第75話 シュウヤ<神殿>:孤立
――えらいこっちゃ、えらいこっちゃ!
早く誰かに、この事を知らせないと――誰に?
ボクは立ち止まる。いったい、何が大変だというのか……。
ボク一人で逃げれば、それで解決する話だ。
いつもそうだった。ボクは孤立している。
それはこういう時のためだった筈だ。
誰とも関わらず、一人で居れば、苦しい思いも、辛い思いもしなくて済む。
――済む筈だったのに……何だろう?
(この焦燥感は……)
ボクが聞いた話はこうだ。
――既に準備は整っている。
――魔王たちとの話は付いている。
――この国へ総攻撃を仕掛ける。
あの影のような魔物はそう言っていた。
会話の内容から推測するに、あの魔物は地球に居た時から、ずっとボクたちを観察していたのだろう。
そして確信したのだ――ボクたちの中に、魔王に足りうる器の人間がいることを。
あの魔物が探しているのは『七人目の魔王』だ。
鮎川先生がボクたちを裏切っていた本当の目的は――月影くんを助ける――ことらしい。だが、そもそも彼は助けを必要とするタイプの人間ではない筈だ。
彼には仲間がいて、友達がいて、好きだと言ってくれる女の子がいて――
――違う……そんなことじゃない。
彼はいつも誰かのために動いていて、面倒事に巻き込まれていて、いいように使われていて――ボクを強いと言ってくれた。
ひょっとして、ボクが……ボクだけが、そんな彼を助けられるのではないだろうか?
――それはカッコイイことなのかも知れない。
思えば、ボクはいつも他人との間に線を引いていた。
ボクはアイツらとは違うから――と割り切る振りをして、いつも諦めていた。
でも、今は違う。
彼はボクの短所を長所だと言ってくれたじゃないか。
目立たず、大人しいことが、この世界では武器になる。
他人の目を気にすることが、この世界では身を守る術となる。
相手と距離を取ることが、この世界で生き残るための
――そうだよ。今までみたく姑息でも卑怯でもいい。
それがこの世界での――ボクの強さ――になる。
ボクは覚悟を決め、一歩を踏み出した。
――ヒュン。
「へ?」
トラップだ。右足にロープが絡み付き――ピン――と音を立てて張ったかと思うと、次の瞬間、ボクの身体は逆様の状態で宙吊りになっていた。
「ひぃ~っ」
情け無い声を出す。
まったく誰だよ! こんなところに罠を仕掛けた奴は――
(いや、狐坂くんしか居ないんだろうけど……)
その証拠に、
「おいおい。今日は随分と大きな獲物が掛かったな!」
狐坂くんが直ぐに現れた。
笑うなんて酷い――いや、逆の立場なら、ボクもきっと笑うと思う。
「い、い、い、いいから降ろして……」
「へいへい」
狐坂くんがロープを切ると同時に、ボクは――トサッ――と地面に落ちた。
(痛い――いや、それよりも……)
「大変なんだ!」
――
ボクは急いでいたので、そのまま這う。
そして、狐坂くんの足を掴み縋る。
「このままじゃ、皆が危ない!」
「まぁ、待て――オレも話したいことがある」
ん? 彼が相談なんて珍しい。単独行動は彼の十八番の筈だ。
「綿貫えもん――じゃなかった。綿貫にも相談しよう」
ボクは立ち上がると、服に付いた土や草を払い落とす。
そして――
「キミ、変わったね……」「お前もな」
と返された。ボクが?――どうやら、今日のボクは驚かされてばかりの日らしい。
確かに、月影くんのアイデアを元に色々と脚色し、月影くんとジュリアスって人の大立ち回りの演出をしたのは彼女だ。
漫画を描いているのは知っているけど、そういう才能もあったようだ。
だから、バカなボクたちだけで考えるよりも――綿貫にも聞いて貰おう――ということらしい。
何とも、狐坂くんらしからぬ発想だ。
しかし、自分で自分のことをバカと言うのはいいが、他人から言われるとイラッとするのは何でだろう?
緊急事態なので、ボクたちはこのまま女子寮へと押し入った。
ボク一人だったら絶対に無理だけど、こういう時の狐坂くんは頼りになる。
流石は空気を読まない男だ。
そんな彼にも常識はあったようで、部屋前まで来るとノックをした。
すると――
「はいでござる」
「オレたちだ。悪いが緊急事態だ。開けてくれ!」
狐坂くんの台詞でドアが開くと、出て来たのは初めて見る女の子だった。
白を基調とした騎士の鎧姿であることから、例のアイドル騎士団の団員だろう。
同じ騎士団員である綿貫さんのところに遊びに来ていたようだ。
月影くん曰く、下級貴族の令嬢が箔を付けるために集まって来たそうだ。
確かに気品がある。髪にはウェーブが掛かっていて、髪を撫でると、
――シャランラ。
そんな音が聞こえてきそうだ。
思わず、狐坂くんも口笛を吹いた。いや、失礼だよ。
ボクは低姿勢で、
「あ、あのー、綿貫さんをお願いできますか?」
と質問した。美少女との会話は緊張する。
え⁉ ただの挨拶だって? ボクにとっては会話なんだよ!
その少女は首を傾げると、
「何を言っているのでござるか? 伊達氏……」
あれ? 奇怪しいな。
目の前の美少女から、クラスのオタク女子の声がするよ。
「え、えっと、ボクの知っている綿貫さんは、キ、キノコが眼鏡を掛けたような女の子なんだけど……」
目の前の美少女は無言で【アイテムボックス】から眼鏡を取り出すと――スチャッ――と装備する。この世界に転移して、ボクたちの視力は改善されていた。
そのため、メガネはアクセサリーとしての要素が強く、視力を向上させるよりも、【ステータス】を補正するために着用するモノとなっていた。
どうやら、変装の効果もあったようだ。
思考が追い付かず、一瞬、時間が飛んだような気がした。
もしかしたら、スキルで攻撃を受けているのかも知れない。
「狐坂氏も、どうしたでざるか?」
「ニイタカヤマノボレヒトフタマルハチ」
トラ・トラ・トラ!――いや、違った。
「起きろ! 攻撃されてる!」
ボクは狐坂くんを揺り動かす。
これには、流石の綿貫さんも怒ったようだ。めっさ睨まれた。
(でも可愛い……)
しかし、女という生き物は化粧をしたり、髪型を変えるだけで、こうも変わるモノなのだろうか? 不覚にもこれが、今日、一番驚いた出来事だった。
――やっぱり、女は怖い。
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