第三章 神殿都市テールリスク

第76話 ヤクモ<魔女の家>:旅立ち


「あら、もう出掛けてしまうの?」


 とはアデルだ。

 サクラの修行のため、俺たちは一度『魔女の森』に戻って来ていたのだが――


「ああ、急な呼び出しがあった」


 身支度を整えながら、俺は静かに答える。


 『白亜の森』での一件と完了した依頼を報告するため、一度、『冒険者ギルド』に顔を出したら、このザマだ。


 新しい任務が下り、俺は早々に、サクラを迎えに戻って来た。


 この世界における冒険者とは、所謂いわゆる、公務員みたいなモノらしい。

 強力な武器や道具を所有し、魔法という異能の力を使い、精霊や魔物を使役する――そのため、国で管理する必要があるのは当然だろう。


 ゲームや小説などで良く出て来る冒険者は、この世界では『ハンター』と呼ばれる職業の方が近い。


 一攫千金を夢見て、ダンジョンや秘境の探索に挑むそうだが――自由である分、それ相応の危険が伴う訳だ。

 また、一部の魔物を専門に狩ることに特化した人材も多いという。


 まぁ、何が言いたいのかというと、公務員が御上の言うことに逆らえないように――冒険者はギルドからの依頼を断ることはできない――ということだ。


 勇者であれば猶更なおさらだ。

 普段から他の冒険者よりも優遇されている分、依頼はしっかりとこなさなければならない。信頼を積み重ねるのには時間が掛かるが、崩れ去るのは一瞬だ。


 とはいえ、一度、神殿へ戻り情報の整合性を確認した方がいいだろう。

 詳しい話を聞いてはいないが――至急、俺たちに対処するように――と連絡が入ったそうだ。


 ――勇者の緊急出動となれば、魔王軍の進撃と考えるべきだろう。


(もう少し、余裕があると思っていたのだが……)


 やれやれ、一つ問題が片付くと、また新しい問題が発生する。


「ところで、彼はさっきから、あんなところで何をやっているのかしら?」


 見送りに出て来たアデルが窓枠にもたれ掛かり、頬杖を突いて不思議そうに見詰めている。視線の先には、少し離れた木の後ろに隠れたまま、一向に近づこうとしない青年兵士の姿があった。


(いや、お前がこの間、脅かしたからだろう……)


 どうやら、すっかり忘れているようだ。


 『冒険者ギルド』で会ったので、道すがら話を聞くために連れて来たのだが、失敗だっただろうか?


「……気にするな」


 と俺はアデルに告げる。

 彼の情報によると――各地で一斉に魔物が暴れている――とのことだった。


 魔獣の存在は無く、何とか対処できているが、数が多いため戦線が崩壊するのは時間の問題らしい。


(妙な話だ――複数の場所で魔物騒動が一斉に起こるとは……)


 青年兵士からの情報では――至急、勇者たちを見付け次第、各地に派遣するように言われている――との話だった。


 たかが魔物程度で奇怪しな話だ。勇者を活躍させたい――という貴族連中の指示だろうか? 自分たちの領地で勇者が活躍してくれれば『お礼に』と自分の屋敷に招く口実ができる。


 勇者とはいえ、所詮は十代の少年少女だ。

 取り込むのは簡単だ――とでも考えているのだろう。


「どうしたんですか?――ヤクモ」


 沈黙していた俺にサクラが問い掛ける。

 どうも、最近サクラを意識してしまう。


 身長差から上目遣いで見詰められる形になるからだろうか。

 妙に可愛いと思ってしまう。


(まぁ、その幻想も戦闘が始まれば、壊れてしまう訳だが――)


「恐らく陽動だな……貴族連中を上手く焚き付けることで、勇者たちを分散させるのが狙いだろう」


 今回の依頼の裏には、そんな意図があるのだろう。

 だが、どうやって魔物を用意したのか……。


 ――いや、簡単だ。


(今回も、魔王が絡んでいる――)


