第30話 ヤクモ<異世界>:7日目(3)

 <スキル>【ディスガイズ】を使用し、シグルーンに変装した俺は、白の頭巾を被り、大司教を<聖剣>が刺さっていた――いや、今も『偽の聖剣』が刺さっている――『聖剣の間』へと呼び出していた。


 誰も俺の【ディスガイズ】を【看破】できなかったのか、『聖剣の間』は綺麗な姿のままだ。日中に来たのは初めてだったが、天窓から日差しが差し込むこの場所は、式典を行えそうな格式を感じる。


 昔は――<聖剣>を抜く――という儀式が行われていたのだろう。

 呼び出す場所を間違えたか――と思ったが――ここなら誰も来ない――とエリスが言うのだから、問題無いだろう。


(まぁ先日の夜、あれ程の騒ぎがあったにも関わらず、実際、来てみれば何事も無かったのだ。気味が悪い――と思い、誰も近づきたがらないのは理解できる)


 <召喚の儀>で忙しいのか――詳しく調査しよう――という人物がいないのは助かる。


「急にお呼び立てして、申し訳ありません」


 とはエリス。俺が話すと声でバレてしまうので、会話はエリスに任せることにした。今、この場にいるのは、俺とエリス、大司教の三人だ。


 勿論、シグルーンも居るが、彼女は俺の【クリエイト:影】【シャドウハイド】で隅の方に隠れて貰っている。正直、シグルーンのレベルは30を超えているので、俺の方が隠れるべきだと思うのだが、それは言ってはいけない気がした。


 ついでに、ルビーも護衛として一緒にいる。


(まぁ、『ぬいぐるみ』の代わりに抱き締めていれば、少しは落ち着くだろう……)


「いえいえ、構いません。明日はいよいよ<召喚の儀>――この日のためにシグルーン……貴女は存在するのです」


(その言葉が、彼女を縛り付けているか……)


 柄にもなく、熱くなってしまいそうな自分を律する。

 目の前の相手に取って、シグルーンは人間では無く、<召喚の儀>のための【道具】なのだろう。


(こいつは、その言葉を何年にも渡って吐き続けていたのだ)


 幼い頃は疑問など、抱くことはなかっただろう。だが、シグルーンは気付いてしまった。『勇者召喚』を行った後、自分に価値があるのか――ということに。

 神子でなくなった自分に、居場所はあるのか、何が残るのか、不安になった。


「で? 話したいこととは……どうしました? 緊張しているのですか……」


 大司教が、枯れ枝のように細い腕を伸ばして来る。傍から見れば、心配しているように映る行動だろうが、俺からすれば――気持ちの悪い――の一言だ。

 この手が伸ばされる度に、シグルーンは耐えていたのだろう。


「実は――既に<勇者>の召喚に成功しました」


 エリスが言う。すると、最初は意味がわからなかったのか、それとも理解することを拒んだのか、大司教は首を――ぐるん――と回し、頭を傾けた。人間では在り得ない動きと角度だ。流石のエリスも、これで相手が人間では無いことを確信した筈だ。


「今、何と――?」


「ですから――<勇者>の召喚に成功しました」


 大きく目を見開きながら、両手を使い――ゴキッ――頭の位置を元に戻すと、まるで沢山の虫が蠢くような勢いで、ボコボコと衣服の下が動き出した。

 そして、シグルーンに変装している俺の両肩を掴む。


「お、お、おぉ、本当なのかい?」


 俺はコクリと頷くと、白の頭巾を取った。現れたのは、虹色の髪ではない。

 真白な白髪だ。当然、【ディスガイズ】で変装した後に、【フェイク】で白髪に変えたモノだ。


「お、お、おおおおおぉーっ!」


 絶望に喉を掻きむしるように、大司教の腕が動く。

 大司教は天を仰ぎ、咆哮とも悲鳴ともつかないような声を上げる。

 俺は知っている――これは、先日倒した<魔物>と同じ、<魔力>の波動だ。


 やがて、気が済んだのか、ゆっくりと俺を見詰めた。

 シグルーンの言葉を思い出す――心配しないでください。勇者様。わたくしはきっと、どのような結果になっても、大丈夫ですから――そんな訳がない。


「この出来損ないがぁ! お前にはもう価値などない! 何だ何なのだその姿は――いったい誰が、今迄面倒を見てやったと思っている! これでは、あの御方をお呼びできない! 返せ! 返せ! 返せ! この役立たずがぁっ!」


