第63話 ヤクモ<白亜の森>:戦闘(2)

 黒いブヨブヨの魔物に『厳つい大男』が飲み込まれようとしていたので、


「五百エグルで助けてやるが、どうする?」


「またお前か!」


 男は俺に驚いた拍子に体勢を崩したのか、更に飲み込まれて行く。

 南無――


「まだ死んでねーよ! た、頼んむ。助けてくれ!」「わかった」


 今回は追加料金を取るのは止めておいてやろう。

 既に展開していた【クリエイト:影】に【シャドウスワンプ】を使用する。

 小規模だが、漆黒の影沼を作り出す。そして【シャドウハンド】を展開した。


 大男だけではない。他にも飲み込まれている連中に影の手を伸ばし、その影の中へと取り込む。そうすることで、黒いブヨブヨから救い出した。


 助けた連中は――息も絶え絶え――といった様子で、質問しても回答は無理そうだった。


 俺は一人だけ守られ、無事だった貴族の青年に――これで全員か?――と問う。


「あ、ああ――」


 突然の俺の登場に驚いているのか、魔物の脅威に恐怖しているのかはわからない。

 状況としては――魔物討伐に来て、予想以上の戦力差に追い詰められた――というところだろう。


 腑に落ちないのは、彼らが全滅寸前という状況だ。

 貴族なら、レベル30はある筈だ。

 俺は改めて、黒いブヨブヨを【鑑定】した。


―【プロフィール】――――

名前:-  性別:-  年齢:-

レベル:20  分類:魔法生物  属性:腐

メインクラス:コロージョンスライム

スタイル:-

サブクラス:-

ジョブ:魔獣

ユニーククラス:スライム

タイトル:黒いブヨブヨ

―――――――――――――

腐敗の魔王の手下。

―――――――――――――


 『腐敗の魔王』――『異質の魔王』とは別の魔王が出て来たようだ。

 貴族の青年は、ある程度の推測はできていたのだろう。

 だから、<魔法使い>を探していた――と考えるべきだ。


 ――ただし、『冒険者ギルド』での遣り方は強引だ。


 結果、今こうなっているのだろう。


 【鑑定】した魔物の名前から能力は推測できる。

 対処としては焼き払うのが一番だが――<火>の魔法を使えるのはサクラだ。


 ――いや、ダメだ。森が火事になる未来しか見えない。


 例え、俺が<火>の精霊と契約しても、森で<火>の魔法を使うことはリスクは大きい。また、聖域だというのに空気が悪い。『瘴気』というヤツだろうか?

 このスライムは聖域を侵食するために送り込まれた――と考えるのが妥当だろう。


 つまり、『腐敗の魔王』はバカじゃない。

 効果的な方法を選んで、世界を支配しようとしている。

 いや、今はその推測は止そう。


 俺は魔物たちの中央に鎮座する一際大きなスライムを見る。

 アレはもしかして――


「ヤクモ、あの大きいのから、シロのお母さんの匂いがするそうです」「クーン」


 ――やっぱり……。


 正直、甘く考えていた。ルビーを召喚すれば何とかなると思っていた。

 だが、魔王の狙いは聖域を侵食して、魔域に変えることだ。

 聖域がこの世界に対し、どういう役割を担っているのかはわからない。


 だが、魔域に変えられるのは不味い――それだけはわかる。


(さて、どうする?)


 ルビーを召喚しても、敵に取り込まれる可能性の方が高い。

 数も質も、圧倒的に向こうが有利だ。


 最も有効な手立ては聖剣だが、<剣>の精霊は未だ力を失っている。

 <力>があれば――<力>が?


