第25話 ヤクモ<異世界>:3日目(2)

 シグルーンから<聖剣>の話を聞いた俺は、暗くなるのを待ち、早速、行動に移した。<地下庭園>から出ると、そこはガラス張りの建物となっていて、周囲には多くの植物が植えられていた。


 治療や研究のため、薬草や香草を中心に管理されています――と聞いていたが、植物園といってもいいくらいだ。神殿から出たことのないシグルーンにとっては、これが普通なのだろう。


 俺が潜んでいる『アンファングサントル神殿』は、神殿都市の中心部――高く聳え立つ山の上――にあり、天然の要塞ともいえる佇まいをしていた。


 幾重にもなったつづら折りの階段を上がった先にある正門以外で、神殿に入る唯一の方法は、切り立った山肌を登るしかない。


 だが、ここ半年の間は勇者召喚が行われる予定のため、その門は、固く閉ざされていた。更に警備も強化され、通常よりも厳重になっている。

 当然、一般人は神殿へ入ることができなかった。


 逆に怪しい気もするが、この神殿では良くあることのようだ。

 貴族や王族が結婚式を上げたり、祈りを捧げに訪問することが多々あるらしい。

 そういう場合は警備が厳重になるそうだ。


(貴族の間における一種の――ステータス――なのだろうか?)


 だが、それは同時に、内側の警備に隙ができることを意味していた。

 況してや、今は<召喚の儀>を控えている。


 シグルーンからの情報を分析するに、警備のための人員の配置が偏っていることが予想できた。見取り図と道順は暗記しているので、俺は迷うこと無く、目的の建物へと辿り着く。


 人気が無いことを確認し、中へ入ると、廊下が真っ直ぐ伸びていた。

 こういうのは――身廊――といっただろうか?


 目的の場所である――<聖剣>が刺さっている台座がある――『聖剣の間』まで行くのに、隠れる場所が限られている。


(さて、どうしたモノか――)


 どうするか逡巡したが――周囲が暗いので問題ない――と判断する。

 俺は【クリエイト:影】【シャドウハイド】を使用した。

 <魔法>で影を創り出し、その中に潜む。


 ・【クリエイト:影】は影を作り出す<魔法>で、俺自身を包む。

 ・【シャドウハイド】は影の中に隠れる<魔法>で、俺の姿は見えなくなる。


 俺は、廊下の両側に等間隔で並んでいる柱を利用し、素早く進んだ。

 <アビリティ>【危険感知】を習得していないことが不安だが、今は仕方がない。


 暫く進むと、足音が聞こえたので、俺は動きを止めた。ランプの明かりが近づいてくるのが見える。見回りの兵士だろう。槍を担ぐように片手に持ち、二人で並んで歩いている。一応、警戒はしているようだが――こちらには見向きもしない。


(どうやらやり過ごせたようだ――いや、油断は禁物か……)


 低かった<幸運>の値は、既に上げているので問題は無いと思うが、俺は気を引き締める――と同時に、どういう訳か――


 ――背筋に悪寒が走った。


 息を殺し、周囲を警戒する。すると――


「これは大司教様……こんな夜分遅くに、いったい何を――」


 兵士の声が聞こえたので、俺は影に潜んだまま、その様子を窺うことにした。


(大司教――ということはシグルーンの親代わりか……)


 シグルーンから聞いていた話を思い出す。幼少期より、ここで匿う様に育てられてきた彼女に取って、父親と言っても良い存在だ。いや、この神殿に住む者に取っては――と言い換えるべきか――シグルーンは少し寂しそうに語っていた。


 彼女は、自分に取っての特別を探していたのかも知れない。

 俺を――勇者様――と慕うのもその反動だろう。どうやら、大司教は皆の大司教であって、シグルーンの理想を叶えてくれなかったようだ。


(どんな人物か、確認した方が良さそうだな……)


 俺は動かずに息を潜める。興味本位――というよりも、この悪寒の正体を確認しておきたい――というのもあった。

 いざ――という時のために、逃走経路の確認もしておく。


「ええ、ご苦労様です……」


 人の好さそうな穏やかな声音――もっと年を取ったお爺さん――のイメージだったが、しっかりした壮年の男性といった印象だ。


 その所為か、細身の体躯に違和感を覚える。

 芝居では、男が女を演じたり、若者が老人を演じたりするが、それに近い感覚だ。


「いえいえ――最近、シグルーン様が楽しそうでしたので、その理由を調べていたのですよ……」


「神子様が楽しそう――ですか? そう言えば、花壇の手入れがどうのと話していたそうです……」


「なるほど、花壇ですか……でも、今日はもう遅い。明日、調べてみましょう」


 フォッフォッフォ――とやや芝居掛かった笑い方をする。

 シグルーンの動向を探られるのは困るが、別段、可笑しな様子はない。


「はっ、では、我々は警備に戻ります!」


 そう言って、兵士たちは去って行った。

 今の会話から、怪しまれてはいるが、俺の存在には気付かれていないようだ。

 一安心する。この様子なら、残りの数日、気付かれることはないだろう。


(さて、俺も移動するか……)


 背を向け、姿勢を変えると――


「誰か――いますね……」


 大司教の声だ。だが、先程の穏やかさな声音とは違い――酷く、冷たく感じる。

 どういう訳だ?――冷や汗が頬を伝った。大司教が一歩でも、こちらに近づくようであれば、直ちに逃走しよう――覚悟を決める。


 カツン――


 廊下の反対側から、誰かが姿を現した。


「おや、貴女でしたか……」


 大司教は眉一つ動かさなかったが、声は冷たいままだ。


(誰だろう? どうやら、俺に気付いた訳では無かったがようだが……)


 ホッとすると同時に――<幸運>の値を上げておいて良かった――と考える。

 反対側の柱を選んで移動していた場合、鉢合わせになっていただろう。相手は黒い外套に身を包み、頭巾を被っていることから、神殿の関係者とは思えない。


 小柄な体躯から察するに、女だろうか? いや、それよりも、大司教の首が百八十度回転しているように見えるのは、気のせいだろうか?


「殺す……殺さなければ……神子を……」


 声からして、やはり女性のようだが、明らかに普通ではない。

 苦しそうだが、洗脳や催眠でも受けているのだろうか?


「おや、まだ自我が残っているようですね――やはり、生きている人間は調整が難しい……」


 そう言って、大司教は<魔法>を使ったようだったが、今の俺の<技能>や<能力値>では、何の<魔法>かはわからなかった。

 まぁ、碌なモノでは無いことは確かだ。


(――というか、大司教の目が赤く光った気がする……)


 正直、この場で二人を抑えるべきなのだろうが、相手の能力がわからない以上は下手に動かない方がいいだろう。黒尽くめの女性は、うっ、と呻き声を発し、脱力したのか、肩を落とす。その様子に満足したのか、


「これでいいでしょう――では、<召喚の儀>が終わるまで、通常の仕事に戻りなさい」


 大司教が言葉を掛けると、黒尽くめの女性は――ゆらり――とまるで生気のない足取りで、その姿を消した。大司教も、何やらブツブツと言いながら去って行く。

 残された俺は――


(シグルーンを殺す――ということか……でも何故、<召喚の儀>の後なんだ?)


 もう少し、調査が必要なようだ。確かなことがわかるまでは、シグルーンには秘密にしておこう。悪戯に、彼女を傷付ける必要はない。

 俺は大司教が出て行くのを確認すると、再び、奥の扉へと向かった。

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