第28話 ヤクモ<異世界>:7日目(1)
結局、<召喚の儀>は明日になってしまった。
このまま、あの時のことをシグルーンに説明しようとも思ったが、怖がらせるだけのような気がする。
いや、言い訳だ。俺はシグルーンとクラスメイトを天秤に掛けているだけだ。
シグルーンが『勇者召喚』をしなければ、俺一人で<魔王>と戦うことになる。
かと言って、このままでは彼女を騙すようで、嫌な気分になる。
「どうしました? 勇者様……」
心配そうに声を掛けて来たシグルーンに対し、
「流石に、緊張しているのかな……明日が本番だ」
と答える。
「勇者様でも、そういうことがあるのですね?」
何が面白かったのか、シグルーンは――ふふふっ――と笑った。俺だって普通の高校生なんだが――いや、何人かの知り合いは、それを否定しそうだ。
撫子や猫屋敷さん辺りが……。
「いや、緊張は悪いことじゃないさ。寧ろ、成功させようと思っているからこそ、するモノだ。だから、緊張している位が丁度いいのさ……」
「流石です、勇者様♥ そういう考え方もあるのですね!」
相変わらず、尊敬の眼差しを向けてくれる。
俺は内心溜息を吐いた。そもそも、明日の主役はシグルーンだ。
彼女が『勇者召喚』を行うのだから、俺の方が緊張してどうする――という話だ。
それどころか、気を遣わせてしまった。
(どうにも、優先順位を見直した方が良さそうだな……)
今、俺はシグルーンの部屋に居る――いや、エリスも居るので『俺たち』だ。
俺はレベルが9まで上がったので――そろそろ、<サブクラス>を決めたいのだが、何かいい案はあるか?――とシグルーンに相談した。
すると彼女は、自分は高位神官も兼ねているため――あら、参考になる資料を持っています――と言ったのだった。
そのため、俺は見せて貰う約束をし、この部屋を訪れていた。
どうやら――自動で設定される――と思っていた<クラスチェンジ>や『サブクラスの習得』だが、冒険者や貴族の場合は、神殿で行うのが常識のようだ。
まぁ、レベルの低い一般人は、その辺には無頓着なのだろう。
いや、違う――
(本当は、彼女に真実を伝えるかどうか、迷っているだけだ……)
<召喚の儀>を明日に控えているため、流石にシグルーンを<地下庭園>へ呼び出す訳にはいかない。そんな建前で、俺は直接、彼女の部屋を訪れていた。
エリスはどういう訳か、俺とシグルーンを二人きりにしたくないらしい。
(今更のような気もするが……)
今日は<召喚の儀>の準備で、神殿内が騒がしかった。
逆に言えば、主役であるシグルーンは瞑想のため――一人になりたい――と部屋に籠っていても、何ら不思議はない。
「あっ、どのクラスを選択するか、決まりましたか?」
シグルーンは興味津々とばかにり、顔を近づけてくる。
彼女の無防備な仕草に、少し、心臓が高鳴った。
「そうだな……」
迷っている振りをしたが、本当は既に決めていた。<スカウト>にする予定だ。
現状、真っ向勝負よりも、奇襲を行う方が俺らしい……。
【スキルテイカー】や【ディスガイザー】とも相性がいいだろう。
こういう時、【ステータス】魔法は便利だ。
【ステータス】画面で選択すれば、一瞬で終わるのだから――
「どうかしましたか? ――勇者様?」
「ああ、問題ない――シグルーンは儀式の方に集中してくれ、俺は一人でやる」
「そうですか……(しゅん)」
どういう訳か、シグルーンの元気が無い。俺がエリスに視線を向けると、
「<サブクラス>の神託なら、高位神官の姫様でもできるわ――」
と呟いた――アタシに言わせるなんて、バカなの!――と目が怒っていた。
つまり――俺の<サブクラス>の設定をシグルーンが手伝いたかった――ということか?
「ありがとう、シグルーン――気持ちは嬉しい……でも、君は明日、『勇者召喚』を行わなくていけない。余計なことに気を回さない方が……」
「勇者様はわかっていません!」
シグルーンが怒った――いや、悲しんでいるのか?