 と考えるべきだろう。

 『異質の魔王』といい、『腐敗の魔王』といい、共通する法則性は無いが、何かの意思に沿って行動を起こしているように感じる。


「アデル、複数の魔物を操ることに特化した魔王はいるのか?」


「基本、すべての魔王が配下を従える能力を持っているわ。ただ、数を揃えるとなると『滅牙の魔王』ね。獣を従えている筈よ」


 と教えてくれた。


 ――『虚壁の魔王』はゴーレム。


 ――『無法の魔王』はアンデッド。


 ――『空白の魔王』は魔人。


「そして、『破壊の魔王』は――」


 アデルは言い掛けて、サクラを一瞥した後――必要ないわね――と言葉を濁した。


「調べてくれたのか?」


 俺の言葉に彼女は首を横に振ると、


「貴方、【信仰】のレベルを上げたでしょ。それで、女神様が夢に出て来て教えてくれたわ」


 どうやら、あの自称<女神>も少しは役に立つようだ。

 シグルーンと同じで、やはり、アデルも神子の資格を持っていたようだ。


「アタシも、森をこんなにされては――ね」


 確かに、あの魔物の毒の影響はまだ残っている。

 アデルも浄化の魔法を使えるようだが、余程、強力な毒だったらしい。


 しかし、そこまで分かっているのに、敵の姿が見えて来ないのがもどかしい。

 もう少しで点と点が線で繋がりそうなのだが――


「やはり、敵の目的が分からない」


 勇者の各個撃破――そのために戦力を分散させたのか?

 いや、それだけでは無い気がする。


 こういう時は――情報が足りていない――と考えるべきだろう。

 結局、最初の考え通り――神殿へ戻る――という結論に至る。

 どの道、俺一人では手に余る問題だ。


「サクラ、俺たちは神殿に戻るぞ!」


「へ? 助けに行かないんですか?」


 疑問を頭に浮かべるサクラに対し、


「戦局を見誤ると『魔王』と戦う前に、人間の手によって全滅させられる可能性がある――まずは情報を集めて作戦を立てたい。被害に遭っている人々には悪いが、俺たちでは、すべての人間を助けられない」


「でもっ……」


 とサクラ。俺はサクラの両肩に手を置くと、その瞳を見詰め、


「頼む! サクラ……俺にはお前が必要だ! 一緒に来てくれ!」


「(キュン♥)わ、分かりました!」


 少し卑怯な手を使ってしまったが、仕方が無い――お前の罪は俺が背負おう。


 どの道、俺たちは他の街や村々を巡っていないため、ポータルでの移動ができない。遊撃可能な先発組に任せるしかない状況だ。


「獅子王や鮫島がいる。問題は無い」


 だが、そんな俺の言葉に、サクラは不満があるようだ。


「レオくんは兎も角……何で、鮫島を信用しているんですか?」


 どうやら、サクラの中で鮫島は信用されていないらしい――いや、女子の間では――だったな……。自業自得なので、同情の余地は無い。


「アイツは――やる時はやる奴だよ」


 ふ~ん――とサクラ。まだ、不服な様子だ。

 それでも、俺の言葉なので従ってはくれるだろう。


「何だか、男の子同士のそういう関係には嫉妬をしてしまいます!」


 良く分からないが、サクラは頬を膨らませた。


「普段は仲が悪いクセに、こういう時だけ、どうして言葉を交わさずに信用できるんでしょうか?」


 と俺にではなく、サクラはアデルに視線を送る。

 アデルは同意するも――不思議よね。でも、そこがいいのよ――と微笑んだ。


「――という訳ですまないなアデル。サクラの修行の途中だが、俺たちは一度、神殿に戻る……」


「そう……」


 何だが少し寂しそうだ。

 本来なら――ついて来て欲しい――と頼みたいところだが、魔物の特徴を持つ彼女の外見では難しい話だろう。


「えぇーっ! 一緒に行かないんですか⁉」


 驚くサクラに、俺は――無理を言うな――と諭す。


「アデルの外見に怯える人間も居るだろう――それに、心無い言葉を掛ける者も居る」


「そ、そうですね……(しゅん)」


 サクラ自身にも、経験があるのかも知れない。

 気にしないで――とアデル。


「気を落とすな……」


 俺はサクラの頭を撫でると、


「じゃ、また来る」


 アデルに別れを告げる。サクラも気を取り直し、


「では、行ってきます!」


 と元気に手を振る。こうして、俺たちは森を後にした。

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