第37話 ヤクモ<神殿>:勇者召喚(4)
会議室に入ると、どういう訳か、王様は目を丸くした。
(何だろう? 何に驚いたのだろうか?)
どうにも、一緒に連れて来た研究者側の代表者に反応した気がする。
首からぶら下がっているIDカードを確認すると『鷲宮蒼次郎』とあった。
「もしかして、鷲宮さんの……」
俺は鷲宮さんに小声で耳打ちすると、
「父です……」
鷲宮さんが申し訳なさそうに答えた。
恐らく、仲の良いサクラと担任の美鈴姉は気が付いていたのだろう。
世の中、意外なことが起こるモノだ――て、偶然な訳がない。
転移前の鷲宮さんの様子が奇怪しかったことと併せて考えてみると、今回の『黒幕』である可能性が高い。
(正直、疑いたくはないが……)
しかし、今は探偵を気取るよりも、異世界に召喚された勇者を演じよう。
なぁに、映画や演劇のオーディションのようなモノだ。
良くも悪くも、目立てばいい。
予定していたよりも、時間を浪費してしまっていたので、自己紹介はせずに皆を席に着かせた。話し合いたいことは沢山在ったが、あまり時間を使う訳にはいかない。要点だけを簡潔に纏めた。
① ここが何処であるかの確認
② 召喚された目的
③ ここでの生活基盤について
この三点だ。勿論、俺に取っては、今更確認する必要のないモノもあるし、他にも聞きたいことはある。だが、それは追々でいいだろう。
取り敢えず、ここが異世界で――勇者として魔王を討伐するために召喚された――ことの確認はできた。互いの認識が合っているかの確認は重要だ。
ただ、勇者を戦争や国益のために利用しようと考えて節は、見て取れた。
まぁ、そこを責めるつもりは無いが、こちらも気を付けなくてはいけない。
戦争は勿論、政治利用、貴族による反乱や市民による革命など、国内外の動きにも注意が必要だ。
勇者がどの勢力に肩入れするかで、国力に影響が出る恐れがある。
この辺は、白鳥さんに相談しよう。
また当面の間、生活の基盤は、この神殿となるらしい。
召喚された勇者が一人二人であれば、お城にでも招かれたのかも知れないが、この人数だ。王国側も、ある程度、有能な人材を絞りたいのだろう。
神殿では、部屋の数が限られているため、暫くは、一つの部屋を数人で使うことになるそうだ。細かなことについては、部屋ごとに神殿側から――担当を付ける――とのことだった。
また、この後は『晩餐会』を準備していたそうだが、これほど多くの勇者が召喚されるとは思っていなかったため――全員の参加は難しい――と告げられた。
それは、こちらにとっても都合がいい。
今はまだ、接触は最低限にして置きたい。現状、信用できる人間は限られている。
俺は会議が終わった後、『晩餐会』への参加者を絞るため、一度、班のリーダーのみを招集することにした。
研究者チームは、別の神殿に移って貰い、今後の方針を決めるそうだ。
優先順位は、勇者の方が上らしい。俺は研究者チームへの、しっかりした対応をお願いし、報告――いや、勇者会議のために数人が集まれる部屋を用意して貰った。
申し訳ないが、美鈴姉には班の班長への声掛けと、用意された部屋へ移動する旨伝えることをお願いした。サクラと鷲宮さんには引き続き、勇者会議の場に一緒にいて欲しい旨をお願いする。
「美鈴姉――雑用を頼んで、ごめん」
「ほんと、昔は、私が振り回す側だったのにね」
美鈴姉は――ふふふ――と笑う。
俺を振り回していた自覚はあったようだ。反省して欲しいモノだ。
「サクラと鷲宮さんは、悪いけど、俺のボディガードを頼めるかな」
「任せてください☆ わたしの活躍に乞うご期待です!」
と胸を張るサクラに、俺と鷲宮さんは苦笑した。
それから、準備された部屋へと向かう。取り敢えず、【シャドウカーテン】と【フェイク】を併用すれば、ある程度、情報の漏洩は防げるだろう。
