第89話 ヤクモ<地下迷宮>:決着(1)
【テレポート】で移動した先は、小さな個室のようになっていた。
事前の打ち合わせ通り、サクラたちが<ポータル>を設置してくれたようだ。
<ポータル>――簡単にいうと魔石だ。『ポータルストーン』と言ってもいいだろう。その魔石をダンジョンに設置することも、冒険者の仕事では良くある内容の一つだった。
ダンジョンにリトライするにしろ、救助に向かうにしろ、【テレポート】での移動が可能になるからだ。
また、『ポータルストーン』の周りには魔物が寄って来ない。
よって、安全地帯ともいえる。
<ポータル>が設置されている神殿や教会が重宝されている理由の一つだ。
俺は周囲の状況を把握する。
かつてここは、休憩所として使われていたのかも知れない。
朽ちた椅子やテーブル、棚など、その形跡と思しき瓦礫が転がっている。
(それにしても、瘴気が濃いな……)
さて、どうしたものか?――と俺は考える。
グレンは気を失ってしまったが、この状態の彼を連れていく訳にはいかない。
かといって、この場に放置することもできない。
兎尾羽さんのように、俺も『結界』を張ることができれば良かったのだが――
(せめて、瘴気をどうにかできれば――ん? もしかして……)
先程、習得した魔法を試してみることにした。
――【クリエイト:無】。
瘴気だけをこの空間から排除するイメージで使用する。
思った通りだ。瘴気の無い空間を作り出すことに成功した。
だが、このままでは直ぐに、瘴気が流れ込んで来てしまうだろう。
『ルビー』に部屋の出入り口を塞いで貰えば、瘴気の侵入を防ぐことができる。周囲の安全を確認し、『ルビー』にグレンのことを頼むと、俺は移動することにした。
――【シャドウダイブ】。
魔物の気配が無い。どうやら、魔物は
しかし、アオイは床に倒れ、気を失ったアイカちゃんは人質に取られてた。
サクラたちは苦戦を強いられている――訳ないか……。
「ではっ、わたしはこの地下ごと破壊します。これは脅しではありません!」
とサクラ。彼女なら本気でやり兼ねないのだが、相手にそれが伝わっていなければ意味がない。一緒に居る兎尾羽さんは呆れた顔をしており、猫屋敷さんは額に手を当て困っている。
アオイが倒れ、<聖剣>が床に刺さっていることから、彼女が失敗したことが窺える。だが――不幸中の幸い――ともいうべきか、その<聖剣>はアオイの手を離れてもなお、周囲の瘴気を浄化していた。
結果として、アオイとアイカちゃん――二人への瘴気の影響が軽減されている筈だ。
「ば、バカなのか……キミは――それでは、全員生き埋めになるぞ……」
と蒼次郎さん――いや、『ソウルイーター』。
(そうか、蒼次郎さんはアオイの父親だから、サクラとも十分に面識があるのか)
アオイの口振りから、以前よりサクラが魔王だと思っていた可能性がある。
当然、『ソウルイーター』も同様の考えだった筈だ。つまり、サクラが脅しや冗談で言っている訳では無いことを理解していることになる。
「それは仕方の無いことです……因みに、わたしは――死にません」
一瞬、落ち込んでいるような、迷っているような、そんな仕草で俯いたかと思うと、突然――無表情――になる。俺としては、怖いので止めて欲しい。
まぁ、アオイやアイカちゃんを傷つけられて、相当怒っているのだろう。
無作為に暴れないだけ、マシだと考えよう。
「止めなさい!――咲良、本当に馬鹿なんじゃなの!」
と兎尾羽さん。猫屋敷さんも、
「サクラ、流石にそれは……」
と言ってはみるが、彼女に止める気は無いようだ。
「大丈夫です……皆は死んでも生き返ります。わたしはアイカちゃんを助けることに全力を使います!」
何処から来るのだろうか? その覚悟と自信は――
(少し羨ましい……)
俺としては、復活の回数が限られている彼女たちをここで見捨てる訳にはいかない。影に入ったままサクラに近づく。『プリム』が気付いたのだろう。サクラのマフラーをクイクイと引っ張る。
「だが、俺とお前なら――全員死なずに助かる――そうは思わないか?」
姿を現すと同時に、サクラの横に立ち、その拳を掴んだ。
「ヤクモ☆」「八雲♥」「助手君……」
状況は――聞くまでもない。
『ソウルイーター』を倒そうと、
もし彼女に、アイカちゃんごと『ソウルイーター』を斬る覚悟があったのなら、状況は変わっていた――というところか。
瘴気については恐らく、『無法の魔王』の手下であるアンデッドを大量に用意したと考えるべきだ。大司教の計画を『ソウルイーター』が引き継ぎ、実行したのだろう。
俺が裏で色々と小細工を実行していた時に、『ソウルイーター』も魔王たちへ接触を計っていたようだ。
「ほぉ、月影くん――」「腹が立つな」
『ソウルイーター』の言葉を無視して、そう呟いた俺に、
「ヤクモ?」
サクラが首を傾げる。
「アオイは一人で解決しようとしていた――そういう状況を作ってしまった自分にだ」
サクラを助ける――そのことに拘ってしまった結果だ。だが今は違う。
