第73話 シュウヤ<神殿>:遭遇


 先発組と呼ばれていたクラスメイトの半分は――もう出掛けてしまった。

 どうやら、貴族と一緒の学校に通うらしい。


(ご苦労なこと――だよね……)


 式典も終わり、月影くんの手伝いも終わった今――少しだけ、心に余裕がある。

 ボクこと『伊達いたち修也しゅうや』は静かになった廊下を一人歩いていた。


 態々わざわざ、異世界に来てまで学校に通うなんて――物好きな連中だよ。


(笑っちゃうよね……)


 分かっている。一番笑えるのはボク自身だってことは――

 今、ボクは元暗殺者のお姉さんに出された任務の遂行中だ。

 内容は――生徒たちの素行を調査しろ――というモノだった。


(ワケガワラナイヨ……)


 ボクと契約して、キミもボッチになってよ!


(はぁ、虚しい……)


 本当は誰も知り合いのいない神殿で、ボッチを満喫したかったのだけれど……。

 そういう訳にもいかなくなった。

 問題は課題をやらなくても怒られるが――失敗しても怒られる――ということだ。


 だったら、やらなきゃいいじゃん!――とは思うけど、そんな風に開き直れるのなら、ボクはもっと楽に生きている筈だ。


(いや、ダメ人間まっしぐらかも知れない)


 まぁ、何が言いたいのかと言うと、結局――任務を続ける――てことなんだけどね。


 訳が分からない――と言うのも嘘だ。

 ボクの能力や性格は隠密行動や偵察に向いている。


 それは自分でも分かるし、多分、クラスの誰にも負けない自信がある。

 ただ、勇気が無いのだ。


 頭の何処かで――ボクの能力が通用しなかったら、失敗したら――と考えてしまう。


 ここで失敗したら――ボクの居場所は何処にも無くなってしまう――そんな気がする。


 ――お前は強いよ。


 そう言った彼の言葉をボクは思い出す。月影くんだ。

 どいう訳か、彼の中では、ボクと鮫島の戦闘能力は同等の様だ。

 他人から頼りにされるのは、何時以来だろうか?


 少しだけ、くすぐったい気持ちになる。

 これが他の奴だったら――絶対にバカにしている――と考えるのだが、月影くんからは別の何かを感じた。


 彼は不思議だ。

 あの綿貫さんが、ああも楽しそうにしている姿をボクは見たことがない。

 狐坂くんも、誰かの言うことを聞くタイプでは無いのに、彼には従っている。


 彼と一緒だと、ボクも変わることができるのだろうか?


(もう少しだけ、頑張ってみようかな……)


 とは言え、どうしたモノか? 素行を調査させて――とは言えない。

 まずは理由を説明して、協力して貰うのはどうだろうか?


 綿貫さん――彼女のプライベートを知るのはちょっと怖いのでパス。


 狐坂くん――彼もあちこちに罠を仕掛けたり、暇な時は武器を見てニヤニヤしている。やっぱり、怖いのでパス。


 こういう時、ボッチは辛いよね――うん、知ってた。

 さて、後は誰が残っていただろうか?


 歩いていると、鹿野さんを見付けた。最近は一緒に転移してきた研究者の人たちが居る研究棟に出入りしているようだ。

 苦手なタイプだけれど、少し後を付けてみようか……。


(いや、得意なタイプなんていないけどね……)


 スキルで隠密状態になり、姿を消す。

 そして、足音を立てずに後を付ける。


(クラスの女子相手に、ボクは何をやっているんだろうか?)


 彼女はやがて、研究棟へと入っていった。ここからは人が多くなる。

 気配を消すよりも、人に紛れるべきだ。

 そう考え、ボクがスキルを解除しようとした時だった。


 ――スッ。


 何かが動いた。一瞬、見間違いかな?――と思ったのだがそうではない。

 黒い影が鹿野さんの足元に近づく。そして、彼女の影と接近した時だった。

 何やら弾かれたような動きをする。


 黒い影は何度かそれを繰り返したが、諦めたのか、去っていた。


(何だったんだ?)


 考えるに――鹿野さんの影に入り込もうとしたが失敗した――そんな風にボクには見えた。スキルでは無さそうだが、魔物という訳でもないようだ。


 ここは――謎の存在X――とでもしておこう。

 目的は分からないが、失敗したようで何よりだ。


 鹿野さんの<メインクラス>やスキルを考えるに、彼女の能力で防いだ訳では無いのだろう。


 なら、考えられるのは――勇者の影に『存在X』は侵入できない――ということだろう。この件に関しては、後で報告が必要だ。


 さて、この調子で他のクラスメイトの情報も集めよう。


 次は熊田さんかな?――多分、バレても謝れば許してくれるだろうし、食堂に行けば居る筈だ。


 確か――式典の後、パーティーで出す料理の手伝いをした――と聞いたけど、そういうのって、普通の高校生が手伝ってもいいのだろうか?


 食堂を覗くと、予想通り熊田さんが居た。

 高級な食材でも分けて貰ったのだろう――近くの籠には色鮮やかな野菜や果物が積まれている。この分だと【アイテムボックス】にはまだ入っていそうだ。


 夕食の仕込みだろうか? 鼻歌交じりに食材を刻んで――


 ――シュパッ、シュパパッ、ストトトンッ。


 アレ? 見えない……何か高速で動いた気はしたけど……。

 目の前に置かれた食材は、ほぼ一瞬で皮が剥かれ、細切れになっていく。


(これ、アカンやつや!)


