第90話 ヤクモ<地下迷宮>:決着(2)
俺はアデルから受け取った『魔導書』を取り出した。
相当危険なモノらしいが、どうにも相性が良いらしい。
――もしかしたら、俺は勇者よりも、魔王の方が向いているのかも知れない。
猫屋敷さんは何も言わなかった。
キミの好きなようにやりなよ――ということだろうか?
兎尾羽さんも
彼女の性格から言って、詰問されるのかと思っていたが、拍子抜けだ。
二人には、アオイとアイカちゃん、そして、グレンの治療を行って貰っている。
――というより、危ないので下がっていて貰うことにした。
『ルビー』と『プリム』も居る。何かあっても直ぐに対処できる筈だ。
「大丈夫ですか?」
サクラは心配そうに俺を見詰める。【ポーカーフェイス】を使用しているため、表情には出ていない筈だが、何かを
「サクラ、お前は俺を――」「信じます!」
言う前に言い切られた。
俺にそんな価値があるのかは疑問だが、今は素直に感謝しよう。
「俺の傍に居てくれ」「はい☆ 末永く――」「末永くは遠慮する」
肝心の『ソウルイーター』だが、俺たちの会話など、今となっては些細なことのようだ。そもそも、魔王である俺に疑念を抱くことすら――不敬だ――とでも思っているのかも知れない。
美鈴姉との会話から、彼女(?)は、今この時のためだけに、すべてを費やしてきたのだろう。
俺はまず、魔物の死骸を集めた。
その多くは、瘴気の原因となっているアンデッドたちだ。
――【ダークボール】【クリエイト:力】。
どうやら、<闇>の魔法の方が引力との相性が良いようだ。
【シャドウボール】よりも、引き付ける力が強い。
だがその分、制御が難しい。上手く移動させることができなかった。
魔物を集めるだけに留め、死骸の運搬は<影>の魔法を使用する。
これで時期に瘴気も収まるだろう。
魔物の死骸を一個所に集めつつ、同時に『魔導書』の力を借りて、複数の魔法陣を展開する。
――重要な魔法陣は主に三つ。
合成する魔物を配置する左右二つの魔法陣と、合成した魔物を出現させる中央の魔法陣だ。左側の魔法陣へ『ソウルイーター』を――そして、右側の魔法陣へは魔物の死骸を移動させた。
――これで準備ができた。合成を開始する。
アデルの時とは違い、対象が人間ではなく魔物同士であるため、<ペナルティ>は発生しないようだ。ただ、強力な魔物を創り出すには、それだけ、多くの魔力が消費される。
これは不味かったかもな――と思ったが、ふらつく俺をサクラが支えてくれた。
魔物の合成自体は、意外と簡単に終わった。
――これも『魔導書』のお陰か……。
中央の魔法陣には、肉体を得た『ソウルイーター』の姿があった。
いや、肉体を得たことにより、その能力はもう使えなくなっている。
『彼女』――としておこう。
複数の魔物の死骸を利用したとは言え、下級の魔物が
レベルは低い。だが、どういう訳か、【ステータス】は俺よりも高かった。
――これも『魔導書』の効果か……。
元になった魔物はアンデッドが多かったが、<分類>はアンデッドでは無いようだ。俺が設定した訳ではないが、女性特有の
「カハッ、ゴホッ――こ、声が……」
どうやら、『彼女』は声が出ることに感動しているようだ。
自分で声を出すのは新鮮な感覚らしい。
その様子から、今までは宿主を操り――喋らせていた――ことが推察できる。
「こ、これが肉体……これが身体……有難き、し、幸せ――」
立ち上がり、お辞儀でもしようとしたのだろう。だが、『彼女』はそのまま姿勢を崩し、床へと倒れる。起き上がろうにも、上手く身体が動かせないようだ。
俺がこの世界に転移した時もそうだった。
魂が肉体に定着するまでは、時間を要する。
「も、申し訳ござ……こ、こんな醜態――今直ぐ、た、立ち……」
「いいんだ。もう起き上がらなくて――」
俺の言葉に『彼女』は疑問符を浮かべる。
だが、その答えは直ぐに出る筈だ。
――もう終わりにしてやろう。
『彼女』は自分が探し求めていた存在すら、忘れてしまっている。
「サクラ……」
俺は頼む。申し訳ない気持ちで一杯の俺に対し、サクラは何処か嬉しそうだ。
そして、慣れた動作で拳に魔力を込めながら、ゆっくりと俺の前に出る。
「<魔力>は――」
サクラが握り締めていた『魔晶石』が砕け散り、魔力の光が彼女の周囲を覆う。
そして、光となって現れるのと同時に、その右腕へと収束して行った。
「拳に――」
――バチバチ、バチバチ。
サクラの周囲の空気が、まるで電気を帯びているような音を立て、弾ける。
「ま、魔王様っ……これは?」
『彼女』は慌てる――だが、もう遅い。
通常の方法では倒すことのできない存在であった『ソウルイーター』。
その『彼女』に肉体を与え、分裂可能だった魂が一個所に留まっている。
今なら、肉体ごと『彼女』を消滅させることで、死を与えることが可能だろう。
自分を倒すことができるのは<聖剣>だけだ――と油断した『彼女』の末路だ。
「お前は――いつから俺を『魔王』だと思っていたんだ?」
そう、俺は【ステータス】を見せただけで、自らを『魔王』だとは言っていない。
漫画や小説の主人公なら、ここで綺麗ごとを吐くのだろうか?
だが、俺は許されるつもりはない。
すべては『彼女』の勘違いだ。
最後に騙される側の気持ちが分かるのもいいだろう。
――『彼女』が最後に恨むのは、俺だけでいい。
サクラが殺す訳じゃない。
俺がサクラに命令して、やらせていることだ。
――後で、皆にはそう説明すればいい。
美鈴姉が止められなかった訳じゃない。
俺が美鈴姉の気持ちを無視して、勝手にやったことだ。
――俺はこういう遣り方しか知らない。
アオイが失敗した訳じゃない。
俺がアオイのことを考えていなかったから、起こってしまった結果だ。
――すべての元凶が俺になればいい。
「……」
未だ表情はよく分からないが、恐らく――唖然――としているのだろう。状況を理解できない――というよりは、考えることを拒否しているのかも知れない。
「込める――」
――バリバリッ、バリバリッ、バリバリッ。
サクラがもう一段階、出力を上げた。近くに居るだけで、肌がピリピリする。
魔力というよりは、そう――まさに破壊のためだけのエネルギーだ。
恐らく、その力は今までの比では無い。
サクラが『彼女』目掛けて駆け出す。
「待て、サクラ。流石にその出力は――」
「モノッ!」
サクラの拳から放たれた一撃が『彼女』に直撃する。
――ドォーン! バァァァァン! ドドーン!
最後に、お前の大好きな魔王様に触れて貰えて良かったな――いや、良くない。
『彼女』だけではない。<地下迷宮>の壁が破壊され、全体が揺らぐ。
俺は素早く<影>の魔法を展開し、サクラを含め、全員を影で覆った。
――本当に、サクラはいつも俺の予想を裏切ってくれる。
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