第10話 グレン<現代>:オベリパーク(1)
「いやぁ、すまない。恋人同士の語らいを邪魔する気はなかったんだが……」
オレは月影八雲と名乗った青年に謝った。少し暗い印象を受けたが――敢えて目立たないようにしている――といった感じにも取れる。伸ばした前髪が野暮ったくも見えるが、こちらは整った顔立ちを隠しているのかも知れない。
「構いませんよ……それに恋人同士ではありません。残念ながら、俺と鷲宮さんじゃ釣り合いません(グフッ)」
こういう場は慣れているのだろうか、卒なく答えが返ってきた。普段、研究所に引き篭もっている自分なんかよりも、余程しっかりしている。
ただ、自分の言葉で、自分にダメージを受けているような気がしなくもない。
「あら? そんなこと無いと思うけど……」
とは鷲宮少女だ。彼にとっては嬉しい誤算だったのか、頬を赤く染め、
「か、揶揄わないでくれ……(テレテレ)」
「ふふ、ごめんなさい」
青年の照れた態度に、鷲宮少女は笑った。
微笑ましい遣り取りである。どうやら、二人はまだ微妙な関係のようだ。
「娘まで保護して貰ったのに、すまなかったね」
オレはお礼を兼ねて、彼らを近くのオープンカフェへと誘っていた。まぁ、娘と二人きりになっても、散歩くらいしかすることが思いつかない。ある意味、丁度良かったのかも知れない。それに娘は犬丸咲良という少女に良く懐いているようだった。
(姉でもいれば、こんな感じだったのだろうか?)
「問題ありません……無事に合流できて良かったですね」
と月影青年は微笑む。
「それに、アイカちゃんを最初に見付けたのは彼女です。俺は大したことはしていませんよ」
そう言って、彼は謙遜した。聞くところによると修学旅行中の学生とのことだ。
学校からの課題らしく、研究所を訪ねた際に、一人、薄暗い通路を歩いていた娘を見付けて、ここまで連れて来てくれたらしい。
「そんなことはないさ、本当に助かったよ」
そう言葉にした自分は、彼のように上手く笑えていただろうか?
元はといえば、上司から――有給休暇を消化しろ――と言われたのが原因だ。
恐らく、上司の意図としては、有給休暇を消化させることが目的ではなく、オレに娘との時間を作らせることが目的だったのだろう。
あの人は亡くなった妻のことも知っている。情けないことに、自分は周りの人間に助けられてばかりだ。だが、慣れないことはするモノではない。結局は家に帰宅した自分と、研究所まで迎え来た娘という形で、入れ違いになってしまった。
「犬丸さんだったね。ありがとう」
お礼を伝えると、
「いえいえ、問題ありません……それに!」
そう言って、犬丸少女は愛果を抱き締めた。
「アイカちゃんとはすっかり仲良しです。最早、本当の姉妹と言っても過言ではありません!」
「いや、過言だろ」
透かさず月影青年が突っ込みを入れる。その様子を見て理解した。
「ああ、そうか。月影くんと犬丸さんが付き合っているのか……」
納得だ――しかし、
「いえ、違います(キッパリ)」
「えへへ、そう見えますかぁ? 照れますねぇ(テレリコ)」
それぞれ、違う反応が返って来た。どうやら、まだ微妙な関係のようだ。
(いや、鷲宮少女を入れると三角関係か……)
この手の話は、亡くなった妻が好きだった。しかし、ここで妻のことを思い出すと、感傷的になってしまいそうだ。話題を変えよう。
「ええと……課題というのは、どのようなことを調べていたのかな?」
これには月影青年が素早く答える。
「はい、簡単に言うと『水』です。『<スフィア>による自然への影響』をテーマに水質改善に関してレポートを纏めています」
「なるほど――汚水処理――ということでいいのかな? 確かに、<スフィア>が齎した技術に――『水』の浄化、または『水』を造り出す――というものがある」
「はい、『水』を造り出すことに成功したことは確認しています。ただ、問題は飲料水として使用することを、一般の人はどう受け止めるのか――ということですね」
何だか、思ったよりも真面目に課題に取り組んでいたので驚いてしまった。
自分が学生だった頃は、もう少し、いい加減だった気がする。
「俺個人としては問題ないと考えていますが、どうやって否定的な意見を躱そうかと思っていて、困っています」
そう続けた月影青年だが、実際に困った表情を浮かべてはいなかった。
既に対応策は考えてあるのだろう。
日本人の『できない』は信用するな――というジョークを思い出してしまった。
「そうだね……実際にここで飲料水を造って、普通に暮らしているのだから気にする必要はないよ――と言いたいところだけど、納得させるとなると難しいかもね……」
オレは一度、意見を肯定した後、老婆心で、
「確か、魚の養殖を行っていた筈だ。その実験結果と上手く組み合わせて発表するといいんじゃないかな?」
そう付け加えた。恐らく、彼のことだから余計なことだったのかも知れない。
しかし――
「なるほど、そうですね……やってみます!」
と彼は喜んでくれた。良かった。どうやら力になれたようだ。
レポートを作成する上で、数値化できるデータは、多いに越したことはない。
「あはは……アイカちゃん、安心してください! わたしもサッパリわかりません☆」
と言ったのは犬丸少女で、
「いや、お前はわからないとダメだろう……」
月影青年が突っ込みを入れる。随分と二人の息は合っているようだ。
「てへ☆」「ふふふ……」
犬丸少女が可愛く誤魔化すと、鷲宮少女がそれを見て笑った。月影青年はそんな二人の様子に溜息を吐く。それから一呼吸置き、こちらに向き直ると、
「やはり、研究者の方と話すと勉強になります。一つの角度からではなく、別の角度から見ることで、より真実に近づける――という訳ですね」
拡大解釈されているような気もするが、まぁ、悪い気はしない。
ただ、オレも疲れていたのだろう。
「いや、オレの本業は町医者だよ。娘の身体のこともあって、この研究機関に流れ着いただけさ……」
つい余計なことを言ってしまった。
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