第26話 ヤクモ<異世界>:聖剣の間
扉の前まで来ると、俺は【観察眼】を使用する。
『罠』や『結界』――のような特殊な<魔力>の流れ――は無いようだ。
(まぁ、シグルーンの話では、神殿に訪れた貴族の余興などに使われているらしいから、当然か――)
名うての冒険者や怪力自慢を連れて来ては、試しているらしい。
俺は、<アビリティ>【潜影】を使い、影に潜ると、扉を擦り抜けた。
(やはり、呼吸ができない――あまり多用はできないか……)
誰もいない真っ暗な広間――その中央に台座があり、<聖剣>と思しきモノが刺さっていた。再度、【観察眼】を使用し、『罠』や『結界』を探すが――反応がない。
(流石に暗いか……)
当たり前の感想を抱く。【暗視】の<アビリティ>が欲しいところだが、現状では習得できそうにない。<メインクラス>が<スカウト>や<ハンター>でないのが悔まれる。
恐らく、<テイマー>としては、【テイム】した<魔物>に【感覚共有:視覚】を使い、調査すべき場面だろうが――生憎、スライムに視覚はない。
丁度、雲が晴れたのか、天窓から月上りが差し込んだ。
(助かった……)
俺は『罠』や『結界』が無いことを信じ、<聖剣>の柄へと手を掛ける。
【クリエイト:識】を発動する。
{
――<聖剣>グリムイーターを抜きますか?
<(YES)/ NO >
<ERROR>
――<聖剣>を抜くことができませんでした。
}
(『グリムイーター』――?)
<聖剣>というより、<魔剣>のような名前に、俺は少し臆した。
(呪われて無いだろうな……)
{
――<聖剣>を抜くには、Lv.50が必要です。
――<聖剣>を抜くには、<魔力>の値が120必要です。
}
(いや、無理だろう……)
通りで、誰も抜けない訳だ。貴族であるならレベルは30、Lv.50越えは『英雄』と呼ばれるよう人物だ。それに加えて、<魔力>の値が120……。
<戦士>よりも<魔法使い>でなければ、抜くことはできないだろう。
(誰も抜けない理由がわかった……)
俺は諦めて帰ろうとしたが――
(いや、待てよ?)
【フェイク】と【オートマティスム】の併用を試みる。
俺の【ステータス】画面を偽装――レベルを50に書き換え、<魔力>の値も120に書き換える。
{
――条件を満たしました。
――<聖剣>を抜くことに成功しました。
}
案外、あっさりと抜けてしまった。
(これでいいのか? いや、いいのだ)
思わず、自問自答してしまった――しかし、話はそこで終わらなかった。
折角、抜いた<聖剣>から、黒い霧のようなモノが溢れ出す。
手放そうにも、離れてくれない。
そうこうしている内に、霧は一か所に集まり、悪魔のような翼を持つ漆黒の<魔物>へと姿を変えた。その全容は俺よりも一回り大きい。ここが大広間でなければ、天井にぶつかっていたかも知れない。
(半獣半魔と言ったところか――)
絶対に勝てないのは見れば理解できた。<聖剣>からすべての黒い霧――邪気――が抜け切ったのか、身体の自由が戻る。本来なら、一目散に逃げるべき相手だ。
俺が逃げなかったのは、目の前の巨大なそれの中心に、幼い少女が囚われていたからだ。目を瞑ったまま、ぐったりとしている。水色の輝く長い髪に一糸纏わぬ姿――その美しさから、人間で無いことは明白だった。
『罠』かも知れないが――
「【クリエイト】」
{
――高位の<剣>の精霊です。
}
同時に、出現した<魔物>が動き出すかと思ったのだが――動く様子はない。
推測するに<剣>の精霊である少女が、抑え込んでいるのだろう。
状況から言って、少女の死が、<魔物>の解放となる。
(つまり、<聖剣>は――この<魔物>を封印していた――ということか……)
「【クリエイト】!」
急ぎ、<聖剣>を調べる。
{
――<聖剣>グリムイーター
――力の大半を失っているため、本来の能力は発揮できません。
}
つまり、あの精霊を助けないと、<聖剣>はただの『剣』でしかない言うことか……。俺は内心溜息を吐く。
だが、こういうことは慣れている。
どうして、こうも厄介ごとは俺に回って来るのだろうか?
まずは【サモン:ファミリア】でルビーを召喚する。
「ルビー……<魔物>を捕食し、少女を助けろ!」
ルビーはウネウネと身体を動かすと相手の<魔物>を包み込んで行く。
流石は聖獣様だ。シグルーンが、俺を『勇者様』と呼ぶ気持ちが少しわかった。
このまま倒すことは可能だろうが、時間が掛かり過ぎる。
さっさとおさらばしたいところだが――
調合したハーブでMPを全回復(苦い……)。
残しておいたスキル枠で【コントラクト:精霊】を習得。
【フェイク】【オートマティスム】で<剣>の精霊を<影>の精霊に偽装。
【ジャドウムーブ】で<影>の精霊をこちらに移動。
【フェイク】【オートマティスム】を解除。
【コントラクト:精霊】で<剣>の精霊と契約。
【魔術:剣】を習得。【クリエイト:剣】を習得。
{
――<聖剣>が解放されました。
}
「さぁ、準備は整った!」
<魔物>は目を見開き、動き出そうとするが、既にルビーが絡みついているため、拘束されてる。同時に溶かされ、痛みを感じているのか、大きく仰け反った。
悲鳴を上げる代わりに、<魔力>の波動を放った。
(人が来ては不味い――)
【フェイク】で扉を壁に偽装。【ディスガイズ】で偽の扉を作り出す。
(時間稼ぎには、なるだろう……)
俺は【アイテムボックス】から小石をいくつか掴むと放り投げた。
【ディスガイズ】【クリエイト:剣】【フェイク】【オートマティスム】――小石を<聖剣>の姿に変え、【分類】を『剣』にする。そして、<聖剣>に書き換えた。
【シャドウハンド】【オペレイト】――俺の影から伸びた腕が、造り出した偽の<聖剣>を掴み、<魔物>を串刺しにしていく。当然のように苦しむ<魔物>。
知能の低い<魔物>は、本物<聖剣>だと思ったのだろう。
簡単に引っ掛かってくれたので助かる。
因みに、ルビーはスライムなので、物理的なダメージは受けない。
加えて<聖獣>なので、<聖剣>によるダメージも無効化――いや、寧ろHPが回復している。俺も透かさず、MPを回復する。
「【オペレイト】」
【オペレイト】は物を動かすだけの<魔法>だ。
だが、他の<魔法>と組み合わせることで、その真価を発揮する。
影の腕を作り出すだけの【シャドウハンド】は実際に物を掴めるようになり、<筋力>の【能力値】が少ない俺でも、不自由なく剣を振り回せるようになる。
「【シャドウカーテン】」
<魔物>の視覚を奪う。
「【プロテクション】」
<魔物>の攻撃を弾く。
「【ヒール】【マジックリンク】」
弱っている<剣>の精霊を回復させ、<スキル>で俺のMPを共有する。
「一度でいい、俺に力を貸してくれ!」
<聖剣>が光り輝く――俺は<魔物>の中心にその剣を突き立てた。
{
――ヤクモのレベルが3上がりました。
――ルビーのレベルが1上がりました。
}
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