 こ、殺される!――何故かボクはそう考え、その場から逃げ出した。


(え? あれ? どういうこと?)


 野菜って、あんな一瞬で刻んだりできるモノだったけ?

 答えはNOだ! きっとスキルに違いない。

 彼女は強力なスキルを持っているのだろう。


 ただ、熊田さん本人は気が付いていない可能性もある。

 きっと、ドラゴンスレイヤーを手渡したら、ヒドラも一瞬で細切れにするだろう。

 再生、何それ? おいしいの?――てレベルだよ。


 犬丸さんもそうだけど、ウチのクラスの女子って怖いわ……。

 取り敢えず、熊田さんの調査はここまでにしよう。

 ノルマを指定されてはいないけど……三人位は調べた方がいいよね。


 後は――鷲宮さんなら怒られないだろう。

 しかし、彼女は何処にいるのだろうか?

 女子寮だと、流石に入るのは遠慮したい。


 こうやって改めて考えてみると、何故か彼女は目立たないように行動している節がある。月影くんの性格なら、彼女をもっと上手に使うと思うんだけど、隠しているような印象を受ける。


(貴族の連中と関わらせたくない理由でもあるのかな?)


 『エリス騎士団』という女性だけのアイドル騎士団を作らせたって聞くし、普通、鷲宮さんをそこに入れるよね。ボクだったらそうする。


 仲が良いのもあるだろうけど、犬丸さんも彼女には一目置いている。

 想像したくはないけど、あの容姿でありながら、彼女は相当強いのだろう。


(ホント、人って見掛けによらないよね……)


 どうやら、鷲宮さんを見付けるのは難しそうだ。

 ボクの推測通りなら、今日は自室辺りで待機しているのだろう。


 気が付くと、木々が少しだけ生い茂っている場所に出た。

 ボクは人気の無い方へ、無い方へと足を延ばしていたようだ。


(これがボッチの習性というヤツか……)


 そろそろ帰って怒られようかな――とボクが思っていた時だった。

 人影を見たので、素早く近くの茂みに身を潜めた。


(アレ? 鮎川先生……)


 一人の様だ。周囲を警戒している。


(まぁ、担任でもいいか……)


 ボクは軽い気持ちで後を付けることにした。

 鮎川先生なら勇者ではないので、強力なスキルを持ってはいないだろう。

 それに万が一、見付かっても――理由を話せば怒られない――と思ったからだ。


(でも、何でこんなところに?)


 どうやら、他に人の気配は無い。

 逢い引きだったらどうしようか?――と思ったけど、その心配は無さそうだ。


 ボクの<EXスキル>【ミスターイレレバント】は、他人から干渉され難くなる能力に特化している。


 ニャー――とでも泣いておけば――何だ、ネコか――となる筈だ。

 屋内に入った先生の移動先を予測し、先回りをして、スキルで部屋に潜む。


 やがて、先生が入って来ると――


「で、どうする気なの?」


 誰も居ない筈の部屋で声を上げた。

 誰か居るのだろうか? 独り言を話すようなタイプとも思えない。


 ボクなんかは、夜中に突然――フガァッ――と意味もなく奇声を上げたくなる種類の人間だ。独り言など可愛いモノよ――クックックッ。


『魔王様が……見付からないとは――』


 男性? いや、女性のようでもある――分からないが、先生の声ではないのは確かだ。そもそも、人間なのかも怪しい。

 誰も居なかった筈なのに、影だけがそこにできていた。


「悪いけど――貴女との約束に魔王を探すことまでは含まれていないから、私は手伝わないわよ」


 ――魔王? どういうことだろう?


 月影くんの話だと、確か、全部で七人いるというラスボスってことになるけど……。先生たちの会話からは――まるでボクたちの中に、その魔王がいる――ように聞こえる。


『まぁ、勇者を全員殺せばいいだけだ……』


「ちょっと!」


『分かっている――月影八雲――彼にだけは手を出さない』


「そういう問題じゃ――」


『そういう約束だ!――六年前のあの日からな……』


「やっぱり、貴女……変わったのね……」


『何もできなかったお前に、我は力を貸した――少年を助けたい――というお前の願いを叶えた』


「そうね。高校生だった私は、偶然――魔人を研究している機関――が存在することを知った。私の父の病院は、魔人へと至ることできる子供たちを探す手伝いをしていた」


『我も最初は、魔王様とこの世界に戻ることだけを考えていた』


「貴女は人に取り憑き、その魂を喰らう――最初は記憶を読み取る程度だったのに、それが人を昏倒させ、操り、入れ替わりまで可能になるなんて……」


『そう、我は知った。人間の愚かさを――自分の欲を満たすためなら、何処までも残酷になれる存在だということを……』


「だから、人間を滅ぼすの?」


『それは魔王様の仕事だ――ただ、お前が我に教えてくれたのだ。お前が我を造り出したのだ――礼を言う。さようならだ』


「そうね――貴女にはもう、私は必要ない。ヤクモを助けてくれるというのなら、こんな世界、好きにすればいいわ」


 ――何だか、大変なことを聞いてしまった。

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