【シャドーカーテン】で部屋の四方と上下を囲う。これで、遠隔から覗くような魔法は防げるだろう。そして、窓や出入り口に【フェイク】を掛ける。
『サングラス』のようなモノだろうか――
(上手くいくモノだな……)
部屋の外からは中が見えず、中からは外が見える。
ほぼ時間を置かず、外が騒がしくなる。
クラスメイトの細かな反応はわからなかったが、当事者であるためか、彼らの行動は早かったようだ。退屈というのも、あったのかも知れない。
直ぐに、全員が集まった。
俺はまず、獅子王と白鳥さんに、クラスメイトの安否確認をする。
問題は無いようだが、やはり、何人かは転移されていないらしい。
失敗した――と言うよりは、勇者としての資質に欠けていたのだろう。
「すまない。皆、集まって貰って……」
各班の班長を前に、俺は口火を切った。
まぁ、俺を抜けば、五人しかいないのだが……。
クラスの中心であり、人気者でもある『獅子王陽太』。
クラスの才女であり、高嶺の花『白鳥雪那』。
クラスで何かと突っかかってくる『鮫島顎』。
クラスで一番大人しいが、優しい性格の少女『熊田亜璃子』。
クラスの眼鏡担当で理屈屋『蜂谷悟』
どうやら、納得ができない――という表情の者も居る。
というか鮫島だ。まぁ、あんなことがあった後だ。仕方が無い。
「状況については、あまりいいとは言えないが、最悪という訳ではない……」
俺はゆっくりと全員を見渡した。
「【ステータス】画面を確認して、気が付いていると思うけど、俺たちは魔王と戦うために、この世界に召喚された勇者だ」
「へっ、まるでゲームだな……」
と鮫島が悪態を吐く。椅子にもたれかかり、態度が悪い。
「確かにその通りだ。だが、元の世界に戻るには、その魔王を倒すしかない!」
鮫島は不敵に笑うが、他の皆は落ち着いた様子だ。
一度にクラスメイト全員に説明した場合は、こうは行かなかっただろう。
「先ずは作戦を練り、計画を立てる必要がある。そのためにも皆の能力を確認したい。明日の朝、今度は班毎に集まって欲しい。順番に呼ぶから、質問はその時に頼む。各自考えておいてくれ!」
「待てよ、だから何でお前が仕切るんだよ!」
とはやはり鮫島だ。ドンッと机を叩いた。熊田さんが驚いて、ビクッと反応する。
他の面々は慣れているのだろう。蜂谷がイラッした表情を見せたが、涼しいモノだ。俺としては、サクラと違い、行動が読み易くて助かる。
「当然の質問だ。今後の方針として、改めてリーダーを決める必要があるだろう。まずは多数決を取りたい」
俺の言葉に肩透かしを食らったのか、鮫島は言葉を無くす。
そして、これで俺はお役御免だ。面倒なことは、他の奴に任せるとしよう。
「俺は白鳥さんを推薦する」
クラスでは、鷲宮さんと男子の人気を二分する女子で、しっかり者の生徒会役員でもある。全体的にスペックも高く、バランスも良い。これから、社交界などで貴族を相手取ることを考えても、卒なく熟すだろう。
「待って……なら私は、月影くんのままでいいと思うわ」
と白鳥さん。俺としては、さっさと誰かに押し付けたかったのだが……。
そんな白鳥さんの意外な発言に、俺はそんなに人望があったのだろうか――と悩む。いや、無い。瞬時に答えが出た。少し虚しい。
白鳥さんは、そんな俺の葛藤を余所に、続けて、
「理由はいくつかあるけど『管理する』という意味では、月影くんが適任だと思うの……」
「確かに、今のところ指示は的確だ。僕も白鳥さんの意見に賛成だ!」
とは獅子王だ。
残念なことに、コイツとは幼馴染で、珍しく俺を高評価している人物でもある。
この二人にそう言われて、反論するような奴は、ウチのクラスにはいないだろう。