サクラと助ける――俺は『ソウルイーター』を睨み付けた。
「ふっ、その様子だと――彼……暁星くんを殺したのかい?」
どうやら、『ソウルイーター』は勘違いをしているようだ。
今頃、
彼のスキルは相手からの視線や意識を反らすことに長けている。
今頃、洗脳された神官たちは、神への祈りを止め、夕飯の献立でも必死に考えているのだろう。以前の『勇者召喚』の時とは、魔力の密度が違うのがその証拠だ。
これで、儀式を行えない筈だ。
「俺がそんなヘマをするとでも? それより、神殿から魔力が届いていなんじゃ……無いのか?」
『ソウルイーター』に反応は無い。状況を正しく把握できているのかすら怪しい。
蒼次郎さんの身体を使っていることから、口調や思考パターンに彼の影響を受けているようだ。
(それを見ていたアオイは、ずっと辛かった筈だ……)
(人間のフリをしているだけか――)
『善』も『悪』も無く、ただただ、自分の欲求に忠実なだけの存在に成り果てている。美鈴姉の話から推測すると、最初はそんな存在では無かった筈だ。
人間の魂を食べ続けた結果、狂ってしまった――そう考えると同情しなくもない。
「今、分かった――ワタシの半身を倒したのはキミだったのか……」
表情から何を考えているかは分からない。ただ、『ソウルイーター』は――ゴキッ――と首を傾ける。本人は人間らしい行動を取っているつもりかも知れないが、見ている側としては、気持ち悪い。
「ワタシを追い詰めたことは、素直に褒めて上げよう」
そう言うや否や、蒼次郎さんの目や口からドロドロと黒い液体が溢れ、地面へと垂れ落ちる。そして直ぐに、それは人型になる。
掴まっていたアイカちゃんが解放されたので、俺は透かさず、【シャドウハンド】で救出する。アオイも同様だ。瘴気に当てられたことが原因なのか、ぐったりとしているアイカちゃんを『プリム』と兎尾羽さんに任せる。
「猫屋敷さん、分析は終わってる?」
俺の問いに――人を機械みたいに言わないでよ――と猫屋敷さん。
「<
一先ず、安心だ。こんなのが沢山いるようでは、正直やってられない。
「そうるいーたー?」
サクラは首を傾げる。俺はサクラに、戦闘を待つように指示する。
「フフ……コノ姿デ、美鈴以外ノ人間ト、接スルノハ、何年振リダ――今度ハ、オ前タチノ身体ヲ、イタダコウ」
何処から声を出しているのか分からないが、ハッタリだろう。
「無理だね」
猫屋敷さんが否定する。
「キミが人間に寄生するには、幾つか条件が必要な筈だ――」
――第一条件として、相手の精神状態を不安定にする。
――第二条件として、相手に言質を取る。
――第三条件として、相手の大切な人に呪術のような呪いを付与する。
「繋がりの深い人間――と言い換えてもいい。既にキミはアオイとアイカに呪術を使っている。そのため、二人を乗っ取ることができなかった」
言い終えて、猫屋敷さんは満足したようだ。生き生きとしている。
タイミングを見計らっていたのだろうか? そいうことは早く教えて欲しい。
「あ! つまり、ヤクモの一番大切な存在であるわたしが狙われています!」
「はぁ⁉ 何言ってるのよ。バカなの咲良!」
何故かサクラと兎尾羽さんは口喧嘩を始める。
(どうして、この二人は仲が悪いのだろう?)
猫屋敷さんに視線を送ると、彼女は肩を竦め――仕方が無いさ――と首を横に振った。俺は気を取り直し、『ソウルイーター』へと向き直る。
もう詰みの状態だ。黒い人型からは何の感情も読み取ることはできない。
だが、何も言い返して来ないところを見ると、予想外の展開に――焦燥している――のだろう。
『ソウルイーター』は今、どう逃げるかを考えている筈だ。
同時に、自分を倒すには<聖剣>が必要だ――ということも理解している。
よって――まだ
――なら、俺はそこを突くだけだ。
「安心しろ。俺はお前に危害を加えない。俺の【ステータス】をよく見てみろ!」
既に【フェイク】で<ジョブ>を魔王に『偽装』している。
「マ、魔王様――バ、バカナ……イヤ、ダカラコソ、我ハ、追イ詰メラレテイル⁉」
『ソウルイーター』は跪いているつもりなのか?
姿勢を低くし、ゆっくりと
こんな単純な手に騙されるとは……最早、正常に判断する能力は無いようだ。
「ご苦労だった。もう少し勇者の中に潜伏しているつもりだったが、お前を失う訳にはいかない。さぁ、願いを言え」
「オオ、魔王様……」
人間だったら、感涙しているところなのだろう。
追い詰められたところに救いの手を差し伸べる。
「さぁ、言え! 願いを――」
「身体デス。我ハ、人ニナリタイ。貴方ニ触レテ欲シイ。貴方ニ触レタイ。ダカラ――身体ガ欲シイ……」
それだけ聞くと、可哀想にも思えてくる。
だが残念なことに、俺は助けるべき人たちを既に決めていた。
「――いいだろう」
俺のその言葉に『ソウルイーター』は余程嬉しかったのか、プルプルと全身を振るわせた。
(まるで、スライムみたいだ……)
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