第15話 ヤクモ<異世界>:神子(1)
(ここは――)
俺は記憶を手繰る。
(確か、北海道へ修学旅行に来ていて……いや、自称<女神>が――)
ダメだ。どうやら、記憶が混濁しているらしい。異世界転移の影響だろう。
確か、あの自称<女神>は――魂のみを異世界<リングクリーゼ>へ移します――と言っていた。
その言葉を信じるのなら――今は異世界に用意された別の身体に魂が乗り移っている状態――ということになる。言葉や文字、一般常識などの基本的な情報は、異世界に用意されている肉体の脳に予め記憶――インストール――されているらしい。
(そう言えば――<INSTALL>――を実行した記憶がある)
自称<女神>の説明だと――肉体においては、完全に複製されます――とのことだった。ただ――<スキル>や<魔法>が使えるように調整させて貰います――とも言っていた。
その所為だろうか、意識は目覚めてはいるのだが、身体が言うことを聞かない。
(失敗したのだろうか? いや――)
確か――魂がこの世界の身体に馴染むまで、時間が掛かかります――と言っていた。妙な感覚だ。
例えるなら、脱力したまま水中を揺蕩っているような感じに似ている。
そして、時間と共に、次第に意識が浮上して行く。
同時に、閉じている瞼の上からでも、光を感じることができた。
微かに流れる水の音。鼻孔を擽るのは花の香だろうか?
穏やかな風が吹き、それを少し肌寒いと感じる。
(まさか、外に放り出されたんじゃ、無いだろうな?)
冗談じゃない――と俺は気合で重たい瞼を開けた。
そこには柔らかな木漏れ日の下、髪の長い少女の顔があった。
逆光のためか、陰になっており、表情は良くわからない。
「あら、気が付きましたか? 勇者様」
少女は優しく、俺に微笑み掛ける。後頭部には柔らかく温かな感触があった。
状況から察するに、膝枕でもされているのだろうか? だったら、呑気に寝ている場合ではない――しかし、起きようにもまだ身体は動かなかった。
「鷲宮さん?」
俺が記憶にあった少女の名前を挙げてしまったのは、彼女の持つ柔和かつ艶やかな雰囲気が似ていたからだろう。
「ワシミヤさん? フフフッ……」
少女は笑った。
「……いいえ、違います。わたくしはシグルーンと申します……勇者様――」
「ゆうしゃ……さま?」
(そういえば――<勇者>として召喚された――と自称<女神>が言っていたな……)
そもそも、鷲宮さんは俺のことを『勇者様』とは呼ばない。
恥しさと驚きで、俺の意識が急速に覚醒する。同時に慌てて上半身を起こした。
「……あらあら?」
突然の俺の反応に――驚いた――というよりは――膝枕ができなくなり、名残惜しい――とでも思っているかのような少女の残念そうな声。
<勇者>として召喚されるのであれば、煌びやかな神殿や怪しげな魔法陣の上を想像していたのだが――草原で少女に膝枕とは――こんな状況になっているのは、あの自称<女神>の仕業だろうか?
いや、違う――
(確か――あなたを皆さんより、少し前の時間軸へ送ります――と自称<女神>は言っていた)
俺は右手を顎に手を当て、難しい顔をして考え込んでいたのだろう。
そんな俺に対し、少女が心配そうに視線を向けていたことに今更ながら気が付く。
「ああ、すまない……ここは何処だろう? 美しい人」
名前を名乗るのが先だったか……彼女を鷲宮さんと間違えたのが恥ずかしくて、つい、『美しい人』などと言ってしまった。こんなことで誤魔化せる訳もない。
少女は少し照れたのか、頬を赤く染めつつ、
「はい、ここはアンファングサントル神殿にある聖域<地下庭園>です……勇者様」
と優しい口調で答えた。
(正直、理解できない……いや、知識の中にはあるようだ)
俺が今居るのはアルラシオン王国。
この世界で四大国と呼ばれる国の一つだ。
大陸では主に、南部の広大な領土を保有し、海岸沿いを暖かな海流が通るため、気候は安定している。アンファングサントル神殿は、国のほぼ中央に位置する王都から見て、南西にある神殿都市を象徴する建築物だ。
(いつの間にか知っているというのは、奇妙な感覚だな……)
気味が悪いと思いつつも、状況を把握する方が先だろう。
立ち上がろうにも、身体が馴染むまで、まだ時間が掛かりそうだ。
「ありがとう……ええと、シグルーン」「はい、お役に立てて光栄です」
「悪いが、もう少し質問をさせてくれ」「構いません。勇者様」
何処までも献身的な態度だ。
「まず、俺は上手く話せているか? 言葉使いや話し方に可笑しなところはないだろうか?」
「はい、問題ありません……先程も、わたくしのことを『美しい人』と言ってくださいました♥」
「……」
沈黙する俺に対し、少女はニコニコと笑みを湛える。
「恥ずかしいので、できれば……そのことは口外しないで欲しい」
「わかりました……勇者様(しゅん)」
俺の言葉に、今度は少し落ち込んだ表情になる。
自慢でもしたかったのだろうか?
彼女くらいの器量好しなら、他に何人でも言ってくれる人間が現れるだろう。
「それと、名乗るのが遅れて申し訳ない」
俺は何とか立ち上がることに成功した。まだ少しフラフラするが、走ったりする訳でないので問題はない。できれば、杖が欲しいところだが――
すると本当に杖が出て来た。
理屈はわからないが、自然な形で右手に杖を取っている。
ファンタジーでいうところの――旅人が持っている木製の杖――といったところか、武器としても使えそうだ。
「俺は――月影八雲――異世界から来た<勇者>だ。聖域ということは――君が<神子>で、俺を召喚してくれた――ということで間違いないだろうか?」
「はい、勇者様♥」
シグルーンも立ち上がろうとしたので、俺は手を差し出す。彼女は慣れているのだろうか? すんなりとその手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。
そして、スカートの両裾を摘み、軽く持ち上げると、
「わたくしは――シグルーン・アルラシオン――このアルラシオン王国の<神子>です」
と前に出した足を軽く曲げ、一礼した。
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