第94話 ヤクモ<銀鷲城>:足りないモノ


 シグルーンをサクラたちの元に送り届けた後、俺は一人で中庭へと向かった。

 会う約束をしている奴らが居たからだ。


(来てくれるといいが……)


 しかし、先程から誰とも擦れ違わない。


 ――奇怪しい……。


 俺は立ち止まる。そもそも、周囲に人の気配が無い。

 この城内で、それは有り得ないことだ――と考えていると、


「やぁ、ヤクモ。大活躍だったそうじゃないか」


 と声を掛けられた。シグルーンをさらったことだろうか?

 スキルの効果で俺の姿は見えない筈だが、コイツが相手では仕方が無い。


「獅子王――来ていたのか……」


 俺は観念して、姿を現す。

 『獅子王ししおう陽太ようた』――元々、会う約束をしていた相手の一人だ。


れないなぁ……昔みたく、『ヨーちゃん』と呼んでくれ」


(いつの話だ……冗談じゃない)


 俺は――遠慮する――と首を横に振った。

 それにしても、余裕のある態度なのが気になる。


 通路の中央に陣取り、俺の行く手を阻むように立ち塞がっていることから、可能性は一つだろう。


 ――何らかのスキルを使っている。


 俺は【ポーカーフェイス】で顔色ひとつ変えずに、


「活躍――という意味では……皆、同じだろう」


 と返す。各地の領主に召集され、魔物の群れを退治していた筈だ。

 獅子王は――フッ――と息を漏らし、髪をかき上げると、


「同じ――ねぇ?」


(いちいちカッコイイな――この爽やかイケメンくんは……)


 言いたいことがあるのなら、早く言って欲しい。


「まさか、僕が気付いていないとでも?」


 まぁ、獅子王なら大抵のことには気付いていそうだ。

 問題があるとすれば、俺の隠し事が多いことだろう。

 いったい、れのことを言っているのか、見当が付かない。


「ヤクモ、今回は何処までが、キミのシナリオなんだい? なぁ、シャーク、お前も気になるだろ?」


 獅子王に呼ばれ、柱の陰から『鮫島さめじまあぎと』ことシャークが姿を現す。

 勿論、俺は気付いていたが、本人が出て来る機会をうかがっていたようだったので、敢えて触れなかった。


 鮫島の方も――渋々――といった様子で姿を現した。

 そして、俺を睨み付けてくるが、特に言葉を掛けて来ることは無かった。

 相変わらず、目付きの悪い奴だ。


 ただ、獅子王はそんな俺たちの様子を見て、


「おやおや、仲良しだね」


 と笑う。


「「何処がだっ!」」


 不覚にも、鮫島とハモッてしまった。

 鮫島は気不味そうにそっぽを向き、俺は目を細める程度の反応に留めた。


 その様子を――ククッ――と堪えるように笑う獅子王。


性質たちが悪い……)


