第24話 ヤクモ<異世界>:3日目(1)
翌日も、俺は<魔法>の訓練を兼ね、拠点となる<地下庭園>の整備を続けていた。必要な日用品はシグルーンが用意してくれるので、助かっている。
強いて問題を上げるのであれば――肉や魚が食べたい――というところだ。
シグルーンには――周りに気付かれないように、気を付けてくれ――と伝えているのだが、それが却って彼女のやる気を刺激してしまった。
あれこれ考えて、頼んでいない【道具】を持ってきてくれる。
(ありがたいのだが、申し訳ない気もする)
レベルは5を過ぎると、途端に上がらなくなった。
シグルーンとルビーにも経験値が分散しているとはいえ、クラスメイトと合流するまでに、10には上げておきたいところだ。
取り敢えず、<スキルポイント>を消費し、<アビリティ>【調合】を習得してみる。これで、持て余していたハーブ類も有効活用できるだろう。
今日はシグルーンが、園芸や植物の本を持って来てくれた。
これで俺も、立派な庭師兼薬剤師に成れるだろう。
「――て、違う!」
「どうしました……勇者様?」
思わず、一人突っ込みをしてしまった俺を不思議そうにシグルーンが見詰める。
「ああ、独り言だ……人間、話す相手がいないと、自然と出てしまうモノだな……」
「すみません。わたくしがもっと、ここに来ることができれば、話し相手に成れたのですが……(しゅん)」
肩を落とすシグルーン。何だか、俺が悪いみたいだ。
「気にするな。それより、またレベルが上がった」
「はい、流石は勇者様です!」
シグルーンにも、『世界の声』が聞こえているので、報告する必要はなかったのだが、彼女はまるで、自分のことのように喜んでくれる。それはいいのだが――
(シグルーンの方が、俺よりもレベルが高い……)
【ステータス】画面を見ても、勝てる要素が一切ない。
まぁ、召喚されたばかりだ。そう、自分を卑下する必要もないだろう。
取り敢えず、シグルーンには、
「君のお陰だよ……」
と言っておく。何だか、『女誑し』や『スケコマシ』みたいで嫌になる。そういえば、撫子が憧れていた劇団の先輩も、複数の女性に手を出して、劇団から姿を消したな――撫子はけろっとしていたので、案外、男の方が女々しいのかも知れない。
「わたくし、お役に立ててますか?」
「こうやって、食事を持って来てくれるのもそうだけど、傍に居てくれるだけで、俺は助かっている」
「まぁ♥」
シグルーンは頬に両手を添え、顔を真っ赤にする。
「何か――お礼をしたいくらいだ……」
「本当ですか!? 勇者様♥」
途端に目を輝かせるシグルーン。
(悪い気はしないが、現金な奴だな……)
俺は苦笑すると、
「ああ……だが、それは<召喚の儀>が終わってからだな。それまでに、俺は攻撃の手段を考えなければならない……」
と答えた。<テイマー>だから仕方が無いとはいえ、正直、火力不足は否めない。
それを聞いて、シグルーンは少し沈んだ表情になった。
「――申し訳ありません。勇者様」
シグルーンが悪い訳ではないので、謝られるとこちらも困る。
「わたくし……戦闘に関しては、あまり知識がありません。やはり、エリスを呼びますか?」
折角の有難い申し出だったが、遠慮しよう。
聖域への人の出入りが多くなると、この場所が気付かれてしまう可能性が上がる。
当然、俺の存在も明るみに出るだろう。
「そう気に病む必要はない――こうして、君が会いに来てくれるだけで、俺は嬉しいよ」
そう言ってシグルーンの手を取る。
「勇者様……」
彼女は、憂いを帯びた瞳で俺を見詰めた。
どうして、こうも無防備なのだろう?
思わず抱き締めたくなったが、先に確認しておくことがある。
「まぁ、考え方を変えよう――」
俺は手を離すと、自分の顎に手を当て、少し歩き回った。
『レベル上げ』も『クラスチェンジ』も『魔物を【テイム】する』のも難しい。
であるのなら――
「ここは装備を強化すべきだ。街で買い物をしたいところだが、外に出る訳にはいかない――」
見ている側は――落ち着きがない――と思うだろうか?
