第14話 ヤクモ<神域>:邂逅


「――なさい……」


 直接、頭の中に響くような感覚。


「目覚めなさい……目覚めなさい――<勇者>よ……」


 何度目かのその呼び掛けで、俺の意識は覚醒する。

 多少、全身に痛みを覚えたが、直ぐに消えていく――不思議な感覚だ。


 俺が顔を上げると、そこにはかすみがかった不思議な空間が広がっていた。

 空は青いのに太陽は無い。

 地面は白い雲の絨毯のように見えるのだが、足元は固く平らだ。


 しかし、今一番大切なのは、俺の腕の中で意識を失っているサクラの存在だ。

 俺はサクラの口元に耳を当て、呼吸を確認したが、息をしている様子はない。

 一瞬、嫌な考えがよぎるも、俺自身、呼吸をしていないことに気が付く。


(いったい、どういうことだ?)


 俺は思案するも、答えは出そうにない。


(まさか、あの世!)


 ――何てオチではないことを祈ろう。


(いや、そういえば先程、声が聞こえた……)


 聞き覚えのある声だと思ったが、気の所為だったのだろうか?

 俺はもう一度、周囲を確認する。そして――


「――っ!」


 俺はその存在を目にして、言葉に詰まった。向こうとしては予想通りの反応だったのか――て遣ったり――と嬉しそうに笑みを浮かべている。

 普段なら、もう少し冷静に状況を判断したのだろうが、場合が場合だ。


「待っていましたよ――<勇者>」


 そいつは――いや、彼女は――俺に向かって、はっきりとそう言った。

 <勇者>――と。


 食って掛かろうにも、今は俺の腕の中にサクラがいる。迂闊うかつには動けない。

 相手も、それを見越しての言動なのだろう。

 少しだけ、悲しそうな顔をしたようにも見えた。


(敵意は感じないが――)


「いったい、お前は何者だ?」


 俺の問いに、彼女は答える。


「わたしは虚飾の<女神>フェイクリューゲ――貴方たちがこれから飛ばされる異世界<リングクリーゼ>のマイナー神です」


 そして続ける。


「どうか、この世界を救ってください――」


 色々と頭の痛くなりそうな設定に、俺は苦悩しつつ、何とか頭を回転させる。


「その返答の前に、質問をいいか?」


「どうぞ」


「サクラは――今、この腕の中にいる少女は、どうして目覚めない!」


 少し声を荒げてしまった。すると、自称<女神>とやらは――フフフッ――と笑った。いったい、何が可笑しいというのか。


「すみません。ただ、貴方が自分よりも、他人の心配をしていたので――」


「それの何処が可笑しい?」


「可笑しいですよ。だって――嘘を吐くな!――ここは何処だ!――俺たちを元の場所に戻せ!――俺は死んだのか?――いったい、何が目的だ!」


 やや芝居がかった台詞回しの後、


「こういうのを予想していました」


 俺を揶揄うように、まるで無邪気な少女の笑顔で笑う自称<女神>。

 やがて、一頻り満足したのか、


「大丈夫ですよ」


 今度は優しい口調で言った。


「彼女――犬丸咲良さんが目覚めないのは、ここが<神域>と呼ばれる場所だからです。本来は、我々が召喚するか、魂の波長が合う者しか来ることはできません」


 つまり、サクラは呼ばれてもいないし、波長も合わない。

 どちらの条件も満たさない場合は――目を覚ますことはない――ということだろうか?


「この<神域>から出れば、彼女は目を覚まします」


 この自称<女神>を信用した訳ではないが、一先ず、俺は胸を撫で下ろす。

 だが、同時に疑問も生まれる。


「俺は、召喚されたのか?」


 自称<女神>は首を左右に振ると、


「貴方の世界<アーススフィア>から異世界<リングクリーゼ>へと転移するには、世界の壁を越える必要があります」


 <アーススフィア>――地球のことだろうか。


「その壁を越える際、わたしと魂の波長が合ったために、この<神域>へと辿り着きました」


 この自称<女神>と――魂の波長が合う――というのは納得いかないが、今は状況を把握することの方が先決だ。


「どうすれば、元の世界に戻れる?」


 女神は再び、顔を伏せると、


「申し訳ありません。貴方たちを<リングクリーゼ>へ召喚したのは、異世界の住人たちです。今のわたしは、力を奪われ、世界を見守るシステムの一部に過ぎません」


 つまり、元の世界に戻すことは無理ということか……。


「元の世界に戻るには、貴方たちを<リングクリーゼ>へ召喚した異界の住人たちの願い――<勇者>による<魔王>の討伐――を行わなければなりません」


 やれやれだ。ほぼ予想していた展開とはいえ、何の捻りもない。


「ソイツは困ったな……」


 つい他人事のように吐いた俺の台詞に、


「ええ、本当に――」


 自称<女神>も同意する。そして、頬杖を突き、溜息を吐くと、


「貴方に<魔王>であるその娘を殺せるとは思えませんし……」


 そう呟いた。思考が追い付かない――いや、理解するのを脳が拒否している。

 落ち着け、俺――まだ慌てるような時間じゃない――もう一度、整理しよう。


「まるで、サクラが<魔王>のような言い回しだな……」


 冷静を装ってはみたが、声が震えている。そのことは、自分でも理解できた。

 そんな俺に、自称<女神>は憐れむような眼差しを向ける。


「貴方の理解している通りですよ――<勇者>」


 どうやら、とんでもない修学旅行になってしまったようだ。

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