第六章 聖剣の影鍛冶(シャドウスミス)
第27話 ヤクモ<異世界>:4日目
――翌日。
「やはり、勇者様でも抜くことはできませんでしたか……(しゅん)」
落ち込むシグルーン。どうやら、ぐっすり眠っていて、昨夜の出来事には気が付かなかったようだ。
確かに、寝ている時は『世界の声』とやらも、聞き取り難い。
また、神殿の側も<召喚の儀>が近いため、神子には余計な情報を教えないようにしているのだろう。
「ああ、これのことか?」
俺は手に持っていたスコップに掛けている【ディスガイズ】(変装)と【フェイク】(偽装)を解除した。それを見たシグルーンは、目を丸くする。
「それは!? <聖剣>……」
「今、台座に刺さっているのは俺の杖だ。<聖剣>が無くなっていたら、大騒ぎだろ?」
それ以前に、『聖剣の間』は戦闘で色々と荒れている。【アイテムボックス】で瓦礫を全て回収し、今は【ディスガイズ】で何事も無かったように見せ掛けている。
物音に驚いて見に来た連中は、嘸かし面食らったことだろう。
「流石は勇者様です☆――でも……どうやって?」
当然の質問だ。昨夜のことを話すのはいいが――大司教のことが頭を過る。
「俺は<勇者>だぞ」
と誤魔化してみる。
「そうでした……わたくしの勇者様です!」
(うーん、そろそろ人を疑うことを教えた方がいい気がする……)
冗談はさておき――
・<聖剣>から<魔物>が現れたこと。
・その<魔物>を倒し、<剣>の精霊を助けたこと。
・力を失っている<剣>の精霊は、今は<聖剣>の中で眠っていること。
――を話した。
「普段はこうして、別の物に変身させ、持ち歩くことにした」
俺は<聖剣>を再びスコップに変える。
草を刈ったり、土を耕したり、枝を剪定したりと今朝から大活躍だ。
流石は<聖剣>だ。
(いや、本来の使い方ではないことは、わかっている……)
「なるほど、敵を欺くにはまず味方から――という訳ですね」
(どちらかと言えば、相手を油断させ、背後からバッサリ――という訳だが……)
「まぁな……」
俺は笑って見せた。
「?……あ、ルビーちゃんもご苦労様でした☆」
命じていた場所の雑草の処理が終わったのか、いつの間にか戻って来ていたルビーは、俺の足元でプルプルと揺れていた。今回、運良く勝てたのは、ルビーのお陰だ。
労ってやりたいが、スライムは何をしたら喜ぶのだろうか?
「相変わらず、ルビーちゃんはヒンヤリ、プルプルですね」
シグルーンが抱き締める。最初は――おっかなびっくり――といった感じだったが、慣れたのだろう。
彼女はルビーを『クッション』や『ぬいぐるみ』のように扱っている。
この光景を見たら、神殿の人間はどのような反応をするのだろうか? 興味がある。まぁ、彼女が溶かされてしまうと思い、十中八九、卒倒するだろう。
この世界のスライムは、それだけ厄介なのだ。
俺はシグルーンが持って来てくれた空のガラス瓶を煮沸する作業に取り掛かることにした。ポーションの作製を始めるためだ。常備薬として薬草を使うのは有りだが、戦闘では、即効性のあるポーションの方がいい。
(いや、本当の理由は、MP回復のために調合したハーブが苦かったからだ……)
昨日の戦闘で理解した。やはり、実戦でわかることは多い。
正直な話、深夜のテンションで戦った節がある。
勝ったからいいようなモノの、次からは気を付けよう。
クイクイ――
背後から俺のズボンを引っ張る感覚。
奇怪しいな。ここにはまだ、伊達は来ていない筈だ。
「えっと……」
俺が視線を向けると、裸の少女が立っていた。いや、<剣>の精霊だ。
少しだけ地面から浮いている。因みに、裸とはいったが、白い布のようなモノが彼女を包んでいて、大事な場所は上手く隠れていた。
「どうした?」
俺は、視線を合わせるために屈むと、コクリと少女は頷いた。
まだ、力が戻っていないのか、半眼で眠そうな表情をしている。
俺はMPを共有する<スキル>【マジックリンク】を使用した。
「勇者様……どうしました? はわっ、せ、精霊様!?」
ルビーを抱いたまま、現れたシグルーンだが、精霊の姿を見て驚く。
「ああ、<剣>の精霊だ――何か言いたいみたいなんだが、わかるか?」
俺はシグルーンに尋ねる。
アイカちゃんと会話ができるサクラがいたなら、意思の疎通は可能だったろう。
「精霊様……わたくし、シグルーン・アルラシオンと申します」
ルビーを地面に置き、シグルーンは丁寧にお辞儀した。
というか、そんなに畏まらなければいけない相手なのだろうか?
少女は――いや、<剣>の精霊は首を横に振った。
「シグルーン。そんなに畏まらなくていいってさ」
「ですが勇者様。この方は高位の精霊様です。どれだけ多くの精霊がいるかが、国力
を左右するといっても、過言ではありません……」
(そういう考え方は貴族――いや王族なんだな……)
<火>の<魔法>を使うなら<火>の精霊、<風>の<魔法>を使うなら<風>の精霊と契約する必要がある。シグルーンの言いたいことは理解できる。
長い間、国が高位の精霊を放置していたことを心配し、怒りを買うことを危惧したのだろうか? もしかしたら、この<剣>の精霊と一緒なら、シグルーンをお姫様の立場に戻せるのではないだろうか?
(いや、余計なことを考えるのは、俺の悪い癖だ)
「まだ、力が戻っていないみたいだな。どうすればいいか、わかるか?」
俺は屈むのも疲れたので、<剣>の精霊を抱きかかえた。ほぼ、重さはない。
まぁ、元々浮いているから当然か……。
「すみません。勇者様……わたくし、あまり詳しくは無くて――ですが、ここは聖域です。自然と回復するのではありませんか?」
「そうか……あれ?」
「どうしました? 勇者様……」
「抱き着かれた」
「へ?」
シグルーンも間抜けな顔をする。
(離れないということは――)
「どうやら、俺の近くにいる方が回復するらしい。作業するに邪魔だから、<聖剣>を仕舞ったんだが、それで出て来た――と考えるのはどうだろうか?」
「勇者様が、そう言うのでしたら……恐らく、そうなのでしょう」
シグルーンにしては珍しく、歯切れが悪い。
「名前はどうする?」
俺の質問に、シグルーンは首を傾げた。
「精霊様じゃ、他と変わらないだろ?」
まぁ、俺も勇者様と呼ばれている訳だが――
「では、グリムイーター様?」「硬いな」
「えっと――でしたら、『グリちゃん』で……」
特に精霊の少女は反応しなかったので、俺は肯定と受け取ることにした。
「問題ないってさ」
俺の言葉に、
「はい!」
嬉しそうにシグルーンは頷いた。
「えへへ♥ グリちゃん……」
シグルーンは近づいてくると、徐に少女の頭へ手を伸ばす。
どうやら、触りたかったようだ。
「触っても、いいか?」
俺の台詞に、少女はコクリと頷いた。
もしかしたら、人と一緒に居る方が、回復が早いのかも知れない。
「いいってさ」「はい♥ 勇者様!」
シグルーンは返事をすると、幸せそうに少女の頭を撫でた。
感触が面白いのだろうか?
まぁいい――
『薬草』は十分に集まったので、明日からは『ポーション』の他に、『聖水』や『眠り粉』の作製にも取り掛かるとしよう。
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