第13話 ヤクモ<現代>:オベリパーク(4)

 綿貫さんと狐坂の相手で、思った以上に疲れてしまった。

 さて――これでやっと、クラスの集合場所に向かうことができる。

 いや――


(まだ一人居たような……)


 クイクイと背後から服を引っ張られる感覚。


(まったく、どいつもこいつも……)


 何故、人の背後を取りたがるのだろうか?

 俺は苛立ちを悟られないように、ゆっくりと振り向いた。


「つ、つ、つ、月影くん……」


 オドオドした態度が特徴的なクラスメイトの男子だ。

 絶対に他人と目を合わせようとしないことで有名だったりする。

 対人恐怖症なのだろうか? まぁ、余り触れないでおこう。


「ああ、伊達くん。お帰り……首尾はどうだった?」


「ば、バッチリさ……」


 当然のように視線を逸らされるため、全然バッチリには聞こえない。

 こういう態度が余計に他人を苛立たせるのだろう。


 確か、彼の場合は――人の多い場所が苦手だ――と聞いていたので、行動範囲を広げる作戦として、動画の撮影を頼んでおいた。


 彼の場合、挙動の不審さから、一定の場所に留めて置くとトラブルに巻き込まれてしまう可能性が高い。本人も絡まれ易いので、その方が良いと言っていた。


「す、スペアの……さ、財布も無事……で、きょ、今日は……ツイていたよ……」


「そ、そうか……ありがとう」


 彼の言葉から察するに――通常使う用の財布と、恐喝など、カツアゲにあった場合に渡す用の財布を持ち歩いている――ということだろう。

 確か、旅行前にもそんな話をした。


 だったら、電子マネーにすればいいのでは?

 と聞いたところ――スマホごと取られ兼ねない――と答えていた。

 どうやら、彼の経験上、素直に渡した方が酷い目に合わないようだ。


(うーん、詮索しないでおくか……)


「皆さん、お帰りなさい!」「お帰りなさい」


 サクラの元気な声に、鷲宮さんの声が掻き消される。


「唯今でござる……犬丸氏――それで、何か進展はあったでござるか?」


「はい!――『サクラ』『ヤクモ』――と名前で呼び合う仲になりました☆」


 サクラの回答に、


「「「おぉーっ」」」


 と感嘆の声を上げる三人。


(コイツら、こんなに仲良かったっけ?)


「これは最早、告白されたと言っても過言ではありません!(ドヤーッ)」


「――いや、過言だよ」


 何故か両手を腰に当て、得意気に喜ぶサクラに、俺は突っ込みを入れる。


(どうにも、パターン化しつつある……)


 ――気を取り直して、


「大体、名前で呼び合うなんて普通だろう。お前たちも騒ぎ過ぎだ!」


 と三人を注意する。しかし、


「月影氏――鈍いでござる」


「折角、隊長のために、気を利かせてやったのに……」


「そ、そうだね……」


 どうやら、俺は三人に気を遣って貰っていたようだ。


(納得いかないが――まぁいい……)


「その話は後だ……少し早いが、揃ったのなら集合場所に戻ろう」


 正直、このメンバーで居た場合、次にどんなトラブルに巻き込まれるのか、わかったモノではない。


 ピロンポローン! ピロンポローン!


 俺が台詞を終えるとほぼ同時にサイレンが鳴った。

 音からして、かなり緊急のモノだろう。

 テロや火災でも発生したのだろうか?――とても嫌な予感がする。


「ヤクモ……」


 サクラが珍しく、不安そうな表情で俺の腕を掴んだ。


「始まったのね……」


 と言ったのは鷲宮さんだろうか? 一斉に騒ぎ出す周囲の声や物音で、上手く聞き取れなかった。俺はサクラの手を取ると、鷲宮さんの肩を掴む。


「いったい、君は何を知って――」


 同時に、上から押し潰されるような感覚に襲われる。

 何とか顔を上げると、その場の全員が抗うこともできずに蹲っていた。


 丁度、手を握っていたからだろうか?

 俺はサクラを引き寄せ、上から圧し掛かってくる力から彼女を庇うように抱え込む姿勢を取ったが、恐らく、意味はなかったのだろう――


 膝を折り、片手を地面につき、気合を込める姿は、傍から見るとさぞ滑稽に映ったことだろう。いや、今は他人の状況を呑気に観察している場合ではない。


「ヤ……ヤクモ!」


 苦しそうなサクラの声に、


「――っ」


 俺は返答することすらできなかった。


 やがて視界が真っ暗になり、上からの圧力に耐え切れず、身体が潰れた――肺から空気が押し出され苦しい。指一本動かすことができない。身体の内側は冷たく、周囲だけが熱い。


 併せて、身体の周りを水が流れるような感覚に――血液が噴出しているのだろうか?――と錯覚してしまう。まるで、自分が液体にでもなったかのようだった。

 それでも、上からの圧力が止むことは無く、更に身体を押し潰される。


 全身が地の底へと染み込んでいくような感覚――既に、腕の中に居る筈のサクラの存在すら、わからなくなっている。


 そこで、俺の記憶は途切れた――

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