第74話 テッペイ<神殿>:屋外


「ねぇ、聞いてる?」


「はいはい、惚気だろ」


「いや、レンレンの話」


「だから、惚気じゃねーか……」


 今、オレに話し掛けているのは、『鹿野かの結愛ゆあ』というクラスの女子だ。

 別に仲がいい――という訳じゃない。むしろ、ほとんど話したことがない。

 どうやら、隊長が不在の場合、オレに相談するように言われているらしい。


 ――どう考えても人選ミスだろう……隊長はいったい何を考えているんだ?


 オレ『狐坂こさか鉄平てっぺい』が隊長『月影つきかげ八雲やくも』と関わるようになったのは、約一年前になる。それは高校に入学して、最初の夏休みだった――


 ▼


 ▽


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 オレはネットや書籍で調べた知識を使い、近くの山に罠を張り、遊んでいた。

 別に動物を捕まえようとか、人を罠に掛けようとか、そういう訳じゃない。


 ただ、こういうことが好きで、試してみたかっただけだ。

 誰だって、使える知識や技があれば、人前で披露したくなるモノだろ。


 オレの場合は、加えて『オタク』という属性があった。

 趣味に対して、金や時間、リスクを惜しみなく費やせる人種だ。


 勿論、サバゲーでもいいが、本格的に始めると色々と物入りになってくる。

 高校生には車も無ければ、金も無い。この時点で詰みだ。


 また、遊ぶにしても、他人とコミュニケーションを取らなくてはならない。

 どうにも、オレはそういうのが苦手らしい。

 結局、嫌な思いをするのなら、FPSで十分ということになる。


 オレは人間が嫌いだし、できることなら関わりたくないと思っている。

 その点『武器』はいい。カッコイイし、ずっと見てられる。

 手に馴染む重さといい、硬さといい――ロマンがある。


 そんな時だ。事件が起こったのは――オレの仕掛けた罠で動物が死んだらしい。

 何処ぞの金持ちのペットらしく、学校へも連絡がいって大騒ぎになった。


 だが、オレは問題になるようなことはしていない。

 作った罠はすべて回収しているし、誰かが怪我をするようなモノは作っていない。


 それなのに、ペットとやらは血を流して死んでいたらしい。

 大方、その金持ちは恨みでも買っていたのだろう。

 自業自得だ。


 ――だが、それはオレも同じだった。


 誰にも信じて貰えない。

 周りの連中も、すべてをオレの所為にすれば――解決する――と思っているようだ。ついでに、退学にでも追い込んで、厄介払いをしたかったのだろう。


 ――魂胆が見え見えだぜ。


 まぁ、それでもいいと思ったが、事件はあっさりと解決した。

 犯人はその金持ちの会社の部下で、パワハラが酷かったことが原因らしい。


 ペットを殺しても、器物破損にしかならないので、その社員は罰金を払ってお終いという訳だ。当然、会社は辞めただろうが、そこまで精神を病んでいたのなら、辞めて正解だ。


 その金持ちは、会社でのパワハラを世間様に公表される結果になったが、反省しているかは謎だ。

 多分――ああいう人間は一生ああなのだろう――とオレは思ってしまう。


 その後、どういう訳か、その金持ちが罠に掛かっているところを発見された。

 片足をロープで縛られ、木の枝から逆さにぶら下がるという古典的なヤツだ。

 オレは自宅に謹慎中のため、山には行っていない。


 結果、あの山では――オレ以外にも罠を仕掛けている人間がいた――という状況が出来上がった訳だ。


 ペットを殺した真犯人は捕まり、罠もオレが仕掛けたのではない可能性があるのだとすれば、学校側は――ウチの生徒ではない――と言い張るだろう。


 ――オレを犯人にしてしまうと、学校の評判が下がるだけだからな。


 つまり、体のいい手のひら返しである。

 オレは反省文の提出と厳重な注意、それから――もう罠を仕掛けない――という約束をさせられた。


 謹慎が解け、学校へ戻ったオレは月影を探した。


「あの木には、悪いことをしたかな……」


 本当にそう思っているのかは分からないが、ゴミ捨てをしている月影を見付けたので近づくと、そう言われた。


 ――コイツは後ろに目でもあるのだろうか?


「園芸部の手伝いだよ。木を隠すなら森の中、証拠を埋めるなら土の中――」


 何を花壇に埋めたのやら――いや、コイツなりの冗談か?

