第87話 ヤクモ<神殿>:対決(2)


 俺はその姿を確認するなり、


「やはり、貴方でしたか……」


 と声を上げた。

 予想はしていたし、尊敬もしていた。正直、裏切られた気分でもある。


 だが、俺も皆を騙しているので、お互い様だろう。

 礼拝堂で一人佇んでいたのは暁星あけぼしさん――いや、グレンだ。


「それはオレの台詞だよ、月影くん――いや、ヤクモ――やはり、キミだったか……」


 思っていたよりも落ち着いている。

 大司教の時のように――豹変している――と思っていた。


 ――だが、この方が不気味だ。


「何故、こんなことを――とキミは聞くのだろうか?」


 振り向いたその表情は、憐れみの様にも見える。


「娘を助けるために、多くの人間を犠牲にすることを――俺は悪いことだとは思わない……」


 その台詞が意外だったのか、グレンは一瞬、目を丸くする。

 こんなことにならない様にと、彼らの近くに鹿野さんを置いたのだが、時間が足りなったようだ。


 彼女の<EXスキル>【メンタルサイト】は心の色を見ることができるスキルだ。

 相手の足りないモノを理解し、埋めることができれば――と考えたのだが、無駄だったようだ。


 ――所詮は、高校生の浅知恵でしかない。


 彼女は元々、ファッションや美容関連などで、友達にアドバイスすることが好きだった。異世界転移なんかに巻き込まれなければ、将来は美容師にでもなっていたかも知れない。


 グレンの件は、こんな結果になってしまい、彼女には恨まれてしまうだろう。


「だが、アイカちゃんはそれを望まない――自分のために父親が殺人を犯すことを……」


 そこで漸く、グレンはこちらに正面を向けた。身構える俺に対し、


「そうか、でも最後にはきっとこう言う――助けて――と。残されたオレはどうすればいいだろう……」


「彼女は貴方が思っているほど弱くはない。最後の言葉はきっと――ありがとう――だ!」


 俺は姿勢を低くし、素早く詰め寄る。

 そして、<影>から作り出した剣で一太刀浴びせた――と思っただが……。

 どういう訳か、俺の剣は空を斬った。


「――っ」


(空振り⁉)