だが、身体を動かした方が、考え方が纏まる気がする。
「やはり、この神殿内で何とかしたい――良い方法は無いだろうか?」
「武器でしたら、神殿の兵士たちが使っているモノがあります」
槍やメイスのことだろう。正直、今の俺では、<筋力>に不安がある。
その上、<テイマー>は、白兵戦向きの<メインクラス>ではない。
習得できる<スキル>を見ても、杖や短剣、鞭やブーメランが向いている。
「俺としては、網や短剣がいい……」
<アビリティ>【杖術】の習得も可能だが――この先も、杖で戦い続けるか?――と問われると微妙なところだった。杖は武器というより、<魔法>を効率良く使うためのモノだ。それに、スキル枠や<スキルポイント>は節約したい。
現状、理想とする戦い方は――隠れて潜み、相手に網を被せ、動けなくなったところに、毒を塗ったナイフを投げる――そんな卑怯な戦い方だ。
<テイマー>のため、【能力値】も【魅力】に振っている。
俺の覚えている<魔法>は、【魅力】が高い方が相手に効果的なモノが多い。
現状、『隠れる』『騙す』『逃げる』が俺の基本戦術だ。
(あれ……俺は本当に<勇者>なのだろうか?)
考えたら負けだ。
「網……ですか?」
シグルーンは首を傾げる。
「そうだ。網があれば、簡単に相手の動きを封じられる」
「……」
俺の台詞に、何やらシグルーンが考え込んでいる。
やはり――<勇者>らしくない――と呆れてしまったのだろうか?
「なるほど――無暗に人を傷付けないため――ですね! 流石は勇者様です!」
「――そんなところだ」
どうにも勘違いをしているようだが、まぁいい。
だが、今後のためにも、シグルーンの勇者像を確認しておこう。
「気になったんだが――シグルーン。君の理想とする<勇者>とは、いったい、どんな人物なんだ?」
少し驚いたのか、シグルーンは一瞬、キョトンとした表情を浮かべたが、
「それは、今、わたくしの目の前にあります――」
と微笑んだ。
「勇者様こそが、わたくしの理想とする<勇者>そのモノです☆」
言ってしまいました――と恥ずかしそうに悶えるシグルーン。
こっちはこっちで、良心が痛み、辛くなる。
一層の事――自分はそんな人間ではない――と言ってしまいたい。
「なら、俺は現状のままではいられないな――」
俺はシグルーンを真っ直ぐ見ることはできなくなっていたので、考える振りをして、態と視線を反らすと、
「もっと、君に相応しい<勇者>にならなければ――」
自分で言っていて――誰だよ、お前は?――と突っ込みたくなる。
「勇者様♥」
シグルーンが恍惚とした表情で俺を見詰める。俺は、
「例えば、『伝説の剣』や『強力な魔法』、それに『封印されたアイテム』――そんな情報を知らないか?」
と質問する。彼女はピタリと動きを止め、悶えるのを止めると、
「それでしたら――」
と何か思い付いた様子で、両手の指を合わせると、
「確か『伝説の剣』が神殿にあります」
そういうのを待っていた――というか、案外、近くにあるモノだ。
寧ろ、もっと早く教えて欲しかった。
隠していた訳ではないと思うので、何か理由があったのだろう。
「――ですが」
とシグルーン。少し言い難そうに、
「今までに、抜くことができた者はいませんし――本物かどうかも、疑わしいモノです……」
『選ばれし者』にしか抜けない<聖剣>――という訳か……。
手垢の付いた設定に――確かに、胡散臭い――と思ってしまう。
(だが、何も無いよりはマシだろう……)
「詳しく、聞かせてくれ」
詰め寄った俺に、シグルーンは再び微笑み、ゆっくりと口を開いた。
「はい、勇者様♥」
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