第29話 ヤクモ<異世界>:7日目(2)
「はい、そうでしょうね……」
俺の言葉に、シグルーンは視線を逸らすと、そう答えた。
(知っていたのか!――いや、確信はなかった筈だ)
だったら、最初に俺に話していても、奇怪しくはない。
いや、この場で一番驚いているのはエリスか――
何か言いたいのか、口をパクパクさせている。
「すまない――配慮が足りなかった……」
俺が謝ると、シグルーンは首を左右に振った。
「勇者様は悪くありません。わたくしに、勇気が無かったのです」
「まぁ、知っていたのなら話は早い。まずは、彼女を調べる」
撃退した<暗殺者>をどうするか――
(彼女の記憶を【隠蔽】して、エリスが捕らえたことにするのが妥当だろう……)
しかし――それで終わり――とは思えない。それは先日の大司教の豹変ぶりを見ても明らかだ。<暗殺者>の動きは独断によるモノだろう。
あの夜の様子から推測しても、<暗殺者>の暴走と言っていい。
「【クリエイト】」
俺は【クリエイト:識】を使い、ナイフを調べた。
やはり、シグルーンを殺せるほどの毒ではない。
それは当然だ。大司教の目的がシグルーンに『勇者召喚』を行わせることであるのなら、このタイミングで仕掛ける訳がない。恐らく、仕掛けるタイミングは<召喚の儀>が終わり、シグルーンが弱った時だ。
混乱に乗じて、何かをするつもりだったのだろうか?
いや、今はそれを考えても仕方が無い。問題とすべきは、大司教がこの<暗殺者>に掛けた<魔法>が解除されたことに気が付いているか、いないかだ。
気付いている可能性が少しでもあるのなら、決着を急いだ方がいいだろう。
早い話――
(元凶である大司教を抑えるべきだ……)
俺は素直に先日の夜、目撃したことをシグルーンに告げた。
エリスは――バカなっ――という表情していたが、
「やはり、そうでしたか……」
シグルーンに、何処まで確証があったのかはわからないが、彼女はベッドの上に腰を掛けたまま俯いた。
「知っていたのか?」
俺の問いに、シグルーンは首をゆっくりと首を左右に振ると、
「何となくです。あの方は誰にでも優しく、公平でした――公平過ぎました」
シグルーンは寒さで震えるように、自分の両腕を摩った。
(確かに、大司教の様子が奇怪しいなど、誰にも言えなかった筈だ)
いつからかはわからないが、シグルーンはその恐怖と一人で戦っていたのだ。
エリスが――気が付けなくて、ごめんなさい――とシグルーンを抱き締めた。
ここはエリスに任せよう。
俺はその間に、考えを整理する。まず、暗殺自体の目的は<召喚の儀>を止めさせることだろう。そのために、<暗殺者>自体は、別の勢力が送り込んだ刺客だろう。
だが、大司教はそれを良しとはしなかった。
ただし、暗殺事件があったのであれば、<召喚の儀>自体が見送られる可能性がある。もしくは早まるか――そうなった場合、大司教には困る理由があった。
そこで、大司教は<暗殺者>を消すのでは無く、利用することにした。
<暗殺者>をもう少し詳しく調べたいところだが、生憎、<テイマー>では人間相手の【鑑定】には補正が付かないらしい。
わかったことは、闇ギルドの手の者だ――と言うことだけだ。
推理通り『勇者召喚』を快く思わない人間が雇った――と考えるのが妥当だろう。
当然、足が付かないようになっている筈だ。
例え拷問をしたとしても――詳しい情報は何も出て来ない――と考えるべきだ。そもそも、俺の性格上、拷問は向いていない。
ただ、最初は使えないと思っていた<スキル>や<魔法>も、状況に応じて有用であることが実証できたのはありがたい。得意分野の<魔法>を使用した場合、APやTPの減りが少なく――いや、それどころか回復することもわかった。
「どうするか決めたの?――ヤクモ」
エリスが聞いて来る。俺は、
「決めたのはどうするかではなく――覚悟だな」
そして、ベッドの上に座っているシグルーンに視線を向けると、
「どうやら、俺は君の<勇者>じゃなかったらしい――」
と告げた。反応したのはシグルーンではなく、
「馬鹿を言わないで! 貴方は<勇者>で間違いない……そうでなければ、姫様が――」
「いいのです……エリス――いいの……」
エリスの言葉をシグルーンが制した。そして、
「どんなことがあっても、貴方は、わたくしの勇者様です♥」
微笑んだ。俺はそんな彼女に言わなければならない。
「大司教は既に人間ではない――俺はこれから大司教を――君の育ての親を――殺す」
「わかりました――いえ、流石は私の勇者様です……」
「姫様?」
立ち上がったシグルーンに、エリスが首を傾げる。
「どうか、この国をお救いください」
「わかった――俺はこの国『アルラシオン王国』の<勇者>として行動する」
俺は頭を下げると、
「一人では無理だ。二人共、力を貸して欲しい」
自分でも、どうかしていると思った。
人では無いとはいえ――数年間、一緒に暮らしていた存在を殺すから手伝え――というのは、<勇者>として、どうなのだろう。
(熟、俺は<勇者>ではない――)
恐らく、こういった汚れ仕事を引き受けてしまうところが、自称<女神>と――<魂>の波長が合う――ということなのだろう。
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