 俺は<剣>の精霊と<力>の精霊にコンタクトをとる。



 ――力を取り戻す……一時的には可能。


 ――我も異論はない。だが、レベルが低いお主では、制御が難しいだろう。


 ――同意、反動で動けなく可能性:大。



 それでも、やるしかないだろう――【クリエイト:力】。

 <剣>の精霊を呼び出すと、彼女に力を与える。

 すると精霊は幼い少女の姿から、若い乙女へと姿を変える。



 ――<剣>の精霊は力を取り戻し、<聖剣>の精霊になりました。


 ――【コントラクト:精霊】が解除されます。


 ――【ハイコントラクト:精霊】を習得します。


 ――<聖剣>の精霊と契約します。成功しました。


 ――<アビリティ>【魔術:聖剣】を自動習得します。


 ――<魔法>【クリエイト:聖剣】を自動習得します。



 俺はサクラに偽装の<魔法>【フェイク】を使用する。

 分類を『人間』から『聖剣』に偽装する。

 更に、【クリエイト:聖剣】をサクラに使用する。


 サクラが白い光に包まれた。


「はわわ? こ、これはいったい?」


「説明は後だ。ぶっ飛ばせ!」


 俺はそう言って膝を突いた。MPが無くなった訳では無い。

 APとTPを使い果たしたのだろう。どうやら、暫くは動けそうにない。


 ――低いレベルで、高位のスキルを使用するとこうなるらしい。


 聖剣となったサクラは、素手でスライムたちを一掃して行く。

 触れるモノはすべて浄化されるようだ。

 この間に、俺はプリムへ、救出した冒険者たちの回復を頼んだ。


 聖域から黒が淘汰され、真っ白な世界へと戻って行く中、俺は何故かアリスの言葉を思い出していた。


 ――五月ちゃん。発酵と腐敗の違いはわかる。人間にとって良いか悪いか、それだけの違いなんだって……。


 なるほど、美味しいパンを焼くのも、今、聖域を侵食しているのも同じとは――笑えてくる。後でサクラにも教えてやろう。アイツのことだから、


「パンは美味しいのに、それをこんな悪いことに使うだなんて許せません!」


 と憤るのだろうか? そんなバカげたことを考えるだけで、力が湧いてくる。

 俺はまだやれる。サクラを一人で戦わせてはダメだ。

 アイツの戦い方は、他人も自分も傷付けてしまう。


「シロ……」「クーン」


 俺の意図を理解しているのかはわからないが、子犬は先程から、俺の直ぐ傍で鎮座していた。その毛玉に【テイム】を使用する。抵抗する様子は無い。

 当然、成功する。



 ――ホワイトウルフはヴァニティウルフへ進化しました。



 真っ赤な毛並みの狼になってしまった。体格も一回り大きくなっている。

 これではシロではなくアカだ。サクラに驚かれてしまうだろう。


「俺を運べ……サクラとお前の母親を助ける!」


 シロは俺をくわえると、反動を付け、器用に背中へと乗せた。


「待て! 貴様っ、何処へ行く気だ⁉」


 貴族の青年に問われたので、


「サクラを――彼女を助ける」


 と答えた。


「何故だ? あの者は優勢だぞ――動けない貴様が行ったところで……」


 彼なりに俺を心配しての言葉だろう。だが、


「それは違う。奴らの能力は相手を侵食し、腐らせる能力だ。サクラはダメージを受けながら戦っている」


「……」


 貴族の青年は押し黙る。

 サクラのことだ。きっと、自分の腕が腐り落ちるまで――いや、その時は足で戦うのか……。きっと彼女は止まらない。


「お前は仲間を――いや、部下だったか。そいつらの心配をしてやれ……行くぞ、シロ」「ワフッ」


 俺は貴族の青年に向けそう言うと、シロに声を掛けた。だが、


「待て! 【オールフェザー】」


 貴族の青年が、何やら俺たちに魔法を使用した。


「飛躍の魔法だ。身体が軽くなり、幸運の値も向上する。このゲオルク・フェザーブルクが手を貸してやったのだ。さぁ、あの者を助けるがよい!」


 フェザーブルク?――そうか、確かにエリスに似ている。

 俺は軽くなった身体で何とかシロにしがみつくと、軽やかにシロは駆け出した。

 なるほど、これなら何とかなりそうだ。


 一方、サクラに恐れをなしたのか、それとも、一定数まで減らされると一個所に集まる習性なのか、スライムたちは中央の大きな塊の元へと集まり一体化する。


 丁度いい――俺はサクラの名前を呼ぶと、先程、こっそり確保していた『魔晶石』を放り投げた。


「(パシッ)これは?」


 見事にキャッチするサクラに、


「一発で決めてくれ!――【テイム】」


 サクラへの指示と同時に【テイム】で巨大なスライムの動きを止める。

 数秒でいい。相手を逃がさなければ。


 サクラのあの技は、溜めに時間が掛かる。

 加えて、相手はブヨブヨとした不定形な存在だ。

 姿形を変えられると厄介だ。


 俺はありったけの魔力で魔物を抑え込む。一方で、


「<魔力>は――拳に……込める……モノ!」


 サクラが拳より一閃を放った。

 『正拳突き』ならぬ『聖剣突き』だ――いや、上手くはないな。


 その衝撃波だけでも、すべての瘴気を吹き飛ばすには十分な威力だ。コロージョンスライムは一掃される。

 そして、その場に残されたのは一匹の巨大な白い狼だった。


 一方、吹き飛ばされた俺はというと、


 ――何処のどいつだ? 幸運の値が上昇すると言っていたのは……。


 プラプラと木の枝に引っ掛かっていた。

 いや、運が良かったから、木の枝に引っ掛かったのだろうか?


「アッハッハ、無様だな」


 とはゲオルク。いや、お前も転がされたていただろう。

 顔や髪が土で汚れているぞ。


 いや、そんなことはどうでもいいから、降ろして欲しい。

 未だ身体の自由が利かない。


「だが、気に入った。貴様、ワタシの義弟にならないか?」


 何を言っているんだ。コイツは? 打ち所が悪かったのか?


「ワタシには妹がいる。貴様、結婚しろ!」


「……」


 どうやら、俺の面倒事は終わらないようだ。

 問題が一つ片付く度に、新しい問題が浮上する。

 俺の人生という名のRPGは、まったくワクワクしない。

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