第95話 ヤクモ<銀鷲城>:最強のスキル


 姿を消したままの状態で、俺が部屋へ戻ると、


「一先ず、危機は去りました……ですが、わたしたちは油断してはなりません。必ずや第二第三の恋のライバルが――いひゃいれす」


 後ろから、サクラの両頬を指で摘まむと姿を現す――ムニムニ。


 ――結構、柔らかいな……。


「何を語っている?」


「ひゃ、ひゃなひへくらはひ(は、放してください)」


 仕方なく、俺は手を放す――というか、姿を消していたとはいえ、サクラなら気付いていた筈だ。わざと気付かないフリをしていた――と考えるべきだろう。

 大して痛くも無いだろうに、サクラは頬をさする。


「お帰りなさいませ……勇者様♥」


 とシグルーン。まだ、余韻よいんが残っているのか、頬が薄っすらと赤みがかっている。


「お兄ちゃんっ、お帰りなさい!」


 とは『アイカ』だ。赤い透明なスライムボディで抱きついて来る。

 まだ慣れないが、俺はしっかりと彼女を受け止めた。

 ぽよん、ぷるぷる――痛くは無いのだが、液体のため、結構ずっしりと来る。


「ああ、皆、ただいま」


 『アイカ』の頭を撫でながら言うと、『プリム』が俺の周りをクルッと回った。

 俺はあの日、アイカちゃんと『ルビー』を合成することで、命をつないだ。

 ただ、それが正しかったのかは分からない……。


 しかし、俺がそのことで迷い、落ち込めば、それはアオイを責めていることにもなる。同時にグレンの言った『願い』をも、踏みにじってしまうだろう。


 『アイカ』の笑顔を守ることが、アオイに対しても、グレンに対しても、俺にとっての大切な事になった。


「ヤクモ、ズルいです! わたしのことも貰ってください!」


 と抗議するサクラ。なるほど、シグルーンの話を聞いて感化されていたのか……。

 俺の服をグイグイ引っ張るのは止めて欲しいのだが――ここは突き放すよりも、そのまま抱き寄せる。


「はわ♥」


「いいけど、誰から貰えばいいんだ?」


 耳元でささやくと、


「はうっ、そう言われると……誰でしょう?」


 ムムム……とサクラは考え込む。


「いいか、サクラ……お前は既に俺の<EX魔法>【ドミネーション】で支配下にある」


 ――まぁ、その割に扱いが難しいのだが……。


「はっ、そうでした。既にわたしはヤクモの所有物です! ですが、皆の前で宣言されたいのです!」


 正直、スキルについては秘密にして置きたい。

 また、サクラを物扱いした訳でもないので、あまり言いふらさないで欲しい。

 俺はサクラを宥める意味も込め、頭を撫でると、


「わかった。その内な――」「はい☆」


 相変わらず、返事だけはいい。

 俺は『アイカ』を一度、下に降ろす。すると、


「ねえねえ、お兄ちゃん、どうかな?」


 そう言って、『アイカ』は両腕を広げると、全身をアピールする。

 そして、その場でクルリと回って見せた。


 どうやら、姿を変えたようだ。シグルーンのドレスを真似たのだろう。

 ひらひら――いや、ぷるぷるのドレス姿だ。


 元々、魔力の操作に長けている彼女は、身体を自在に変形させる程度のことは簡単にこなしてしまう。


「ああ、似合っている」


 俺は片膝を突き、視線を合わせ、そう言って手を取る。

 『アイカ』は――えへへ♥――とはにかんだ後、少し恥ずかしかったのだろう。

 俺から逃げるように、


「サクラお姉ちゃん⁉ 褒められたよ」


 とサクラに抱きついた――良かったですね☆――サクラも喜ぶ。

 しかし、よく喋るようになったモノだ。

 最初は自分の声が変だと言って、俺の前ではほとんど話してくれなかった。


 声帯の無いスライムがどうやって喋っているのか――この際、どうでもいいだろう。


「でも、ルビーちゃんがアイカ様になられてしまったのは、少し残念です……」


 とシグルーン。俺にだけ、聞こえる声でささやく。


 確かに、『ルビー』をクッション代わりにしていたようだし、気に入っていたのだろう。もう会えない――と考えると、寂しい気もする。


「どうしたの……シグルーンお姉ちゃん?」


 シグルーンの様子に気が付いたのか、『アイカ』が小首を傾げ、声を掛けると、


「お、お姉ちゃん(キュン♥)」


「ゆ、勇者様! わたくし、この、一生大事にします!」


 と言い切った。仲良くするのはいいが、一生は言い過ぎだ。


(チョロいな――やはり、あの場からさらって来たのは正解だったか……)