 一頻り暴れ、呼吸を整えると――いや、最初から呼吸などしていなかった。

 俺の推測では、死体に取り憑き、操っている筈だ。

 その証拠に、大司教を黒い――違った、赤い煙のようなモノが覆ていた。


 <聖剣>に封じられていた<魔物>の例を参考にするのなら、本体が少し漏れただけだろう。大司教は落ち着きを取り戻したのか、それを直ぐに引っ込めた。

 俺の感想としては、兎に角、不気味だった。


 普通の人間であれば、この状況に恐怖を覚えたのかも知れない。

 だが、俺は怒っていた。

 できることなら、今の台詞をシグルーンには聞かせたくは無かったからだ。


(やはり、俺は彼女の<勇者>失格だ――)


 大司教が一歩引いた。俺の敵意に気付いて、警戒したのだろうか?


「ど、どうしたのだ……その髪は――どうしたのだぁ!」


 大司教は、そう言って、ヨロヨロと後退する。

 普通であれば――老人がよろけた――と考えるところだが、相手は<魔物>だ。

 制御が不安定になったのだろう。


「大司教……殿?」


 とエリス。その声に反応し、大司教は彼女の方を向くと、


「何故だ? 何故こうなった――何が在ったのだ……」


「賊です……尼僧に変装した賊が、シグルーン様に襲い掛かり、その時に――」


(中々、演技が上手いな――台本を用意した甲斐があるというモノだ)


「そうですか……」


 大司教は更に数歩下がると、急に糸の切れた操り人形のように脱力し、腕や頭が垂れ下がった。


「で、<勇者>は?」


「目の前に……」


 とエリス。気付かれてはいないだろうが、エリスは大司教の後方に回り込む。

 ここからは台本は無い。

 エリスは、隠れているシグルーンを庇うように立ち、剣を構えた。


 俺は【ディスガイズ】と【フェイク】を解除する――刹那。

 大司教の影から赤くドス黒い槍のようなモノに身体を貫かれていた。

 ごふっ、と血を吐き、その場に崩れ落ちる。


「キャアアアアアアぁーーーーーっ!」


 シグルーンが悲鳴を上げた。

 見付かったため、彼女に使用していた【シャドウハイド】が解除される。


「そこに居たのですか」


 と大司教。ゆらり、ゆらり――と歩き、シグルーンへと近づく。


「止まれ!」


 エリスが斬り掛かるも、大司教が腕を伸ばし、払うような動作をすると、彼女は壁の方に吹き飛ばされた。エリスは身体を捻り、勢いを殺すと、素早く体勢を整え、着地と同時に剣を構える。


「い、嫌ぁ……」


 とシグルーン。信じられないモノを見たという感じで、両手で口元を抑え、首を振り、力無く、その場にへたり込んだ。彼女の髪も、俺の【フェイク】により、虹色の輝きを失っている。大司教は、そんなシグルーンの髪を掴み上げると――


 いや、それはできなかった。


「スライム――だと……」


 <スキル>【トランスペアレント】で透過していたようだ。

 ルビーはシグルーンを覆うように身体を変化させている。加えて、<聖獣>だ。

 大司教の腕から――ジュッ――と煙が上がる。浄化されたのだろう。


 大司教は慌てて手を引っ込めようとするが、簡単に抜ける訳がない。

 それどころか、ずるずると、ゆっくり吸い込まれて行く。


「ぐぬぬっ……放せ! くそっ」


 動きを封じられたところで、シグルーンの影から<剣>の精霊・グリムイーターが出現する。俺が予め、隠れているように指示していたのだ。

 グリムイーターは、<聖>属性の光を放ち、大司教を浄化する。


「ぐああっ!」


 流石に――耐えきれない――と思ったのか、大司教は自らの腕を引千切り、その場から退いた。だが今ので、大半の力は失ったのだろう。

 体中から、浄化による白い湯気を出している。


「馬鹿な!――精霊だと……わたしが封じた筈だ」


 大司教は<聖剣>の刺さっている台座を見る。確かにその場にあった。

 だが、何かが奇怪しいことに気付いたのだろう。【ディスガイズ】が解除され、<聖剣>は杖へと変わる。これだから、知能の高い<魔物>は厄介だ。


「<聖剣>なら、ここにあるわ!」


 エリスはもう一本の剣を見せる。護身用に渡しておいた<聖剣>だ。

 大司教は何を勘違いしたのか、


「何故、勝手な真似をした! お前の存在価値など、あの御方を召喚することしか、無いというのに! 折角、生かしてやってこのザマとは……ああ、わたしはあの御方に、何と詫びればいいのか……」


