第六章 合成したらスライム少女だった件

第91話 ヤクモ<神域>:大女優


「――なさい……」


 もう慣れた――とは言えないか……。

 直接、頭の中に響くような感覚は不快だ。


「目覚めなさい――」


 前回よりも早く、意識を覚醒することができた。相変わらず、全身に痛みを覚えたが、その感覚は直ぐに消えていく――何度体験しても、不思議な感覚だ。


 俺が顔を上げると、そこにはかすみがかった不思議な空間が広がっていた。

 空は青いのに太陽は無い。

 地面は白い雲の絨毯のように見えるのだが、足元は固く平らだ。


「俺は失敗したのか?」


 その問いに、


「いいえ、皆さん無事――とは言えませんが、危機は脱しています」


 と自称<女神>。

 どうやら、この<神域>から戻ったとしても、問題は山積みのようだ。


 ――もう少しだけ、ここに居よう。


 しかし、どういう訳か、今回はリビングでは無いようだ。

 自称<女神>の気分――なのだろうか?


「いいえ、八雲――貴方の魂が強化されたのが原因です」


 強化?――確かに、いつもより、意識を楽に覚醒させることができた。


「貴方は多くの人々を助けて来ました。それが今、力となり、魂の強化へと繋がりました」


 多く? アオイ、アイカちゃん、グレン、それに美鈴姉。

 はっきり言って――助けた――とは言い難い。

 むしろ、見捨てた人間の方が多い気がする。


 ――誰かを救うということは、誰かを救わないということでもある。


 グレンに言われた言葉が、再び脳裏をよぎる。

 多くの人々に助けられて来た――の間違いではないだろうか?


「いいえ、貴方はわたしの想像以上に人々の思いを――即ち、世界を変えてくれました」


 俺がやったことは、嘘に嘘を重ねただけの気がする。

 再び、気持ちが沈み掛けただが、


 ――信じます!


 何故か、サクラの言葉が浮かんだ。

 彼女の笑顔とその言葉だけで、俺は強くなれる気がする。


(やはり俺はいつも、誰かに助けられてばかりだ……)


 どういう訳か、自称<女神>は、そんな俺を見て微笑んだ後、


「意識が戻った際には、新しい能力を獲得していることでしょう」


 と告げる。できることが増えるのは有難いが、今回の件で、俺一人では限界があることも理解した。まだ早いと思っていたが、皆にも動いて貰う必要がありそうだ。


「で――何故、俺はここに居る?」


 その疑問に、


「魔王の――『犬丸咲良』さんの――渾身の一撃で、世界が揺らいだため、一時的に繋がりやすくなりました。そのため、強引ではありましたが、急遽、お呼びした次第です」


 当然といえば当然だが、サクラも魔王としての能力が向上しているようだ。

 どうやら、俺が思っているよりも、時間が無いらしい。


「つまり、こちらの準備ができていないため――この状態――という訳です」


 と自称<女神>。別にそれは構わないのだが――


「今回は助かった。礼を言う」


 俺が頭を下げると、


「はっ、貴方、何者です! まさか――『ソウルイーター』……」


 それはさっき倒した筈だ。むしろ、アレで――倒せていない――となると対処が難しい。


「そうですね――あのには悪いことをしてしまいました……いえ、気にしないでください。そもそも、魂の形は嘘を吐けません。どうやら、本物の『月影八雲』のようです!」


 ――いや、俺の目の前に、思いっ切り嘘のかたまりが存在して居るのだが……。


 まぁいい。それよりも、会うたびに馴れ馴れしくなっているのが、何か嫌だ。

 恐らく、最初に会った時よりも、こちらの方が地なのだろう。


「で、何の用だ?」


「はい――女神ロス――になっているのかと思い、健気にも馳せ参じました」


 いや、来たのは俺の方だ……。


「それに、一定の間隔で会っておかないと、忘れられてしまいそうだったので……」


 そんなことを言うから、いまいち信用できないのだが――自称<女神>は、その辺を理解できていない様子だ。


「じょ、冗談ですよ。女神ジョーク。べ、別に寂しくなんかないんだからね!」


 どうらや、また変な本を読んでいるようだ。

 真面目に相手をするのもバカらしいので、先に気になることを聞くとしよう。


「で、『ソウルイーター』とは何だったんだ?」


「アデルさんから、『影の勇者』と『暴虐の魔王』の話は聞いていますね」


「話のさわり程度はな――あまり、深入りしていい話か、判断できなかった」


「そうですね。気を遣っていただき、ありがとうございます。ですが、いずれは知ることとなるでしょう。私は知りませんが――」


 いや、知っている流れだったろうに……。


「冗談ですよ。女神ジョーク」


 そろそろ、本気で殴りたくなってきた。母親の姿でさえ無ければ……。


「『ソウルイーター』は彼らが残した魂の欠片です。あの二人は、『神』を創り出そうとしていました……」


 『神』――そんな傍迷惑なモノを……。


「何故、そんな目でわたしを見るのでしょう?」


「すまない。気にするな――で、『神』を創り出して、どうするつもりだったんだ?」


 いや、失言だな――そんなこと、聞かなくても分かる話だ。


「二人は――どちらかが死ななければ世界を救えない――そんな運命を変えたかったのでしょう」


 だろうな……その成れの果てが『ソウルイーター』という訳か――

 純粋な存在であったが故に、『善』にも『悪』にも染まる。


 そもそも、人間そのモノが『悪』である可能性もある。

 人間と関わったからこそ、『ソウルイーター』は狂ってしまったのだろう。


 では、俺はどうすればいい? 俺たちにできるのだろうか?


 ――いや、無理だ。


 少なくとも、『神』などという存在を創ろうとは思わない。


「そうですね。確かに、あの二人は失敗してしまいました。ですが――」


 自称<女神>は不意に俺の手を取った。


「きっと貴方なら――いえ、貴方たちなら、もっと別の方法で世界を救うことができるでしょう」


 近い……だが、何処か懐かしい感覚だ。


「残念ですが、そろそろ時間のようです。最後に――アデルを救ってくれてありがとうございます」


 どういうことだ? 俺はアデルを助けた覚えはない。


「間違ったことはしていない――そう言ってくれました。それだけで十分です」


「そういうモノなのか?」


「はい、貴方の言葉は魔法のようですね」


 自称<女神>は微笑む。どうやら、この自称<女神>は最初からこうなることが分かっていたようだ。彼女は俺の母親に、あまりにも似過ぎている。


 ――とんだ大女優おおうそつきめ。

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