 生徒たちの間では既に噂になっていた――また、月影が厄介事に首を突っ込んだ――と。


 恐らく、本当の意味で真相を突き止めたのは、猫屋敷のチビだろう。

 彼女は――自称<名探偵>。図書室の妖精。叡智の書。

 色々と変な噂の絶えない人物だ。


 奇人変人という意味でなら、オレよりも上の存在だろう。

 そして、月影と仲が良い。

 当然、ここまで情報が揃えば、バカなオレでもおおよその検討は付く。


「なぁ、何でオレを助けた?」


「助けたつもりはない。全員を被害者にしただけだよ。誰も得をしなかった。それで納得はできないか?」


「お前も得をしていないだろ……」


 月影を探し出す前に――コイツがどういう人間なのか――少し調べた。

 中学の頃は、獅子王とサッカー部に居たそうだ。

 目立つ存在ではなかったが、それは獅子王が居たからだろう。


 スポーツにはあまり興味がないが、『ボランチ』と呼ばれるポジションだったみたいだ。積極的に点を取りに行くタイプではないが――アイツがチームに入ると、自然と試合運びが楽になった――と元チームメイトは言っていた。


 獅子王のお陰も大きいのだろうが、ジャイアントキリングとして、注目される程度には強かったようだ。何故、サッカーを止めたのかまでは知らない。

 ただ、そんな奴が――どうして、オレなんかを――と不思議に思ってしまう。


 オレの言葉に、月影は少し考えた素振りを見せると、


「だが、俺たちはチームだ」


「チーム?」


「そう、同じクラス――いや、同じ部隊――と言った方がいいか? だから助けた」


 オレに合わせて言葉を選んだのか?――意味が分からない。


「だから! お前に何の得が――」


「戦友を助けるのは、そんなに変なことだろうか?」


 月影の言葉に、オレは納得してしまう。確かに、戦友なら助けるべきだ。

 奇怪しいことはない。一人でも多く生き残れば、また明日も戦える。


「これから収穫なんだ。お前も手伝え」


「食料の調達任務だな……」「そんなところだ」


 どうやら、オレは他人よりも手先が器用で土いじりも苦ではないらしい。

 そんなこと、今まで考えもしなかった。


 日常は退屈で、同じ日の繰り返しでしかない。

 しかし、気が付いた時には、オレは園芸部で重宝される存在になっていた。


 今思えば、あのタイミングでオレが話し掛けるのを、月影は分かっていたのかも知れない。まるでアイツの魔法にで掛かったような不思議な感覚だ。


 ――でも悪い気はしない。


 サッカー部の連中が言っていた意味をオレは理解した。

 その日から、月影――いや、隊長について行くことをオレは選んだ。

 損得の話じゃない。隊長がオレと関わって良かった――そう思える存在になろう。


 ▼


 ▽


 ▼


「なあ、鹿野――」


 畑の雑草を取りながら、オレは質問する。


「何?」「隊長はオレの事、何て言ってた?」


「ヤクモっちが――」


 鹿野は――うーん――と頭を捻ると、


「アイツは不死身だから、扱き使うくらいが丁度いいって――」


 なるほど、笑える。『不死身の傭兵』という訳か。

 実際にそう言われた訳ではないが、そう思うことにした。

 その方がカッコイイからだ。


「犬丸が隊長に付けた渾名――オレは嫌いじゃないんだ」


「サクラっちが――ああ、アレね」


 思い出したのだろう。鹿野は――にっしっしっ――と口元に手を当て笑った。


「あーしも! いーえてみょー? ってヤツ?」


「だからオレは、この世界でもあの渾名を広めようと思う」


 まずはそのために、鹿野の話を聞く必要がある。

 鹿野が恋心(本人は否定)を抱いている紅蓮という研究者の様子が『変』らしい。

 環境が変わったのだ。人間、ストレスとかで奇怪しくなることもあるだろう。


「何故、そこまで疑う?」


「だーかーらぁ……あーし、そういうの見える系っていうか、色がいつもと違う感じ?」


 コイツの言っていることは良く分からない。

 まぁ、オレも他人の事をとやかく言えた義理ではないが――


 つまり、鹿野は相手の精神状態などを把握するスキルを持っている――ということか……。


 オレから言わせれば――相手の考えが分かる――というのは物凄いアドバンテージなんだが――


 でも、隊長がそれに気が付いていない訳がない。

 それを態々わざわざ先発部隊から外し、シグルーンという少女の護衛に付けた。


 綿貫も一緒だ。

 アイツのシェルターを造り出すスキル。明らかに戦場向きだ。


 ――助けて、綿貫えも~ん。


 という絵面が簡単に浮かぶ程だ。余程、その少女のことが大切なのだろうか?

 それとも、エリスという女を信用しているのかも知れない。


 ――恐らく、その両方だろう。


 先日の見世物は面白かった。

 オレのトラップにああいう使い方があるとは、やはり、隊長と居ると退屈しない。


 オレは必要なモノを幾つか鹿野に頼んだ。

 錬金術師アルケミスト用工房なら、綿貫が造り出せるらしい――なるほど、二人を組み合わせたのはそういうことか。


 その後、鹿野と別れると、神殿の裏手へ移動した。

 どうにも、オレの罠に掛かった間抜けが居るらしい。


 オレはソイツを見付けると、思わず笑ってしまった。

 あの時のいけ好かない金持ちと同じ格好で、木の枝に逆さでぶら下がっていたからだ。


「おいおい。今日は随分と大きな獲物が掛かったな!」


「い、い、い、いいから降ろして……」


 今にも泣きそうなか細い声で、伊達いたちは訴えた。

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