第60話 ヤクモ<白亜の森>:探索(1)

「ヤクモ、ヤクモ」「何だ?」


「問おう、あなたがわたしのマスターか⁉」「――そうだよ」


「えへへ♪」


 朝から何度目の遣り取りになるのだろうか?

 サクラが嬉しそうに笑う。

 心做しか、パタパタと尻尾のようにポニーテールが揺れている気がする。


 アデルの家を出から、時折、同じ遣り取りを繰り返している。

 『約束された勝利の剣』などと叫びそうな勢いだ。

 色々と突っ込みたいところだが、面倒なので止めておこう。


 今、俺とサクラは『魔女の森』を出て、北東にある『白亜の森』へと向かっていた。


 出立前にアデルから、サクラを【テイム】するように助言を受けた。

 女の子を魔物扱いするのは流石に憚られるので、当然断ったのだが――


「サクラのことが大切なら、枷を付けておきなさい――例え、嫌われても……」


 彼女が言うには――サクラの暴走を防ぐ意味でも、契約で縛り付ける必要がある――とのことだった。やはり、彼女はサクラが魔王だということに気が付いているのだろう。俺は彼女の言葉に従うことにした。


(どうやら、俺にはまだ、覚悟が足りなかったようだ……)


 勿論、実際に【テイム】した訳では無い。

 理論上は可能なのかも知れないが、現状ではあまりメリットが無いからだ。

 そもそも、俺はあまり【テイマー】のスキルを習得していない。


 また、【テイム】よりも効果的な魔法を知っていた。

 魔王であるサクラが習得している<魔法>【ドミネーション】だ。


 【ドミネーション】は相手を支配し、配下にする魔法である。

 俺が強くなれば、自然とサクラにも影響が出る。

 【魔術:力】のレベルを上げる。



 ――<EX魔法>【ドミネーション】Lv.1の習得に成功しました。


 ――<EX魔法>【コンクエスト:異性】Lv.1の習得に成功しました。



 そして、サクラは俺の【ドミネーション】を抵抗すること無く、すんなりと受け入れた。


 【テイム】と違い、俺自身の能力の一部をサクラに分け与えることが可能になる。

 また、俺の意思に反する行動を取った場合、苦痛を与えることもできる。

 流石に使わせないで欲しいところだ。


「で、どうします? 走りますか?」


 そんな俺の悩みを知ってか知らずか、サクラが元気そうに走るポーズを取る。


「いや……一度、近くの村で情報収集をしよう」


 『冒険者ギルド』からの依頼は一つではない。

 どうやら、この近辺で見たことのない魔物の報告が上がっていた。

 現状、村には被害が出ていないとのことだが、時間の問題かも知れない。


 『魔物の調査』と『村の警備強化』が、その村からの依頼である。昨日、『魔女の森』を襲った魔物の件もあるため、魔王が絡んでいる可能性も有る。


 あの魔物が現れた方角が東だったことを考えると、先ずは村の安全を確認したい。

 また、『魔晶石』の採掘依頼が3件もあるため、どのみち、村で許可を得てから作業を行った方がいいだろう。


 『白亜の森』での植物採取の依頼も1件あった。

 その他にも、種類は問わないが、魔物の退治依頼が1件。


 最後のは国からの依頼で、本来なら貴族向けのお使いイベントだ。

 宣伝効果もあるのだろう。俺は『冒険者ギルド』で会った貴族を思い出した。

 元々は彼らが受ける予定の依頼だったのだろう。


 確か、学園の在籍中に武勲を立てることも、貴族のステータスの一環だ。

 そう考えると、あの貴族も彼なりに必死だったのだろう。

 仲間を募り、いざ魔物退治へ。


 吟遊詩人に自分たちの武勇の歌を作らせるつもりが、サクラによりトラウマを作ってしまった可能性がある。


「わかりました☆ ヤクモ、早く、打ちのめしに行きましょう!」


「いや、だから村に行くって言ってるだろ!」「冗談です(テヘ)」


 サクラの場合は冗談に聞こえないから止めて欲しい。

 村に着くと、外周は木造の壁で覆われ、守られていた。

 各所に見張り用の小屋も備え付けられているおり、砦のようだ。


「思った村と違います……」


 とサクラ。牧歌的で長閑な村でも想像していたのだろうか?

 魔物がいるこの世界では、こうでもしないと暮らしていけないのだろう。


 まぁ、子供を縁側に寝かせておいたら、ホーンラビットに食べられてしまった。

 などという話もある。恐ろしい場所だ。


 だがこの壁でも、昨日『魔女の森』に現れた魔物に襲われた場合、一溜りもないだろう。


 俺たちは門の見張りに――冒険者だ――ということを告げ、通して貰った。

 まずは村長の話を聞こう。村の中では子供たちが元気に走り回っている。

 まだ、大きな被害は出ていないようだ。


 村で一際大きく立派な家へと案内された。

 どうやら、ここが村長の家のようだ。

 中に入ると、がっしりとした体格のおばさんが待っていた。


 村長というから、てっきり、髭のお爺さんが出て来ると思っていたのだが、違ったようだ。こういう場合――女傑――と言えばいいのだろうか?

