第88話 ヤクモ<魔女の家>:回想
この周辺は気候が安定しているため、温かかな日が続いたのだろう。
魔物が残した毒の影響を確認して回ったが、順調に回復しているようだ。
<マナ>が豊富なため、木々や草花の成長が早いらしい。
家に戻ると、アデルが一人で居た。
「サクラは?」
姿が見えない。俺の問いに、
「あの
と答え、スルリと壁の前に移動する。そして、彼女は魔法を使用した。
すると、何も無かった壁に隠し扉が出現する。
「念の入れようだな……」
苦笑する俺に対し、
「アタシだって、したくはないけれど――あの
「まぁ、確かに……」
返す言葉もない。アデルが隠し扉を開けると、何冊かの本が並んでいた。
「兎に角、ヤクモに――いえ、勇者様に渡しておきたい物があったの」
そう言って、アデルは本棚から一冊の本を選ぶ。
そして、古びた本をテーブルの上に置いた。
俺の<アビリティ>【危険感知】に引っ掛かる。
【鑑定眼】を使用してみると『魔導書』だということが分かった。
どうやら、過去に存在した魔王の一人が所有していたモノらしい。
「道具屋で買えるような『魔導書』じゃないから、手に取って読む際には気を付けてね――まぁ、レベルの上がった勇者様なら大丈夫でしょうけど……」
彼女には、既に俺のレベルが30であることを見抜かれているようだ。
<クラスチェンジ>も可能である。
だが、シグルーンに頼まないと、また拗ねてしまうかも知れない。
「これは?」
『魔導書』に対し、俺に渡そうとした意図を確認する。
「『合成の書』――と言った方が分かりやすいかしら? 魔法抵抗の低い人間の前で本当の名前を口に出すと、精神に異常を
随分と物騒なモノを出してくれる。
正直、その説明だけで、受け取りを拒否したいところだが――
「名前から察するに――魔物を合成できる――ということか?」
「ええ……」
アデルは静かに頷く。<魔物使い>である俺には必要なアイテムのようだ。
「かつてアタシは、『影の勇者』と呼ばれることになる勇者様を召喚した『神子』だったの――『影の勇者』は『暴虐の魔王』である恋人を助けようとしていたわ」
『暴虐の魔王』……知ってはいたが、やはり召喚される時代によって、魔王の特性が異なるようだ。
「アタシも二人が好きだったから、力になろうとしたのだけれど――まぁ、この話は長くなるし、結局は失敗してしまったのだから、また今度ね」
アデルはその二人と俺たちを重ねているのだろう。
「ヤクモは似ているの――最初に見た時は、少し驚いたわ」
勇者にか?――まぁ、もしかしたら、同じ世界から来たのかも知れない。
「魔王様に――」
(そっちか⁉)
アデルはくすりと笑った後、
「アタシが言いたいのは、既に――アタシは死んでいる――ということ……」
また、重たい話を捻じ込んで来た。
シグルーンの時といい、『神子』の昔話は聞いていて、あまり楽しくない。
「生き返った――ということか?」
俺の質問にアデルは頷く。
「ええ、確かに蘇生魔法はあるけれど、普通は勇者でもない限り、死から逃れることはできないわ……。でもね、失われた命と失われていない命、その二つを掛け合わせて、一つの命にすれば――」
(新しい命になる――ということか……)
「つまり――この『合成の書』を使えば、死んだ人間を生き返らせることもできる」
俺の導き出した結論に、アデルは少しだけ、悲しそうに微笑む。
「そうね――アタシは『聖獣』である『白い竜』と一つになった。だから、この姿になってしまったのだけれど……」
後悔しているのか?――と聞こうとして、俺は止めた。
アデルが後悔しているのは、きっと別の事だろう。
ならば、俺がしなければいけない質問は――
「勇者には、<ペナルティ>があった筈だ――勇者はどうなった?」
別に俺は<ペナルティ>を恐れている訳ではない。
ただ、確認する必要があると思った。
アデルが召喚した勇者が『どういう人物だったのか』という事を――
そして、アデルが召喚した勇者が『何故、失敗したのか』という事を――
「そうね、守るべき人間を魔物に変えた……当然、<ペナルティ>が課せられ、【ステータス】が下げられたわ。もしかしたら、いくつかのスキルも使えなくなっていたのかも知れない……」
アデルは遠い目をする。
「もし、アタシを生き返らせなければ、あの二人の運命は変わっていたのかも知れない」
「そうだな――」
黙って聞いているつもりが、つい口を出してしまった。
落ち込むアデル。俺は更に言葉を続ける。
「だが、アデルが生きていてくれたお陰で、俺たちは随分と助けられている。少なくとも、俺たちの運命は変わった。その二人にとっては――アデル――お前が居ない世界に、意味なんか無かったんだろう」
勇者が何をしようとしていたかは分からない。
だがもし、サクラとシグルーン――この二人の命を天秤に掛けるようなことがあれば、俺はどうするだろうか?
――サクラを選んだのなら、きっと彼女に怒られてしまうのだろう。
「アデル、一つ勘違いをしている。勇者はすべてを助けるんだ」
勿論、それが叶わないことも知っている。
だが、だからこそ――
「キミの勇者は、間違ったことはしていない――」
俺は『魔導書』を受け取った。
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