第五章 俺、全力は出さないでって言ったよな!

第86話 ヤクモ<神殿>:対決(1)


 神殿中央――大聖堂の入口に行くと、扉が開いていた。

 念のため、罠が無いことを確認して、慎重に中へと進む。


 そして、真っ直ぐ伸びている身廊の途中で、倒れている人影を見付けた。

 見覚えのあるその姿に、俺は慌てて駆け寄る。


「美鈴姉……大丈夫?」


「ヤクモ……」


 俺は心底――ホッ――とする。


「キミは、私が泣きたい時、いつも傍に来てくれるのね」


 何を言っているのやら、


「いつも連れ回していたのは、美鈴姉の方だろ?」


「だから距離を取ったのに――こんな結果になるなんて……」


 今の俺に、気の利いた台詞は言えそうにない。


「無理はしなくていい」


 ――【キュア】。


 外傷は無い。『麻痺』か『脱力』のバッドステータスを受けたのだろう。


「うんん――聞いて、私は見付けたの! あのクリスマスの前に……」


「知ってる――いや、予想は付いている。奇跡の回復を見せた子供たち……その情報を集め、隠蔽していたのが、美鈴姉の実家の病院だよね?」


「知ってたの!」


 驚く美鈴姉に、俺は首を横に振った。


「この現状を見るまでは、確証が持てなかった……」


 ただ、俺は美鈴姉の件があったから、『図書館の悪魔』と呼ばれる少女――『猫屋敷ねこやしきなずな』――と出会った。


 彼女に協力する代わりに、助手役を務めることとなる。

 そして、幾つかの事件と遭遇することになったのだが――

 その事件に関与した大人たちは、社会から次々とフェイドアウトしていった。


 ――ある人物は、車で高校生を四人も轢く事故を起こしていた。


(そういえば、彼は美鈴姉の病院の医者だったな)


 ――ある人物は、パワハラで部下に恨まれ、失墜した。


(確かアレは、鷲宮重工の管理職だったか?)


 ――ある人物は、中学生の女子に対して、猥褻行為を行い書類送検となった。


(この事件を解決するために、女装して……アリスに正体が――違った。彼は、奇跡の子供たちを調査するために、学校に潜り込んで居たのかも知れない)


 皆一様に――記憶が断片的なモノ――となっているらしい。

 『ソウルイーター』という魔物が関与していた――と考えるのなら得心が行く。


 猫屋敷さんのことだ。繋がりがあることには気が付いていたのだろう。しかし、『異世界』や『ソウルイーター』の存在までは、流石に見抜けなかったようだ。


「鷲宮重工が関与している事件なら、幾つが知っている。それにジオフロント関連で<スフィア>に反応する人間を探している――という話なら、ネット上では有名だよ」


「じゃあ、最初から……」


「まさか――あの時はまだ、小学生だよ……俺」


 買い被り過ぎだ。苦笑するしかない。


「黙っていてごめんなさい」


 美鈴姉の謝罪に、俺は首を横に振る。


「俺は謝って欲しい訳じゃない。ただ、美鈴姉が無事なら、それで――」


「だから、ヤクモのこと嫌いなの! だって、私を怒ってくれないんだもん!」


 だもん!――て、反応に困る。


「初恋だったからね――年上の綺麗で優しい……いや、そんなに優しくは無いか。寧ろ、不良だったよね? 美鈴姉は……」


「――バカ」


 このまま、美鈴姉を抱えて、綿貫さんの所へ向かいたかったが――


「美鈴姉が俺たちのクラスの担任になったのも、偶然じゃないよね?」


「<マナ>に適性のある人間を学校が集めていたの。小さい頃に魔法の影響を受けると適性が付きやすいらしいわ」


 性格にも問題が出るらしいけど――美鈴姉は苦笑する。


(俺のことじゃ、無いよな?)


「すると、何らかの実験で、街全体に魔法を掛けていたのか――」


「いいえ、<スフィア>の出現に関係があるらしいわ」


 そんな昔――母体の方に影響があった――と考えるべきか?


「当時は魔法も実証されていなかったし、推測でしかないけれど……。そもそも、大規模な魔法を行える程の<マナ>は存在していない筈よ」


(確かに――だがそうなると、<スフィア>と共に異世界人が地球に来ていた可能性が出て来る。目的は勇者を作り出すためだろうか?)


 ――思っていたよりも、壮大な話になりそうだ。


「最初はね、実家の病院で見付けたの。その頃は、ただの黒い塊で、怯えた子供だった――」


 『ソウルイーター』の話か――


「ほら、私、そんなに勉強できないでしょ。だから、頑張ったの――勿論、家のコネもあったけど……それでもね、頑張ったんだよ」


 美鈴姉が一生懸命なのは知っている。ただ、方向性が間違っているだけだ。


「父からは――世界を救済する計画――だと聞いていたけど、嘘だった……。結局、私は彼女の能力を借りて、組織の邪魔をしたわ――でも……」


 悪人の魂を食べたため、『ソウルイーター』自身が狂い始めた――という訳か……。


「信じて、私はヤクモを助けたかっただけなの!――あんな大人たちに利用されるなんて、嫌だったの!」


「俺の所為で、美鈴姉が傷つくのは、もっと嫌だけどね」


「私、最低よね」


「だから、気にしてないって……」


「私は気にして欲しかった! 本当はヤクモと一緒に――いえ、私のことは後でいいわ。お願い……あの二人を助けて上げて!」


 ――二人?


「鷲宮さんは『ソウルイーター』と刺し違えてでも、止めるつもり――それに、愛果ちゃんも、このままだと――」


 なるほど、アイカちゃんが人質に取られているのなら、あの人と戦わなくてはならない訳か――


(やれやれ、結局、俺はいつも美鈴姉の言葉に振り回されている気がする……)


 美鈴姉のお願いなら、俺は無視できない。

 だが、その前に一つ確認しておくことがある。


「ところで美鈴姉。上手く『ソウルイーター』の名前を隠したつもりだろうけど……何て付けたの?」


 プイッ――美鈴姉はそっぽを向く。

 その反応で、答えは明白だ。


「自分と同じ名前の敵と戦うのは、変な感じがする」


「ち、違うの! ちょっとした『出来心』というか、『寂しかった』というか……」


 言い訳する美鈴姉に、


「もう、あの頃の俺じゃないよ。仲間ができたんだ。心配しないで――」


 そう言って、俺は彼女の頭を撫でる。


「////(カー)」


 何やら赤くなっているが、大丈夫だろうか?

 美鈴姉の護衛に『シロ』を召喚し、綿貫さんの元へ向かわせる。


 ――俺が向かうのは反対側だ。


 真っ直ぐ伸びた身廊を進むと礼拝堂があり、長椅子が等間隔に並べられている。

 奥の祭壇には、漆黒に染められた神像がまつられていて、そこには――

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