 後ろに村の男たちを従えている。


 彼女の話によると、『白亜の森』へ向かって、黒くブヨブヨとした魔物が集まって来ているそうだ。現状、被害は無いが、気味が悪く、森に入った際、襲って来るのではないかと危険視している――という。


 なるほど、この村は『白亜の森』からの恵みで成り立っているようだ。

 森に異変があった場合、自分たちに直接関わって来る――という訳か。


 正直――黒いブヨブヨ――とした魔物には心当たりがある。

 以前、神殿で戦った魔物だ。

 今回は、無関係だといいのだが――


 『冒険者ギルド』の信用に関わるので、依頼は受けるとして、問題は俺とサクラだろう。どう見ても、頼り無く見える筈だ。


 取り敢えず、こういう時はサクラに腕相撲をして貰って、村の力自慢全員に勝って貰うことにしよう。


(まぁ、予想通り、少々やり過ぎの感は否めない――)


 小柄な少女に、大の大人たちが良いように弄ばれる姿は、見ていて申し訳ない気がした。俺は、そんな大人たちに【ヒール】を使用する。


 今夜はこの村に泊る旨を伝えると、村長の家の一室を借りることができた。

 また、サクラと同じ部屋か……。サクラに視線を送るとニコニコとしている。

 問題ないということだろうか?


 あまり考えないことにしよう。

 さて、このまま休むのも手だが、情報収集も兼ね、俺は村を見て回ることにする。


 サクラは料理に興味があるらしく、色々と聞いて回りたいとのことなので、別行動を取ることにした。保存食や火の使い方、肉の解体や役に立つ香草など、覚えたいことは多いのだろう。


 何かあったら、直ぐに知らせることを約束し、俺は別れた。

 その足で、先ずは教会に向かう。転送用の『ポータル』の記録が目的だ。


 『ポータル』は記録する度、マーカーを消費するので、<魔法>【テレポート】のスキルレベルを上げて、マーカーの数と移動距離、人数の上限を増加させる。


 これでいつでも、神殿や都市との間で行き来ができる。

 後で一度、神殿に戻ることにしよう。

 その前に、教会で神父に色々と話を聞く。


 どうやら、この村は『月の女神』を信仰しているらしい。

 狩りの成功と森の恵みが豊であることを祈っているようだ。


 次に村を見て回る。いくつか畑があるが、広くはない。

 恐らく、村人が食べる分だけを作っているのだろう。


 村の外れには、高い煙突が見えた。

 どうやら、森で集めた木を燃料にして、鏃や釘を作っているらしい。

 素材は『コボルト』が住むという洞窟で採掘した鉱石だ。


 どおりで、村を壁で囲む技術がある訳だ。

 時折、商人が来て、お金に代えるか、物々交換を行うらしい。

 確かに、この村でお金を持っていても、使う場所は無さそうだ。


 役に立つ物に代えた方が良いだろう。


 だったら、森で暮らした方がいいのでは?――と聞いたところ、森には『聖獣』様が居るため、森に住むことはできないそうだ。


 聖域を犯してはならないらしい。

 すみません。この前まで、聖域で寝泊まりしていました。


 一通り見て回った後、俺は怪我人を【ヒール】や【リペア】で治療し、病人や元気のない作物には【クリエイト:力】を使用した。


 お礼にと、森で採れた『蜂蜜』や珍しい『香草』を貰った。

 この手の代物は、纏まった数が手に入らないので、商品にはならないのだと言う。


 また、依頼の一つである『村の警備強化』のため、村人の何人かと、村の外周を見て回った。外壁に幾つか傷んだ箇所を見付けたので【リペア】で修復する。

 魔物が侵入する原因になり兼ねない。


 他にも、外で植物が枯れている場所を見付けた。どうにも、魔物の糞尿で枯れてしまうらしい。魔物除けの植物を植えるか、『結界石』があればいいそうなので、俺はプリムに相談した。


 村人は妖精の存在に驚いていたが、俺の従魔だと説明すると納得してくれた。

 やはり、妖精の存在は微妙なようだ。

 助けてくれることもあれば、悪さをすることもある。


 以前は、この村にも<シャーマン>が居たらしいが、数年前に亡くなったそうだ。


 プリムの話だと、『結界石』の材料は洞窟などで採れるらしい。

 『コボルト』の洞窟で採掘できるかも知れない。


 『魔晶石』の採掘もあるので、探してみると伝えたところ、村人らは、後で採掘用の道具を準備してくれると言っていた。どうやら、タダでくれるらしい。

 出来の良い物を準備するので、少し持って欲しいと言われた。


 また、プリムが<樹>の魔法で、植物の種を召喚してくれた。

 魔物除けの植物の種だ。俺はその種を植え、プリムに成長の魔法を掛けて貰う。


 後は作物の時と同じく【クリエイト:力】を使用する。

 上手く育つかはわからないが、増やせるようであれば、植え替えて増やすように村人に提案した。これで、魔物の脅威も少しは減るといいのだが――


 村に戻ると、どうにもサクラは女性陣に気に入られたようだ。

 夕食時――家を建ててやるから、この村に二人で住まないか――と村長に言われたが、俺は丁重に断った。


「やはり、わたしたちはお似合いの夫婦に見えるんですね☆」


 サクラはそんなことを言って喜んでいたが、どう考えても、兄妹だろう。

 夕食を終え、俺は一度、神殿に戻る旨をサクラに伝えた。

 一緒に戻るよう提案したが、まだ自分は帰らないと言われた。


 まぁ、あんな騒動を起こしたのだ。

 成果が出るまでは帰りたくないのだろう。

 手土産もできたので、俺は【テレポート】で、プリムと神殿に移動した。

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