第36話 ヤクモ<神殿>:勇者召喚(3)

 やや横柄な態度で、鮫島が俺の肩を掴む。予想通りの展開だ。

 どういう訳か、最近やたらと絡まれる。

 サクラが俺を助けようと動こうとしたので、素早く手で制した。


 流血沙汰はまだ早い――魔物と戦った今だからわかるが、サクラは強い。


(まぁ、魔物と比べるのも、どうかと思うが……)


「修学旅行の実行委員だからだ!」


 俺は真顔で返してやる。序に言えば――俺が休んでいる間にお前たちが勝手に決めた――と枕詞を付けてやりたかったが、今は止めておこう。


「代わりたいのなら代わってやるが……交渉はできるのか? 全員無事に家に帰せる自信はあるのか? 何かあった場合、責任を取れるんだろうな!」


 瞬時に即答できないような言葉を投げ掛ける。

 言葉で煙に巻いてもいいが、鮫島の場合、後で暴力に訴える可能性もある。

 皆が見ている前で、正論で叩く方が、この場合はいいだろう。


「……お前だったら、できるって言うのか!」「できる!」


 透かさず言い返すと、案の定、言葉に詰まる鮫島。

 鮫島は男子のリーダー格である獅子王に視線を移したが――仕方ないよ――という表情で、首を横に振られた。


「――っ」


 何か言い返そうとしたが、言葉が見付からなかったのだろう。

 鮫島は俺を睨むだけで、出掛かかった言葉を飲み込む。

 そして、俺の肩を掴んでいた手をゆっくりと離した。


(それでいい……)


 何故なら、サクラがいつでも飛び掛かれるように準備をしているからだ。


(サクラよ、俺を助けてくれようとしたことは嬉しいが、今は押さえてくれ……)


 冒険に出る前に、女子にボコボコにされたとあっては、今後の鮫島の行動に大きく影響する。


 周囲はまだ騒がしいが、俺はクラスでゲームが得意な女子の猿渡さんを見付けると、


「皆に、【ステータス】画面の見方を教えてやってくれないか?」


 と頼んだ。最初は困惑していた猿渡さんだったが、ゲームに関しての感は働くようで、直ぐに理解した様子だった。


 スキルや魔法の習得方法や【ステータス】画面の設定方法は、後で説明する旨を伝え、皆には――まだ行わないように—―と注意して欲しいと頼んだ。

 俺が一から十まで説明するより、彼女の口から言った方が、説得力がある。


(さて、後は会議に参加するメンバーの人選だが――)


「あの!」


 サクラに腕を掴まれる。

 何だろう? 正直、彼女の行動は予測が付かない。


「どうした?」


「わたし、ヤクモのことが好きみたいです☆ 付き合ってください!」


 クラスの連中だけではない、その場の全員が俺に注目する。


(俺が無理をして、大声を上げた時よりも反応がいいのは、どういう訳だ?)


「えっ、嫌だけど……」


 俺は即答した。何人かがブーイングを飛ばす。


「なっ、何でですか!?」「いや、俺、サクラのこと良く知らないし――」


「犬丸咲良、十七歳! し、身長はひゃ、百五十?」


(いきなり嘘を吐くな――百四十位だろう……)


「それから体重は秘密です!」


(秘密じゃわからない……)


「好きな食べ物は、甘いスイーツ全般です!」


(知っている――大抵の女子はそうだろう……)


「えっと、それから、好きなアニメは『パンザワマン』です!」


(確か、オレの顔を殴れよ――と言って殴らせた後――倍返しだ――と言って相手を殴り飛ばす人気のヒーローアニメだったな……専守防衛を解いていたが、最終回では『攻撃は最大の防御なり』と先制攻撃を行い、大反響だった)


「特技は――もごっ」「わかった、もういい――また後でな……」


 放って置いたら、いつまでも続きそうだったので、やや強引だったが、手で口を塞ぐ。サクラは――納得いきません!――という目つきだったが、大人しくなったので、俺は手を離した。


