第62話 ヤクモ<白亜の森>:戦闘(1)
雪が降っている訳でも無いのに、その森は、辺り一面が真っ白な銀世界の様だった。木々の葉や草花が真っ白なことが理由だ。
だがそのことが『魔女の森』とは別の意味で、人の感覚を狂わせる。
【魔力感知】がなければ、俺も迷っていたのかも知れない。
サクラの言った通り、シロの鼻も役に立った。
幸か不幸か、黒いブヨブヨした魔物の姿は見付からなかった。
俺たちは、先に洞窟を目指すことにした。
そこまでは良かったのだが――
「まさか……ここにも出るとは――」
洞窟から這い出て来た魔物を前にして、俺は若干の吐き気を覚えた。
『魔女の森』を襲撃した魔物と同じタイプだ。
見るからに醜悪で、毒を持つ
形容するのも嫌だが、今回の魔物は、胴体が巨大なミミズで頭がクワガタ、皮膚の色は毒ガエルのように鮮やかだ。そして、その皮膚からは毒液を分泌している。
肉厚な躰を以って、洞窟の入口をみっちりと塞いでいた。
早速、殴り掛かろうとしたサクラを止め、影に潜み遣り過ごしたのだが――このままでは、周囲に被害が拡大するだけだ――と考えた俺たちは、この魔物を退治することにした。
洞窟に住む妖精『コボルト』の話によると、魔物は洞窟を棲み処としているらしく、困っているそうだ。このままでは、洞窟へ戻れないという。
俺は魔物が洞窟の奥へと引っ込んだ隙に、入口に罠を仕掛けることにした。
適当な長さの木の枝を【ディスガイズ】で剣の姿に変え、【フェイク】と【クリエイト:剣】で偽物の剣を本物へと変える。
そしてそれらを【シャドウスワンプ】で、影の中へと配置する。
魔物が這い出て来たところで【シャドウスワンプ】を解除し、剣を影から排出する。剣はその勢いで、魔物の躰に突き刺さる。後は【シャドウバインド】で剣を拘束する。魔物は巨大で力があるため、直接、拘束するのが難しいためだ。
倒すと為というより、動きを封じることが目的だ。
MPの消費は大きいが、今回はサクラも居るので――問題ない――と判断した。
注意するべきは頭部だ。かなり装甲が硬いと考えるべきだろう。
先日の魔物も【ウインドカッター】では、歯が立たなかった。
危険だが、頭部が洞窟から完全に出るのを待ち、罠を発動させる必要がある。
『コボルト』に同情し、サクラはやる気になっている。
彼女には囮になって貰い、魔物を洞窟から誘き寄せることにした。
――とはいっても、洞窟の入口で騒いで貰うだけだ。
魔物が出て来たところに、サクラは一撃を当て離脱した。
そこまで、指示してはいなかったのだが、結果としては助かった。
魔物が一瞬動きを止めたので、俺は余裕を持って、罠を発動させることができたからだ。狙い通り、胴体に剣を突き立てることに成功する。
キシャーッ――という奇声と――ビチャビチャッ――と黄色の体液が飛び散る。
どういう動体視力をしているのか、サクラはそれらを余裕で避ける。
続いて、作戦の第二段階に移る。
既に殺虫成分のある植物と薪を火にくべていた。
この煙で燻す作戦だ。
直接、洞窟内に煙を送る手もあったが、後々、洞窟の中へ入ることも考え、その案は止めにした。
【シャドウボール】と【クリエイト:力】を使い、引力を発生させる影の球体を作り出し、煙を纏わせた後、【シャドウムーブ】で魔物の体内へ移動させる。
元が影なので、口からスルリと侵入させることができた。
動揺に影の球体を作り出し、煙を魔物へと集める。
躰が大きいため、他の部位にも等間隔で【シャドウボール】を配置する。
時間は掛かるが、相手は毒を持っている。この方法が安全かつ確実だろう。
これぞ――毒を以て毒を制す――いや、違うか?