 とシグルーンに――いや、天に向かって喚く。

 『あの御方』というのが誰なのか、気になるところだが――


「そろそろ、その口を閉じてくれ」


 俺は、MP回復用のレッドポーションを入れていたビンを捨てる。

 杖で――いや、『偽の聖剣』で大司教を切り刻む。バラバラと床に落ちる大司教の肉片。だが、これで死んだ訳ではない。切り落とした頭が、


「貴様……っ! 生きて――」


「お前はいつから――俺が死んだ――と思っていたんだ……」


 そう言って、最後に大司教の影へと『偽の聖剣』を突き立てた。

 まるで血液のように広がっていた大司教の赤い影が、ゆっくりと蒸発するように消えて行く――


 恐らく、<剣>の精霊と契約しているお陰で、『偽の聖剣』の効果が上がっているのだろう。


「終わったの?」「いや、まだだ」


 エリスの問いに俺は答える。

 因みに、種明かしをすると【シャドウダイブ】という【シャドウハイド】の上位魔法を使用したのだ。


 <スキル>【スキルコピー】のレベルを上げ、自分の<スキル>をコピーするという方法を試したところ、上手くいった。

 スキル枠を多めに獲得することに成功したのだ。


 本来は、隠密行動を完璧にするために【シャドウハイド】のレベルを上げたのだが、上位魔法が習得することに成功した。


 更に<アビリティ>【影潜】も強化した。<魔法>【シャドウダイブ】は影の中を泳げるようになる<魔法>だ。【影潜】のレベルを上げたお陰で、呼吸の問題も解決した。


 後は<暗殺者>の時と同じ要領だ。【クリエイト:影】【コンシールメント】を併用することで、相手に気付かれないように、俺を中心に影を展開することに成功した。


 【シャドウダイブ】を発動した状態で、【潜影】をタイミング良く使用すれば、俺は無敵状態になる――とは言っても、俺の攻撃も無効化される訳だが……。

 完全に自分を囮にするためのコンボだ。


「賭けには勝った――と言うところか……」


「呑気に呟いている場合じゃ無いわよ!」


 エリスが慌てる。

 何処からともなくやってきた黒い霧が、ここ『聖剣の間』の中央に集まる。


 大司教は、色々な人間を<魔法>で操っていたのだろう。本体が消滅したことで、それが集まって来たようだ。

 そういう意味では、<魔法>というよりも<呪い>に近いのかも知れない。


 そしてそれは、人型を取ると同時に、色を黒から赤へと変えていった。

 <聖剣>に取り憑いていた<魔物>と、姿形は似ていたが、大きさは一回り小さい人間サイズだ。正直、こっちの方が手強そうだ。


 【シャドウボール】――影の球を作り、

 【ディスガイズ】――<聖剣>の姿へと変える。

 【フェイク】――『偽の聖剣』へ変え、

 【オートマティスム】――【分類】を<聖剣>に書き換える。

 【クリエイト:剣】――本物の剣へと変え、

 【シャドウムーブ】――影として自在に操る。

 

「既に準備はできている」


 【コンシールメント】を解除――俺が手に持っている『偽の聖剣』と併せ、全部で七本の『偽の聖剣』が姿を現す。


 後は全てが終わるまで、攻撃を続けるだけだ。『偽の聖剣』だが、知能の低い<魔物>に取っては、本物と大差ないだろう。また、一度に動かせる剣は、精々二三本だったが、数を見せるだけでも、相手の戦意を削ぐには十分だ。


 三本目の剣を刺した後、残りの剣で、何度も何度も切り刻む。

 やがて、<魔物>の断末魔が聞こえた。


 俺はシグルーンに視線を送る。信じていた者に裏切られた少女。

 本当の親のように思っていた者が――自分には価値が無い――と言った事実。

 明日、彼女は『勇者召喚』を行うことはできない――かも知れない。



 ――ヤクモのレベルが1上がりました。


 ――条件を満たしました。


 ――レベルが10に成りましたので、

   <サブクラス>の設定が可能です。



 レベルが上がったというのに、喜べる状況ではなかった。

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