第11話 グレン<現代>:オベリパーク(2)


 迂闊に漏らしてしまったオレの言葉に――彼らが暗い雰囲気になる――かと思ったのだが、


「<人工精霊>のことですね。詳しいことはわかりませんが、立派なことだと思います」


 と月影青年が言葉を返した。

 下手な同情はしない――彼は何処までも、できた人間のようだ。


 犬丸少女も鷲宮少女も、月影青年の言葉に黙って頷いている。

 そんな彼らだからだろうか、オレは余計に口を滑らせてしまった。


「立派か――残念ながら、誰かを救うということは、別の誰かを救わないということでもある。オレは知らない内に、罪を重ねているのかも知れない」


 <スフィア>が齎した恩恵は大したものだ。

 だが、その所為で、娘に寂しい思いをさせているのも事実だ。


 研究が忙しいという理由で、亡き妻の面影が残る娘と向き合う時間がないことを正当化している自分がいる。オレは怖いのだろう。娘を助けるという名目で、娘を人間ではない何かに変えてしまったことが――


「そんなことはありません!」


 立ち上がり、強く声にしたのは犬丸少女だ。月影青年は一瞬驚いた様子だったが、直ぐに落ち着き、静観を決め込んでいる。いや、鷲宮少女の反応を見て判断したのかも知れない。


「アイカちゃんは良い娘です! だから、罪なんかじゃありません!」


 流石のオレも唖然とする。だが、理屈はわからないが、気持ちは伝わった。

 しかし、真実を知っていたのなら、彼女はその言葉を口に出すことはできなかっただろう。真っ直ぐな彼女が羨ましい。


「ありがとう……犬丸さん。オレが間違っていたようだ。愛果もすまない」


「大丈夫です! アイカちゃんは気にしていません。ただ、無理をしているお父さんを心配しているだけです――ねー♥」


 そう言って、首を傾けた犬丸少女に同意するように、愛果も可愛く首を傾けた。その様子を、当然の結果だと思っていたのだろうか、月影青年の口元が微かに緩む。鷲宮少女も同様だ。だが――


「取り敢えず、座れ」


 月影青年が促すと、犬丸少女は急に恥ずかしくなったのか、顔を赤らめ席に着いた。どうやら、彼は暴走しがちな犬丸少女のストッパーを兼ねているらしい。


 今更ながら周囲の視線に気が付き、顔を赤くする犬丸少女。月影少年は呆れ、鷲宮少女はその様子を見て、声を出さずに笑っていた。


 こういうのを見ると――若いっていうのはいいな――と思ってしまう。自分がそれだけ年を取ったということだろうか? だが、それよりも気になるのは、


「ところで、先程から気になってはいたのだが……君は、娘の言いたいことが理解できるのかい?」


 どうにも、この犬丸咲良という少女の言動は、言葉を発することのできない娘との意思疎通が可能としか思えなかった。


 魔法という現象があるのだ。何があっても驚きはしない。ただ、もしそんな能力があるのであれば、口外しないように口止めしておく必要がある。

 オレと愛果のようにならないためにも――


「え? 何を当たり前の――ほむ!」


 月影青年が愛想笑いのまま、素早く犬丸少女の口を塞いだ。目が笑っていない。

 聡い彼のことだ――状況を瞬時に判断したのだろう。ここは、彼の意図を組んでやるのがいいだろう。生憎、演技には自信が無いので、オレは口を噤むことにした。


「すみません。サクラちゃんのは――野生の勘です!」


 と鷲宮少女がニコリと笑い、代わりに答えた。

 正直、犬丸少女であればあり得る――と納得してしまいそうになる回答だ。


「おっと、そろそろ時間だ」


 月影青年にしては雑な言い訳だ――いや、敢えてそうしているのか?

 彼らは知らないだろうが<魔人化>と呼ばれる現象がある。<マナ>を体内に取り込んだモノの、制御に失敗し、人外である異形の姿になってしまう現象だ。


 驚くほど強靭な肉体と無双ともいえる怪力を手にすることはできるが、その状態を長く維持することは、人の身では不可能なようだ。ただ自我を無くし、一頻り暴れた後は命を落とすだけの存在――まさしく、怪物と成り果てる。


 もし、適応できる人間がいるとするのならば、それは最初から<マナ>の制御に長けた新種の人類だろう。どんな姿をしているのかは推測するしかないが、そんな存在がいるのだとすれば、それは世界にどのような影響を及ぼすのだろうか?


 もしかしたら、それは今、目の前に居る彼らのような存在かも知れない。

 愛果のような少女を受け入れ、<マナ>と共存できたのなら――


「すみません。コーヒーごちそうさまです。皆と待ち合わせをしているので、これで失礼します!」


「むーむー!」「サクラちゃん、もう行かないと――アイカちゃん、またね」


 逃げるように、彼らはその場を後にした。残されたオレと愛果は唖然とするしかなかったが、少し寂しそうにする娘に対し、


「何、また会えるさ……」


 根拠のない気休めの言葉を掛けた――いや、オレ自身、また会えることを望んだのかも知れない――

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