 シグルーンが『アイカ』を抱き締めると――ズルいです!――とサクラも参戦する。その様子を――微笑ましい――と思いつつも、俺は一人、窓辺の椅子に腰掛けているアオイの元へと向かった。


 やはり、あんなことがあった後だ――まだ、元気が無いのか――心配したのだが、


「兎尾羽さんに猫屋敷さん、熊田さんに猿渡さん……それに鮎川先生まで――そうね……このままだと――」


 何やら考え事をしているようだ。

 落ち込んでいる――という雰囲気ではない。


「アオイ?」


 俺が声を掛けると、


「うん、ヤクモ――私、決めたわ!」


 急に立ち上がる――何をだ?――と質問すると、彼女は微笑んだ。

 既視感デジャビュだろうか? 何だか、ろくなことにならない予感がする。

 だが――


「アオイにならだまされてもいいか……」


 おっと、つい口が滑ってしまった。サクラの影響だろうか?

 シグルーンが心配そうに、俺とアオイの様子を見守っている。


「ふふふ、ありがと。じゃあ、遠慮なく……取って置きを使うね♥」


 どうやら、今回の事件はアオイの中で決着が付いているようだ。

 その瞳には迷いがない。やはり、彼女は強いな――そんな風に思ってしまう。


「ねぇ、ヤクモ――<EX魔法>【コンクエスト:異性】を持っているんだよね?」


 ああ、異性を征服できる魔法か――『ソウルイーター』が女性であったため、確かに有効だったのかも知れないが、使う気にはなれない魔法だ。


 ――恐らく、この先も使うことは無いだろう。


「手を出して――えいっ♥」


 ――ぽよん、むにゅっ。


 俺の手に柔らかな感触が伝わった。勿論、『アイカ』ではない。

 どうやら、俺の右手を取ったアオイが、その豊満な胸に押し当てているようだ。


 分かっていたことだが、片手には収まらない。

 こぼれ落ちる――とはこういう事を言うのだろうか……。


 サクラとシグルーンが何やら慌てふためいているが、俺はそれどころではない。

 魔法が発動してしまった。


「YES」


 アオイが呟く。



 ――<EX魔法>【コンクエスト:異性】が成功しました。


 ――『鷲宮わしみやあおい』を征服しました。



 何てことをしてくれたんだ!――そう言いつつ、俺は右手を離すことができなかった。征服したい――と思ったことは否定しない。


 念じるだけで使える力なんて――使うべきスキルに使われていては世話がないな――いや、違う。


「んっ、もう少し強くしても大丈夫だよ――思っていたより、悪くない感じ……大きくて温かい……」


 大きくて温かい――は俺の台詞だ――いや、だから……。


「うーん、そうねぇ……」


 アオイは顎に指を当て、少し考えた後、


「魔王様、これからもよろしくね♥」


 そう言って微笑んだ、色々とシャレになっていない。

 『アイカ』と『プリム』が興味津々といった様子で、こちらを見ている。


「そ、そろそろ離してください!」


 とサクラ。


「そうです、お姉様!」


 とシグルーン。アオイは微笑むと、


「二人とも酷いわ……まるで私が悪いみたいに――これはね、私の魔王様が離してくれないの……」


 何故か被害者ぶる――いや、実際、俺が離せばいいだけなのだが、それができれば苦労はしない。こんなことすら、自分で制御できないとは――


 サクラに手を出さなくて、本当に良かった。自分では、もう少し紳士的に対応できると思っていたが、多分、優しくできそうにない。


「おっぱいです! やはり、最強のスキルはおっぱいです!」


「どんなに強力な魔法でも、大きなおっぱいには勝てないのですね……」


 サクラがわめき、シグルーンが落胆する。

 一瞬にして、俺が今までやってきたことを否定された気持ちになる。

 凹むが、そのお陰で手を離すことができた。


「あのなぁ……」


 呆れたように俺が呟くと、


「ご主人様! わたしも形には自信があります!」


 先程まで忘れていた設定を急に持ち出すサクラ。


「ゆ、勇者様は大きさで判断なさらない方だと信じています!」


 シグルーンが詰め寄る。確かにそのつもりだが、今はそういう話ではない。


「あら、魔王様……私が一番ですよね?」


 アオイはその大きな胸を両腕で寄せて、持ち上げた。

 サクラとシグルーンは驚愕きょうがくの表情を浮かべる。


「だから、お前たち……」


「ご主人様!」「勇者様!」「魔王様!」


 こういう場合、どういうスキルが最も有効なのか――誰か知っているのなら教えて欲しいモノだ。


 俺は今、この異世界において――最大のピンチを迎えている。

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