「わかりました……」


 そう言って――しゅん――とした後、急に距離を取ると、人差し指をビシッと俺に向け、


「でも諦めません! 再度修業し、アタックあるのみです☆」


 バキュンとピストルの構えで、俺を打ち抜く。


(それは物理的に――という意味だろうか? だったら怖い……)


 相変わらず、最後まで言動が読めない。深く考えるのは止めよう。

 サクラも言いたいことは言えたので、少しは満足したようだ。

 しかし、そんなサクラに――


「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」


 と声を上げたのは兎尾羽さんだ。


 『兎尾羽とびはね瑠奈』――俺とは小学校の頃から、面識のある仲だ。

 俺としては、幼馴染と説明する方が楽なのだが、どうにも、彼女は俺を嫌っている節がある。


 正直、高校に入ってからは理由もなく、よく睨まれるので少し苦手だ。

 昔は眼鏡を掛けていて、大人しい印象の女の子だったのだが――何か、嫌われるようなことをしてしまったのだろうか?


「咲良! アナタ……な、何でこんな時に! こ、告白なんて……何考えてるのよ!」


(まぁ、当然の意見だ……俺もそう思う。もっと言ってやってくれ……)


 しかし、サクラは動じた様子もなく、


「こんな時だからです! それにわたしとヤクモは下の名前で呼び合う仲です!」


 ドン—―と胸を張る。いや、別にそこまで自慢する程の関係ではない。


「え!? ほ、本当なの?」


 だが、以外にも兎尾羽さんは驚いていた。

 そして、質問と同時に何故か睨まれる。嫌だなぁ――と思いつつ、


「いや、普通だろう……クラスメイトだし、名前で呼ぶくらい……」


 それを聞いて、何故か胸を撫で下ろす兎尾羽さん。サクラは、


「過程です! 過程が大事なのです! そう、下の名前で呼び合うようになった過程が!」


 と主張したが、それはそれで性質が悪い。サクラの言う特別な過程はなかったと記憶しているが、彼女にとっては特別だったらしい。


 ――というか、この二人、入学当初は仲が良かったと記憶していたのだが、間違いだったのだろうか? 後で、猫屋敷さんに聞いてみよう。

 何か知っているかも知れない。


 俺はサクラを無視して、


「兎尾羽さん――頼みがあるんだ……」


 俺は兎尾羽さんに歩み寄る。

 そして、彼女の気迫に負けないように、真摯な態度で見詰めると、


「俺がいない間、クラスの実行委員の代理をお願いするよ」


 と頼んだ。


「真面目で常識を持った人が適任だ」


 嘘は言っていない。


「で、でも――」


 と返事に困る兎尾羽さん。

 いつもは睨んでくるクセに、こういう時は視線を逸らす。

 だが――完全に嫌――と言う訳ではなさそうだ。


(もう一押しか……)


「頼むよ。頼りになるのは兎尾羽さんしかいないんだ」


 そう言って、彼女の両肩を掴む。ちょっと、芝居臭かったか?

 だが、意外にも――


「……はい♥」


 と頷いてくれたので、


「ありがとう」


 俺は素直に笑みを返した。

 今度は何故か、サクラが面白くなさそうに俺を見ている。

 はて、どうにも、この二人は相性が悪いようだ。


 第六感――とでも言えばいいのだろうか。

 俺は、この場に留まるのは危険だと感じ、


「先生、待たせてゴメン……」


 と美鈴姉に謝った。そして、


「悪いけど、鷲宮さんとサクラも一緒に来てくれ!」


 とお願いする。

 正直、サクラはここに置いておくと、新たなトラブルの火種になりそうだ。

 もしもの場合、鷲宮さんが一緒に居てくれると頼りになる。


 俺はクラスの女子のリーダー格である白鳥さんに、俺の班の連中のことを頼むと、研究者側の代表者と合流した。


 鷲宮さんが、少し困ったような顔をしたことには、直ぐに気が付いた。

 だが、俺はそこには触れず、近くの兵士に、会議用の部屋への案内を頼んだ。

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