第61話 ヤクモ<白亜の森>:探索(2)

「お、ヤクモじゃねーか!」


 選りに選って、何故、このタイミングで彼女に見付かるのだろう。


「やあ、猿渡さん」


 神殿にこっそりと戻ってきた俺は、ゆっくりと振り返り、挨拶をする。

 いつもなら引き攣っていた笑みも、今は【ポーカーフェイス】のお陰で問題ない。


「何だよ、ヤクモ。アタイとお前の仲だ! 呼び捨てでいいって、いつも言ってるだろ!」


 そう言って、彼女はバンバンと俺の背中を叩く――痛い。

 悪い人ではない。


 ただ、彼女は少しヤンキーが入っているため苦手なのだ。頼りになる存在でもあるのだが、話す前には、いつも心の準備をしてからにしている。


 何故、こういうタイプは仲良くなると、距離感をやたらと詰めて来るのだろう?

 ある種の脅迫に近い。


「わかったよ……スー。だから、叩くのを止めてくれ」


「わりぃ、わりぃ。ん、何だ? 溜まってるのか、ホレ」


 何故か、猿渡さんはそう言って、胸元を開ける。

 赤い下着と胸の谷間が見えた。


「だから、そういうの止めて欲しいんだけど――」


 いや、そもそも何で『溜まってる』と思ったのだろうか?

 そんな顔をしていたのか――いや、【ポーカーフェイス】を発動している。

 俺を揶揄っただけか――猿渡さんの服を直すと、


「ここはもう異世界なんだ――そういうのは止めた方がいい。本当に襲われるよ」


「真面目だなぁ。お前にしか見せねぇから大丈夫だろ?」


 ――いや、全然大丈夫じゃない。


「で? サクラとはもうやったのか? アイツ結構、胸、デカいよな!」


 そう言って、猿渡さんは両手で空中をニギニギする。その手付き止めなさい。


 やはり、彼女は苦手だ――『猿渡さわたり栖多亜堕須徒すたあだすと』。


 親がアレな感じなのだろう。彼女が悪い訳ではない。

 実際に、下の名前で呼ぶと怒られる。


 過度のスキンシップとセクハラで、一部の男子からは天使と称されているが、陰キャの女子からは頗る評判が悪い。悪気は無いが、やらかしてしまうタイプだ。

 ゲームが好きなため、よく男子の集団と一緒にいる。


 一度、教室の机の上で股を開いてゲームをしていたので、パンツが見えていることを注意したら――パンツ見たんだから千円払え――と言われた。


 じゃあ、十万円払ったら、何を見せてくれるんだ?――と返したところ、気に入らたようだ。


 彼女になってやるよ――と言われた。

 あの時は、兎尾羽さんが間に入ってくれたので助かった。


「見てただろ。俺が告白を断ったの――」


「いやいや、サクラのことだから、寝込みを襲ってくるかも知れねぇだろ?」


 否定はできない。

 まぁ、【ドミネーション】で支配下に置いているので問題はないだろう。

 問題があるとすれば、それは俺の理性だ。自分を律するスキルは無いだろうか?


「大丈夫だよ。サクラは人の嫌がることはしないさ」


「ホント、お前はお人好しだなぁ。アタイは心配だよ……」


 ポンポンと肩を叩かれた。

 まぁ、この通り、悪い人間ではない。


「ところで、熊田さんを見なかった?」


 俺が質問すると、今度はガシガシと脛を蹴られる。

 普通に痛いので、脛は止めて欲しい。地味にHPが削られる。


「何だ? お前もああいうタイプが好きなのか? ぽっちゃりがいいのか?」


 別に熊田さんはぽっちゃりでは無いと思うが、脱ぐとそうなのだろうか?



