第35話 ヤクモ<神殿>:勇者召喚(2)
白衣を着ていることから、研究員だろうか?
暁星さんの姿もある。自称<女神>からは『クラス転移』と聞いていたのだが、どういう訳か巻き込まれた人たちもいるようだ。
この場合、巻き込まれた人間の方が活躍するパターンもあるが、どうなのだろうか?
まぁ、現状では、考えても答えは出ない。
俺はもう一度、周囲を確認した。
出入口と思しき通路は神殿の兵士に固められている。
全員槍を持ち、鎧に身を包んでいた。
見た目は俺たちと変わらない普通の人間だろう。エルフやドワーフ、獣人は居ないようだ。しかし、言葉が通じるため、こちらの動揺を悟られるのは好ましくない。
取り敢えず、警戒はされているが、兵士たちに動く気配はなさそうだ。
どちらかと言えば、向こうも動揺していて、指示を待っているように見える。
俺は更に周囲に気を配る。
最も目を引いた人物は王様だ。
煌びやかな王冠に深紅のマント姿は、テンプレと言っても差し支えない。
これで王様じゃない――と言われたら、誰に文句を言えばいいのだろうか。
(あれが、シグルーンの父親か……)
その王様は兵士たちに守られながら、茫然とした表情を浮かべている。
第一印象としては――優しそうではあるが、頼りない――といったところだ。
その直ぐ近くには、一際立派な鎧に身を包んだ屈強な男が立っていた。こちらを警戒しているのか、厳しい視線を俺たちに向けている。恐らく、王の新鋭隊か、この神殿を守る兵士たちの隊長――といったところだろう。
そして、最後に神子の少女・シグルーンだ。相変わらず、羽織っていたローブで顔を隠している。昨日、あんなことがあったのだ。
泣いたのかも知れない。そんな顔は見られたくないだろう。
彼女は直ぐに、後ろへと下がってしまった。
そんなシグルーンの動向に気が付いたのは、俺くらいだろう。
恐らく、エリスが奥に控えている筈だ。
さて、神子の役目を果たしたシグルーンはどうなるのか?
場合によっては、彼女のことも助ける必要がある。
他にもいくつか気になることはあったが、今は先にやらなければならないことがあった。俺は大きく息を吸うと、手を叩き、大声を上げる。
「皆、聞いてくれ!」
一部注目は集まったものの、騒めきの方が大きい。普段声を上げない人間が、行き成り大声を上げて仕切ろうとしているのだ。こんなモノだろう。
因みにサクラは、鷲宮さんに手を貸していた。
転移の影響で、立つのも難しい筈だ。
「サクラちゃん、ありがとう……」「いえいえ」
正直、俺も駆け寄りたい心境だったが、やるべきことを続ける。
「俺たちはどうやら、異世界に召喚されてしまったようだ。指示を出すから、今は落ち着いて、その場から動かないでくれ!」
言い終わると、俺は一人歩き出す。そして、男子と女子のリーダー格に、男女別にクラスメイトの安否確認をお願いした。
それから、ジオフロントで知り合いになった研究員の暁星さんにも、同様に生徒以外の人間の安否と人数の把握をお願いする。
最後に、俺は美鈴姉こと担任の鮎川先生の手を取ると、
「美鈴姉……今は、俺を信用してくれ!」
と告げ、一緒に王様の元へと歩き跪く。
槍を構えようとした兵士を隊長らしき男が制した。
美鈴姉も状況を理解したのか、俺の真似をする。
「発言を許して頂けますか?」
その問いに、
「う、うむ……」
と王様。どっち付かずの反応だが、肯定されたと受け取ろう。
「アルラシオン王よ……私は異世界の勇者ツキカゲと申します。召喚に応じ参りましたが、些か、お互いに手違いがあったようです。どうか、代表者同士で話し合う場を設けては頂けないでしょうか?」
「……」
暫しの沈黙。立場上、即決という訳にはいかないのか、王様は大臣および司祭と思しき男たちに目配せを終えた後、蓄えた髭をひと撫ですると、
「わかった……勇者ツキガゲ殿。司祭よ、悪いが会議のための部屋を準備してくれまいか?」
と言葉を発する。司祭と呼ばれた男はまだ若く、貫禄もない。
実直さが取り柄といったところか。大司教の代理としては頼りない。
「王よ、既に準備は整っております。直ぐにでも使用できます」
「……そうか」
緊張しているのか、それとも警戒されているのか。
王様の反応は何処かぎこちない。
「勇者ツキガゲ殿……悪いが、付いてきて貰えるか?」
その問いに、俺は立ち上がると、
「少しお時間ください。皆と話をします。直ぐに終わりますので、先に行ってお待ちください」
この辺は、演劇の芝居を参考にお辞儀をしてみた。
やや大袈裟だっただろうか? 俺は美鈴姉の手を取ると小声で、
「悪いけど、もう少し付き合ってくれ……」
と囁く。美鈴姉は不安そうな表情をしたが、取り乱すようなことはしなかった。
俺は皆の元に戻ると、一度その手を放し、男子と女子のリーダー格に声を掛けた。
引き続き騒がないことと、不用意に神殿の兵士たちと接触しないことを皆に促すようお願いする。
悲しいことに、俺が直接言ったところで、クラスの連中が素直に聞くとは思えなかったからだ。
暁星さんにも同様のお願いをして、代表の人間を一人出して貰うように伝えた。
一先ず、皆の様子をもう一度見てから、会議に赴こうと思った矢先――
「おいっ――何で、お前が仕切ってるんだ!」
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