 様子見するつもりだったが、そろそろ主導権を返して貰おう。


「ま、呼び出したのは俺だ――来てくれたことには礼を言う」


 俺は頭を下げた。そして、


「別に、俺もすべてを知っている訳じゃない――また、ここで話すことでもない」


 他人の気配が無いのは分かっていたが、周囲の様子を窺う。

 獅子王のスキルには威圧のような効果があり――恐らく、レベルや精神の値が低い人間は近づくことができない――といったところだろう。


「なぁに、正直に話してくれるとは思っていないさ。ただ――ヤクモがどんな芝居を演じているのかな――と思ってね」


 どうやら、【ステータス】をスキルで偽装していることがバレたようだ。

 スキルを発動中の獅子王の前に――俺が平然と現れた――ということは、そういう結論になる。


 まぁ、敢えてそこに触れないのであれば、俺から話す必要はないだろう。

 鮫島だけが、状況を理解していない。俺は、


「魔王の動きが不自然だったらから、彼らが動きやすい状況を整えただけさ……」


 と答える。勿論、嘘だ。

 だが、俺が何か知っているフリをすれば、アオイが疑われずに済むだろう。


「一つ答えるのなら――『ステータス板』――アレに手を加えた」


 そう言って、俺は鮫島を一瞥すると、


「鮫島の【ステータス】が実際の値より、低く表示されている筈だ」


「そ、そんなことしてやがったのか⁉」


 と驚いた様子の鮫島。俺の胸倉を掴もうとしたのだろうが、影で創り出した偽者だ。スッ――と腕が擦り抜ける。


 鮫島は悔しそうに、何も掴めなかった自分の手を見詰めて――チッ――と舌打ちをした。どうやら、それ以上、追撃をするのは止めたようだ。


「結果、敵は弱い勇者を狙った――ということだね……」


 獅子王は納得する。

 正直、皆には策を与えていたが――獅子王か鮫島――この二人以外のところに強敵が現れた場合は不味かった。


「まぁ、魔王が釣れるとは思わなかったけどな――だが、問題はそこじゃない」


「情報が漏洩したということは、神殿、もしくは国家の人間が魔王と繋がっていることになる」


 と獅子王。話が早くて助かる。

 勿論、犯人は『ソウルイーター』だが、『彼女』だけでは難しいだろう。

 他にも、協力者が居た筈だ。


「そういうことだ――つまり、いつ、誰が裏切ったとしても不思議ではない……だから、お前たちには強くなって貰う」


 ――獅子王のカリスマ性や統率力。


 ――鮫島の強敵を前にしても怯まない強さ。


 そのどちらも、俺には足りない能力モノだ。


「覚悟はあるか?」


 俺は二人に問う。


 俺の新しい能力――<EXスキル>【ソウルテイカー】。

 名前からして『ソウルイーター』を一時的にだが従えたことで習得したのだろう。


「これから、お前たちの<EXスキル>を覚醒させる


 二人は互いに顔を見合わせた。


「今は二人までにしか使えない。だから、お前たちを選んだ――」


 この意味が分かるよな――俺は視線だけで言葉を交わす。


「期待に応えるのが、僕という男さ」


 と獅子王。部活の時、試合の前、何度も聞いた台詞だ。


 ――当然、知っている。


 有言実行が、コイツの凄いところだ。

 一方、鮫島は舌打ちをすると――仕方ねぇな――とばかりに頭を掻いた。

 そして――


「いいか、オレはお前を認めない――今回の件も納得してねぇからな!」


 人差し指を突き付けられる。


 ――そんなことを言って、お前は皆の先頭に立って戦う筈だ。


 お前はそういう奴だ。


「どうなるか、分からないが――」


 最後に俺はそう告げたが、獅子王と鮫島は何も言わなかった。

 二人へ向けて手を翳し、スキルを発動する。


 ――【オーバーソウル】。


 同時に、俺は膝を突く。APの消費が激しい。


「大丈夫かい?」


 と獅子王。俺は手で制すと、


「そんなことより、スキルは習得できたのか?」


 獅子王は首を横に振る。


「習得はできたけど――【不明】――となっているよ」


 鮫島を見るが、どうやら同じようだ。


「まだ、その域には達していない――ということかな?」


「チッ、まだ弱いってのかよ……」


 残念――とおどけてみせる獅子王と、舌打ちをする鮫島。

 失敗した訳ではないようだ。


「お前たちなら、直ぐに使えるようになるさ……」


「任せておいてよ」「そういうところが――」


 別々のことを言っているのに、どういう訳か頼もしく聞こえる。


「ところでヤクモは、チートスキルでも持っているのかい?」


 と獅子王。当然の質問だろう。

 現状では、サクラに疑惑が向かず、俺に向くのはいい傾向だ。


「チートかどうかは分からないが、特殊なスキルは習得している」


 一瞬、鮫島を警戒したが、攻撃の意思は無いようだ。

 俺もAPが回復したので立ち上がると、


「それは、お前たちも――だろ?」


 と言葉を続けた。確証は無かったが、二人とも言い返して来ないところを見ると――肯定――と受け取っていいだろう。


 ――頼もしい限りだ。


「何を勘違いしているのか知らないが、俺は皆を元の世界に帰す――そのために動いている。お前たちはどうなんだ?」


 再び、質問を投げ掛ける。

 この返答 如何いかんによっては、今後の計画を変更しなければならない。


「僕も同じさ。ただ、そのためには、お互いに信頼し合える関係を作るべきだと思ってね」


 相変わらず、卒なく回答してくる。

 これだから苦手なんだ。コイツは兄さんを連想させる。


「なら、勇者会議で聞けばいいだろっ――この場で聞くことじゃない……」


「確かにね――だけどヤクモにも、心の準備が必要だと思ってさ。まぁ、僕なりの親切心だよ☆」


 何だか、嫌味にしか聞こえない。

 次の勇者会議ではさらし者にされないように――精々せいぜい気を付ける――としよう。


「で、鮫島の方は?」


 鮫島は一瞬、眉をひそめ――オレに聞くんじゃねぇよ――という表情をした。


「オレは――」「サクラのことが心配か?」


 少し意地悪だっただろうか?

 いや、俺とコイツの関係は、馴れ合いではない。


「ふん、今回はテメェの策略で助かった……次は覚えてろよっ!」


 変な悪態をつくモノだ。俺と獅子王は――フッ――と失笑した。


「じゃあ、次の会議で会おう」


 と獅子王。


「お互い、生き残っていればな――」


 と鮫島。


「皆を元の世界に帰す――と言っただろ」


 互いに背を向け、歩き出した二人。俺は再び、スキルで姿を消す。

 どうにも、俺たちの道は交わらないようだ。

 願わくば、俺に――誰かを切り捨てる――という選択をさせないで欲しい。

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