「驚いているのかい?」


 とグレン。何故か、俺と紅蓮の位置は最初の状態に戻っていた。

 グレンが手を振りかざしたので、俺は反射的に【バックステップ】を使用する。

 だが――


「ぐはっ!」


 俺とグレンの距離は瞬時に縮まり、至近距離でその攻撃を受けてしまった。

 背中に激痛が走る。声を上げ、床に転がる俺に対し、


「【ダークネスクロウ】――ああ、魔法を使った後に言ってしまった……」


 <闇>の魔法だ。その腕には漆黒の<マナ>で作り出された鉤爪が装着されていた。俺は【シャドウハイド】で影へと身を隠す。


「おや、逃げるのかい?――それもいい」


 グレンは――そうだ、一ついいことを教えてあげよう――と続けた。


「『虚壁の魔王』といったか――どうやら、ゴーレムを神殿の扉に配置したらしい。逃げるのなら――」


 ――【投擲】【フェイク】。


 小石を放った後、槍に『偽装』する。

 グレンを中心に球体に壁が現れ、その攻撃はすべて反射された。


 俺は素早く【フェイク】を解除する――パラパラ――と小石が当たる音がした。


「やはりな……キミは一人で逃げるタイプではない。敵を引き付け。その隙に仲間を逃がす。そういうタイプの人間だ――【ディメンションフォール】」


 今度は手をかざした先に、漆黒の球体を発生させる。

 そして、それを中心に空間を歪めると、周囲の物体を飲み込んだ。

 残されたのは、そこだけすっぽりと無くなってしまったかのような――痕跡のみ。


 ――危なかった……。


 今のを喰らっていたら、一撃で終わっていた。

 祭壇を押さえられている以上、死んでもそこで復活……。

 また殺されて、あっという間に残機はゼロだ。


 ――だが、今のではっきりした。


 グレンのスキルは空間操作系だ。確か『空白の魔王』が居た。

 『虚壁の魔王』と口にしたことから、一連の魔王騒動はやはり繋がっていたと考えるべきだろう。グレンは――何者かに取り憑かれている――と考えるべきだ。


「これは失敗だったかな――」


 とグレン。


さといキミのことだ。今のでオレの手の内が分かってしまったのではないかな……」


 買い被り過ぎだ。俺は姿を現す。


「おや――降参――という訳では無いようだね」


 【フェイク】で怪我を『偽装』――右腕が千切れたように見せる。

 手の内は分からないので、相手の出方を制限させることにした。


 この辺は、サッカーと一緒だ。

 シュートは打たせてやるが、シュートコースは制限させて貰う。


 何処に来るのか分かっていれば、対処は可能だ。


「ああ――でも、今のは危なかった……」


 そう言いつつ、俺はダメージを受けた演技をする。


態々わざわざ、姿を見せた――ということは、何を企んでいるんだい?」


「そっちこそ――いつから俺が一人だと思っていたんだ?」


 俺はそう言って、外套を翻した。

 そこにはアイカちゃん――に【ディスガイズ】で『変身』した『ルビー』――が現れる。


 予想通り、一瞬戸惑うグレン。俺はその隙を見逃さない。

 【シャドウハイド】で再び影に潜むと、【シャドウドール】でグレンの背後に人型を出現させる。


 当然、反応するグレンだが、それは影でしかない。<空間>の魔法は効果を発揮しなかった。俺はグレンの死角から現れると、左腕に持った剣で斬り掛かる。


 グレンが俺の左手を警戒し、位置を入れ替えた瞬間、


 ――【シャドウハンド】【オペレイト】。


 影の腕で動きを封じる。そして、右手の『偽装』を解除する。

 俺の右手には剣が握られ、【封印剣】の準備ができている。それを胸部へ突き立てた。グレンに取り憑いている魔物を『封印』する。



 ――『空白の魔王』の眷属の『封印』に成功しました。



 サクラの魔法を『封印』した時と同じ要領だが、俺のレベルはあの時よりも高い。


「――正気に戻ってくれましたか?」


 はぁはぁ――と息を上げながら、俺は質問する。


「ああ……」


 とグレン。俺は後方によろけつつも、彼の額に手を当て<スキル>【ペルソナ】を使用する。



 ――<ユニーククラス>に『アケボシ グレン』の設定が可能になりました。



 俺はアイカちゃんに『変身』させていた『ルビー』を元の姿に戻す。


「やはり、偽者だったか……」


 身体に相当な負担が掛かっていたのだろう。グレンは片膝を突く。

 立ち上がる気力すら無いようだ。


 当たり前か――<空間>の魔法の適性があるとはいえ、彼は勇者ではない。

 <闇>の魔法と併せ、無理に行使していたのだろう。


 反動で動けないようだ。

 『空白の魔王』の眷属――つまり『魔人』に取り憑かれていたのだ。

 命の危険もある。


 ――ドーン。


 何やら、大きな音と共に振動が響いた。

 狐坂がゴーレムを倒した――と信じよう。

 確か、『毒ガス』と言っていた。それを爆発させたのかも知れない。


(そういうの、アイツは好きそうだ……)


 俺は一先ず、祭壇にある結界の<核>と思しき神像を破壊した。

 破片を回収しつつ、結界が消えたことを確認する。

 これでポータル移動も可能になるだろう。


 ――後は狐坂が扉を開き、街の人たちを収容してくれれば御の字だ。


 しかし、サクラの訓練に付き合った経験が役に立った。

 物理防御無視の一撃必殺。<空間>の魔法。


(もう、戦いたくは無いな……)


 そう思いつつ、俺は【ステータス】より、<ユニーククラス>に二つ目のクラスとして、<アケボシ グレン>を設定した。

 これで、グレンのスキルを覚えられるようになる筈だ。


 スキルポイントを消費し、【魔術:空間】【魔術:闇】を習得し、【クリエイト:無】【クリエイト:闇】の魔法を自動習得する。


 ――いや、『無』を創るの意味が分からない。


 更にスキルポイントを消費し、【魔術:空間】【魔術:闇】のレベルを上げる。

 【トランスファー】【リプレイスメント】【ダークボール】【ダークウェポン】の魔法を自動習得する。


 更に<アビリティ>【空間認知】【空間把握】を習得する。

 これで、<空間>の魔法を使う際、補正が掛かる筈だ。

 同様に<アビリティ>【闇纏】【暗躍】も習得する。


 ――また、勇者から掛け離れて行く気がする……まぁいい。


 すると<アビリティ>【瞬間移動:近】【影移動:速】【潜影:速】【投擲:精密】が派生した。


(気になるが、今は確認している場合では無い――)


 俺はグレンに肩を貸すと、


「本物のアイカちゃんを助けに行きますよ」


 ――【テレポート】。


 <地下迷宮>へと移動した。

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