そもそも、説得力が俺とは段違いだ。流石の鮫島も、クラスのリーダー格二人に言われては、言葉が見付からなかったのだろう。
舌打ち以上のことはしなかった。
(正直、誰か反論して欲しいところなのだが……)
「はい! わたしもヤクモがいいです☆」
とはサクラだ。黙って座ってろって言ったのに――
鷲宮さんが、サクラを落ち着かせる。
「先生は?」
一応、事前の打ち合わせ通り、美鈴姉に問うと、
「そうですね。本来なら先生が務めるべきですが、現状を一番把握できているのは月影くんのようです。この国の人たちとの対応は先生も手伝いますが、クラスのリーダーという意味でなら、月影くんにお願いしたいです」
そう言って、チラリとこちらを見る。既に、口裏を合わせてある。
ベストは白鳥さんだったが、ベターな俺を選んだようだ。
まぁ、美鈴姉としては、俺の方が何かと扱い易いのだろう。
「わかりました。当面のリーダーは俺が務めます」
ブレーンは、情報の分析に長けている猫屋敷さんにお願いするとして――
「では、サブリーダーに兎尾羽さんを起用してもいいだろうか?」
(まぁ、元々候補は限られている)
人気だけなら獅子王だが、正直、できる人間は、できない人間の気持ちなどわからないだろう。クラスを引っ張る力はあるが――この異世界で全員を纏める――と考えると不安が残る。文化祭などのリーダーになら向いているが、今回はパスだ。
因みに、体育祭なら鮫島がリーダーでも問題ない。コントロールもし易い。
この世界で戦闘を行うだけなら、それも選択肢としては、間違ってはいないのだが、恐らく、戦闘以外のことが重要になってくる筈だ。
よって、鮫島も却下となる。
(仕方が無い――)
「異論は無いようだな。獅子王――悪いが、君の班の兎尾羽さんを借りるよ」
「ああ、本人も喜ぶ」
白鳥さんと熊田さんが笑った。何故、喜ぶのだろうか?
「では、気付いたことがあれば、どんどん言って欲しい。また今後、皆の能力を見て役割を分担するつもりだ。暫くの間は、レベル上げがメインになると考えてくれ」
「待て」
と蜂谷が挙手をする。眼鏡をクイッと動かし、
「戦闘が得意では無い者もいるようだが――」
そう言って熊田さんを見た。恐らく、熊田さんのことが好きで、危険なことはさせたくないのだろうが――多分、その言い方だと伝わらないと思う。
俺は一呼吸置くと、
「戦闘が得意な先発組と支援が得意な後発組に分ける予定だ。部屋に戻ったら、各自メンバーに伝えてくれ!」
熊田さんが、ホッと胸を撫で下ろす。その様子に蜂谷も満足したのだろう。
口元に笑みを浮かべた。何だか、むず痒い。
「他に無いのであれば――」
ガタッ――と椅子を蹴る大きな音がした。
鮫島だ。面白くなかったのか、彼は無言で立ち去る。
「鮫島くん!」
美鈴姉が声を掛けたが、俺が手で制した。
その代わり、俺が声を上げる。
「鮫島! ここでは、お前の力が必要になる。頼りにしている。俺のことを気に入らないのはわかったが、他の皆のことは助けてやってくれ!」
俺は、こういう台詞が咄嗟に出る自分が嫌いだった。多分、鮫島も同じだろう。
鮫島は一度立ち止まったが、振り返ることはなく部屋を後にした。
念のため廊下を覗くと、鮫島とすれ違った神官が怯えた表情をしていたことから、彼のその表情を想像することは難くなかった。俺は部屋に戻ると、
「さて、もう一つ決めなければならないことがある」
鮫島の態度は慣れているのか、それとも厄介者が去って、良かったと思っているのか、誰も気にする者はいなかった。
「もう一つ?」
首を傾げる白鳥さん。俺は一度、全員を見渡し、
「この後、王様――このアルラシオン王国の国王との『晩餐会』がある」
と告げた。
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