 ――【警告】【危険感知】に成功しました。逃げてください。



「ちょっ、ヤクモ?(////)」


 敵かと思い、いつでも影に潜れるように猿渡さんを抱き寄せる。

 そして、同時に周囲を警戒する――が、


「スーちゃん……」


 そう言って、現れたのは熊田さんだ。何だか、いつもとオーラが違う。

 【危険感知】に反応したのは、熊田さんだったようだ。

 流石は【ブレイドキング】――いや、笑えない。


「ひぃっ、アリス!」


 猿渡さんが慌てて俺の後ろに隠れる。

 人を盾にしないで欲しい。


「誰が『ぽっちゃり』なのかな?」


 あ、これ、相当怒っているヤツだ。

 熊田さんに対して、その手のネタは禁忌タブーということだろう。


「あ、用事を思い出した! じゃあな、ヤクモ」


 そう言って、俺を熊田さんの方へ突き飛ばすと、猿渡さんは逃げていった。

 もうっ!――と熊田さんはプリプリしている。


「丁度良かった」


 と俺。一応、猿渡さんを逃がす意味でも声を掛ける。


「熊田さんに渡したいモノが――」


「――じゃありません」


「え? 何……」


「だから、アタシ、ぽっちゃりじゃありません!――そ、そりゃ、試食や味見で、ちょっと他の人より食べているかも知れませんが……」


 猿渡さんめ――また、やらかしてくれたようだ。

 こうやって、面倒ごとは俺に回って来る。


「そうだね。くま――アリスは可愛いよね。皆、言ってるよ」


 熊田さんは自分の苗字にコンプレックスを持っている。

 山登りの時とかは特にそうだ。


 女の子を急に下の名前で呼ぶのは憚られるが、周囲には誰も居ないし、問題ないだろう。なるべく、彼女を刺激しないようにしよう。


「アリス?――いえ、それより五月ちゃん。皆って誰ですか?」


 呼び捨てよりも、そっちに興味があるのか。


「えっと……俺とか、俺とか、後、俺かな?」


「五月ちゃんしか言ってないじゃないですか⁉」


 すまない。正直、男子とそういう会話はしないんだ。

 怒られるかと思ったが、何やら熊田さんは俯くと、プルプルと震え出した。

 どうやら、笑うのを堪えているようだ。


 ここは攻勢に出た方がいいだろう。


「ああ、それでお土産がるんだけど……受け取ってくれるかな?」


「何ですか? まぁ、いいモノでしたら、スーちゃんとの逢い引きの件は内緒にしてあげます」


 参ったな――別に逢い引きでは無いのだが……。

 俺は『蜂蜜』を【アイテムボックス】から取り出すと、熊田さんに渡した。

 彼女は途端に目を輝かせる。


「これで許して貰えるかな?」


「許します! 別に五月ちゃんに対しては怒っていませんけど――月影亜璃子――という名前はいいと思っていました」


 何でプロポーズしたみたくなっているんだ?


「明日はこれでパンケーキを――ハッ――いえ、すみません……興奮してしまいました(テレテレ)」


 サクラやシグルーンで慣れているから大丈夫だ。


「気にしてないよ。喜んで貰えたのなら良かった……」


「はい! そうだ。アタシのことは、今後もアリスと呼んでください。実は、あまり苗字で呼ばれるのは好きではありません」


 うん、知ってた。


「じゃあ、俺のこともヤクモで――」「それはダメです!」


 ダメらしい――俺は内心溜息を吐く。


「わたったよ。アリス――それと相談があるんだ」


「はい! 五月ちゃんのお願いなら、何でも聞いてあげます――だからまた、『蜂蜜』をお願いします」


 何だろう……熊田さん――いや、アリスの印象が一変する。

 取り敢えず、アリスが協力してくれたお陰で、問題が一つ解決した。

 村に戻った俺は早速、報告を兼ねて、部屋に戻ったのだが――


「ワン!」


 どうやら、別の問題が発生したようだ。


「サクラ……何だ、それは?」


「『シロ』です!」


 聞いた俺がバカだった。どうやら、サクラは怪我した子犬を拾ったようだ。

 毛の色が白だから『シロ』なのだろう。


 応急処置はしてあったが、念のため、【ヒール】を掛けておく。

 明日には元気になっているだろう。


「それ、連れて行くのか?」


「はい!」「ワン!」


「ボクは役に立つよ。サクラとお似合いのお兄さん――と言っています」「ワン」


「令呪をもって命ず。連れてゆけ!」「ワンワン」


「トレース」「ワン」


 ワンしか言っていない――いや、考えるのは止そう……。

 突っ込むのも面倒だ。


 サクラは――お似合いだなんて、照れますねぇ――などと自作自演に喜んでいる。

 いや、それよりも……どうして、そんな薄着でベッドに転がっているんだ?

 既に、ポニーテールは解いている。


 猿渡さんの所為だろうか? 胸やお尻のラインをつい見てしまう。

 加えて、引き締まったお腹のラインも綺麗だ……。

 やはり、自分を律するスキルが必要だな――俺は改めて思った。


 翌朝、俺とサクラは村の人たちに見送られ、『白亜の森』へと向かうのだった。

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