引き寄せられた煙は、魔物の躰を包み込む。
相手が
踠けば踠く程、体内に入り込んだ毒や一酸化炭素が全身へと回るのが早まる。
正直、何処から呼吸しているのかわからないが、肺があるようには思えないので、皮膚呼吸だろう。無駄に生命力が高い分、苦しむ時間が長くなる。
やがて、魔物は動かなくなった。
レベルが上がったので、倒すことに成功したようだ。
後は魔法を解除し、火を消す。
それから、魔物にロープを掛け、サクラに残りを引き摺り出して貰った。
軽く20mはありそうだ。
ひっくり返った頭部には、人間の顔のようなモノが三つも付いていた。
今度は紫の皮膚に、血管が浮き出ている。
素直に――嫌だな――と思った。この手の魔物とは、もう戦いたくない。
解体して、素材を採る気にもならない。
洞窟の入口は、魔物の体液と毒液でビチャビチャに濡れていた。
この様子だと、洞窟の奥も同じような状況だろう。
脅威が去ったのはいいが、これでは『コボルト』たちも洞窟に住めない。
残念な結果になってしまった。
「これじゃあ、もう、洞窟には入れないか……」
「残念ですが『魔晶石』も手に入りません(しょぼ~ん)」「ク~ン」
とサクラ。シロも同様に落ち込んでいる。
付け加えるなら、その後ろに居る『コボルト』たちも落ち込んでいた。
何だか、保健所でケージに入っている犬を見ている気分だ。
この森に足を踏み入れた時は、
「わぁ、本当に真っ白です! 不思議ですね☆」「ワンワン!」
と興奮気味に
かといって、現状では対応が難しいのも事実だ。
一旦、この問題は保留にするとして、俺はアデルの言葉を思い出していた。
――『異質の魔王』によって造られた魔物よ。
『異質の魔王』か――合成獣を造り出し、世界にばら蒔いている存在。
今はその合成獣に対処できているが、この先はどうだろう。
段々と高レベルの合成獣を造り出されては、手に負えなくなる。
――その前に、対処しなくてはならない。
ただ、所在がわからないため、調査が必要だ。
やはり、猫屋敷さんに情報を伝えて、対処法を考えて貰おう。
彼女なら、魔王の居場所も突き止められる筈だ。
さて、考察はこのくらいにして、俺は昨夜習得した魔法を試すことにした。
実は、アリスに柔らかいパンが作れないか、頼みにいったのだ。
折角、サクラが頑張って料理を作ってくれたのだから、パンも美味しい方がいい。
アリスの話によると、天然酵母が必要らしい。果物などを発酵させて作るらしく、時間も掛かるそうだ。菌も植物に分類されるのなら、<樹>の属性魔法でいいのがあるかも知れない。俺は早速、【コントラクト:精霊】のレベルを上げた。
{
――条件を満たしました。
――【ハイコントラクト】のスキルが解放されました。
}
どうやら、上位スキルが解放されたらしい。これで契約できる精霊の数が増える。
だがその前に、プリムの力を借り、<樹>の精霊と契約を済ませる。
<アビリティ>【魔術:樹】を習得し、【クリエイト:樹】を自動習得する。
そして、【魔術:樹】のレベルを上げ、【ファーメンテイション】を習得した。
本来は『酒』などを造るに使う魔法なのだろう。もう一つは【カルティベーション】を習得する。これで植物の栽培が可能になる筈だ。
果物を瓶に入れ、【ファーメンテイション】を使用した後、【クリエイト:樹】を発動し、天然酵母を手に入れることに成功した。これで美味しいパンが作れるようになるらしい。
アリスからは、時間のある時に『味噌』や『醤油』も頼まれた。
なんだろう――それだけ聞くと、お使いを頼まれた気分になる。
まぁ、それは置いておくとして、今はプリムに植物の種を蒔いて貰っている。
蒔く場所は、当然、魔物の死骸だ。
後は<魔法>【カルティベーション】を使用し、発芽させる。
これで、魔物の死骸は何とかなるだろう。
暫くは毒性の植物になるだろうが、時間と共に、自然と浄化されてゆく筈だ。
『アリアドネ』を召喚する手もあったが、まだ『魔女の森』の魔物の片付けが残っている。
俺はポーションでMPを回復し、洞窟には【ファーメンテイション】を使用した。
こちらは日が当たらないため、キノコを栽培することにしたからだ。
暫くは毒性の胞子を飛ばすだろうが、その内、浄化されるだろう。
『コボルト』たちには悪いが、暫く我慢して貰うように、サクラに説得して貰った。何故か、『コボルト』たちはサクラの言うことを素直に聞いた。
しかし、これで問題が解決した訳ではない。
軽めの昼食を取った後――黒いブヨブヨの魔物――とやらを探す。
『コボルト』が言うには、聖域へと集団で向かっていったそうだ。
不謹慎だが、RPGっぽくなってきた。
一つの問題を解決すると、次のイベントへの情報が手に入る。
――聖域には『聖獣』が住んでいるよ。
――森を守る『聖獣』。とっても強い『聖獣』。
――でも弱っているよ。凄く弱っているよ。
どうやら急いだ方が良さそうだ。
聖域へは『聖獣』の娘であるシロが案内してくれるらしい。
『?』――いや、待て、一旦落ち着こう。
(そう言えば、ただの犬だと思って【鑑定】をしていなかった……)
―【プロフィール】――――
名前:シロ 性別:女 年齢:3
レベル:11 分類:動物 属性:風
メインクラス:ホワイトウルフ
スタイル:-
サブクラス:-
ジョブ:聖獣
ユニーククラス:ウルフ
タイトル:白いモフモフ
―――――――――――――
白き森の聖獣。
―――――――――――――
犬の年齢だと、3歳は成犬だよな――いや、そこじゃない。
――『聖獣』だと⁉
このサクラとじゃれている毛玉が……。いや、今はそんなことはどうでもいい。
つまり、魔物に襲われ、村まで逃げて来たところをサクラが保護したことになる。
――嫌な予感がする。
本来、聖域は――勇者や特別な血統の者だけが入ることができる――その筈なのだが――
「急ぐぞ!」「わかりました☆」「ワン!」
俺たちは、シロの案内を頼りに進む。
思った通りだ――悪い考え程、良く当たる。
既に聖域の結界は意味を成していなかった。
だから、サクラでも簡単に入ることができる。
そして、そこで俺たちが目にしたのは――黒いブヨブヨに囲まれた一団。
見覚えがある――彼らは『冒険者ギルド』で会った『貴族とその護衛』だ。
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