エリスは――やっちゃったわね――とでも言いたげに、額を抑えている。
突然のこの状況に、俺は戸惑うしかない。
「わたくしに取っては、勇者様が全てです! 勇者様に関わることで、余計なことなどありません! ですから、わたくしにそんな気遣いは――う、ううっ……」
シグルーンは膝を突き、顔を両手で押さえ、シクシクと泣き出してしまった。
(どうしよう――)
俺はエリスに――助けてくれ――と視線を送ったが――仕方ないわね、諦めなさい――とでも言いたげに、彼女は首を左右に振った。
(く、この間の<魔物>よりも、手強い……)
「わかった――覚悟を決めたよ」
俺は降参する。シグルーンは、涙をハンカチで拭いながら顔を上げた。
「シグルーン。俺を助けてくれ……君にしかできない」
「勇者……様?」
「それと、エリス。君も俺のパーティーに入って貰う」
俺は【ステータス】画面から、『パーティー』への参加メッセージを送った。
「勝手に――」「俺は、シグルーンが召喚した<勇者>だ」
言い掛けたエリスの言葉を遮ると、
「それでも、信用できないのか?」
そんな俺の台詞に、エリスは溜息を吐くと、
「その言い方は卑怯だわ」
と肩を竦めた。
「いいわ。協力して上げる」
『YES』を選択したのだろう。
エリスが『パーティー』へ参加した旨のメッセージが表示された。
「ありがとう。その代わり、俺は君の大切な人を守るよ」
「そ、そこは言わなくていいのよ!」
エリスは顔を真っ赤にした。
「シグルーンも、それでいいかな?」
俺の問いに、
「はい、わたくしは――」
――コンコンコン
扉がノックされる。どうやら、騒ぎ過ぎてしまったのだろうか?
『殺気を感知した。気を付けて――』
<剣>の精霊・グリムイーターの声が響く。俺とエリスは顔を見合わせる。
どうやら、『パーティー』に参加したエリスにも聞こえたらしい。俺はシグルーンをベッドの下に隠すと【ディスガイズ】で、シグルーンに変装する。
「鍵を掛けているの――今、扉を開けるわ」
エリスが扉を開けると、そこには尼僧の恰好をした女性が一人立っていた。
恐らく、先日の夜に見た黒ずくめの女性だろう。
「申し訳ありません。大司教様が至急、確認したいことがあると……」
「わかったわ……」
とはエリス。ニコリと微笑む。役者というより、社交界で身に着いた愛想笑いだろう。俺は変装しているとはいえ、流石に声までは変えられない。
【クリエイト:識】を使用して、相手の【ステータス】を確認する。
(やはり、取り憑かれている……それに<暗殺者>だ)
パーティーメンバーにも、『世界の声』として、情報が届いたのだろう。
<EXスキル>【ディスガイザー】を持っているためか、相手の嘘を見抜くのに、補正が掛かっているようだ。エリスに合図して、扉を閉めさせる。
「何を……」
閉じ込められたことに、驚く振りをする<暗殺者>。
当然、その表情に動じた様子はない。それもその筈だ。目の前に標的がいるのだ。
それさえ仕留めれば、自分の命は要らないのだろう。
そういう風に、教育されているのか。衣服の下に隠し持っていた刃物を取り出すと、ターゲットである――シグルーンに変装した――俺に飛び掛かって来た。
毒でも塗ってあるのだろう。完全に悪手だ。
【プロテクション】による防御。【キュア】による解毒。
その外にも、この神殿には治療のための薬品が揃っている。
それが理解できていない――ということは、彼女の行動は完全に暴走だろう。
動きは早い――だが、既に【クリエイト:影】で床を覆っていた。
同時に<魔法>【シャドウハンド】【オペレイト】も発動済みだ。
更に<魔法>【コンシールメント】でそれを【隠蔽】する。
例え<暗殺者>であっても、足を掴まれてしまっては、どうしようもないだろう。
結果、<暗殺者>は、そのまま顔面から床に激突した。
ビタンッ――
(痛そう……)
俺は<魔法>【シャドウバインド】を発動する。影魔法の中で数少ない物理影響を持つ魔法だ。まぁ、『影縛り』みたいなモノだ。
拘束に成功すした。完全に動きを封じたので、次に『眠り粉』を散布する。
それから<聖剣>を取り出し、<暗殺者>の首筋に当てた。<聖剣>の能力を使えば、『呪い』や『憑依』の類なら解除できるかも知れない。案の上、<暗殺者>の目や口からエクトプラズムの如く、黒い何かが溢れ出してきた。
取り敢えず、『聖水』を掛け、<聖剣>でその黒い何かを突くと――ジュウッ――音と煙を上げて蒸発し、消えてしまった。
経験値も手に入ったので、これで倒したのだろう。
「もう大丈夫だ」
俺の台詞に、シグルーンは顔を出すが、
「勇者様?」
俺の表情が晴れないことに、戸惑ったのだろう。
言うつもりなどなかったのだが、俺は――仕方が無い――と口を開いた。
「大司教は人間でない」
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