、『冒険者』として活動するため、最低でも一カ月程、専門の学院に通う決まりがあるそうだ。


 恐らく、それは建前だろう。勇者と交流を持ちたがっている貴族がいる――と考えるべきだ。教室は別だろうが、恐らく、エリスも通っているのだろう。まずは彼女の政敵を排除し、学園のトップに仕立てよう。


(さて、どんな策がいいだろうか……)


 余談だが、俺たちが『晩餐会』という名の打ち合わせをしている中、サクラたちはシグルーンやエリスと仲良くなったらしい。


(全く、女子はコミュ力が高くて羨ましい……)


 『晩餐会』は滞りなく終わり、漸く一息つけた俺は、自称<女神>との会話を思い出していた。

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