エピローグ

第96話 ヤクモ<神殿都市>:崩壊


 結論から言えば、俺はグレンを助けることができた。


 まず、グレンに取り憑いていた『魔王の眷属』――その魔物の記憶を封印する。

 その上で合成することにより、意識の融合、または乗っ取りを防ぐことに成功した。


 ただ、グレン自身は普通の人間である。

 『アイカ』のように、<マナ>を操作できる訳ではない。

 身体の内を流れる魔力を制御する術を持たなかった。


 ――魔力を制御できるようになるには、時間が掛かるだろう……。


 また、今は『魔力酔い』による記憶の混濁こんだくも見られる。

 彼の容体ようだいがもう少し落ち着いたのなら、魔人族が暮らすという集落へ移動させる予定だ。


 魔人族――悪魔のような外見だが、自称<女神>の話によると、彼らは敵ではないらしい。神々により召喚された異世界人――つまり、俺たちと同じ存在――だそうだ。


 ただ、呼び出された世界が異なるため、姿形、心の有り様も異なるらしい。


 ――いつか、分かり合える日が来るといいのだが……。


「ヤクモ?」


 心配そうに俺を見詰めるサクラに対し――分かっている――と目で合図をする。


「何故、全力を出した?」


 手加減してくれ――とお願いしていた筈だ。


「てへっ☆」


 とサクラ。いつもは可愛らしいその仕草も、今は小憎らしいだけだ。

 不幸中の幸い――というべきか、瘴気から人々が避難していたお陰で、人的被害は皆無で済んだ。


「――都市が崩壊してしまったじゃないか!」


 眼下の神殿都市はその四分の一が見事に消し飛び、地下迷宮がその姿を覗かせていた。『ソウルイーター』へ放ったサクラの一撃が原因だ。


 神殿の解放と街の人たちの避難が間に合っていなければ――と思うとゾッとする。

 危うくサクラをただの人殺しにするところだった。

 綿貫さん、狐坂、伊達の三人には感謝しかない。


「たくっ」


 俺は悪態を吐くと同時にサクラの手を取った。その手は酷く冷たい。


「あんな威力の攻撃をして、腕が無くなったら――どうするつもりだ……」


 そんな俺の言葉に、


「その時はその時です! 取り敢えず、殴ってから考えます☆」


 相棒である少女はそう答えた。


 ――呆れたモノだ。


 俺が溜息を吐くと、


「あれれ……心配してくれているんですか?」


 サクラは首を傾げる。彼女に命令したのは俺だ。呆れはすれど、怒る理由は無い。

 問題があるとすれば、それは俺の遣り方だろう。

 俺が頼めば、サクラが張り切ることくらい、簡単に予想がついた筈だ。


「当たり前だ!」


 俺の言葉に、何故かサクラは嬉しそうに微笑んだ。


「やっぱり、ヤクモは変です。普通、怒るところですよ。怖がるところですよ。皆、わたしから離れて行きます――それなのに……わたしの心配をするなんて変です☆」


 あまり『変』だと言わないで欲しい――そんな文句を言う前に、サクラは俺に体重を預け、頭を傾けた。


 ――心地よい重みだ。


 本来ならば、サクラの無茶を止めるべきなのだろうが、この異世界においては、彼女に頼らざるを得ない。

 そして同時に、彼女を壊してしまいそうになる自分を許せない。


 ――いつの間にか、俺に取って、サクラは必要な存在になっていたようだ。


「頼りにしている」


 サクラの頭をそっと撫でる。


「ヤクモ――やっぱり、わたしはヤクモが大好きです♥」


 サクラはそう言って、俺の手を握った。

 その手は少しだけ震えていて、少しだけ冷たい。


「すべての嫌なことがゼロになる――とは行きませんが、ヤクモと居れば、大抵の嫌なことはゼロになります……」


 やがて、その手の震えも止まり、俺と同じ体温になる。


「わたしにとって、ヤクモは『ゼロの魔法使い』です☆」


 サクラが皆に言いふらしている俺の渾名あだなだ。

 意味は分からなかったが、今日初めて、それを知った。


 彼女が俺に感謝しているように、その笑顔に、その言葉に、俺もまた救われる。

 俺はこの日、この時、魔法に掛かったのかも知れない。


 もしくは、もっと前から――『MPゼロの魔法使い』の魔法に。


 ( 了 )

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