第六章 Fake/stay out

第59話 グレン<神殿>:研究棟(2)

「ねぇ、レンレン」


 オレが資料を確認していると、机に突っ伏した状態で、鹿野少女が聞いてきた。

 どういう訳か、妙に懐かれてしまったようだ。

 まぁ、愛果の面倒を見てくれるので助かってはいる。無下にはできない。


「何だい?」


「好きな食べ物って何?」


 予想外に普通過ぎる質問で拍子抜けする。

 あの変な口調も直ってきているようだ。

 オレは油断していたためか、資料を落としそうになった。


「ただの興味かい? それとも、作ってくれるつもり――いや、それはないか……」


「あ! レンレン、あーしが料理できないと思ってるっしょ!」


(え、違うのか⁉)


「その顔、チョー失礼なんですけど!」


 鹿野少女は頬を膨らませて、そっぽを向く。


「悪い悪い、謝るよ」


 と言いつつ、オレは資料に目を通している訳だが――


 どうやら、魔物の中には『聖獣』と呼ばれる個体が出現することがあるあらしい。

 元の世界の研究所では、<マナ>を取り込み、制御に失敗した変異体を『魔人』と呼称していたが、それと関係が有りそうだ。


 仮説として、<マナ>の制御に失敗した動物を『魔獣』と考えるのなら、<マナ>の制御に成功した動物を『聖獣』と呼ぶのだろうか? いや、決めつけるのは早い。

 恐らく、<マナ>には幾つかの性質がある――と考えるべきだ。


 単に何にでも変化する<マナ>があるのであれば、何に変化するかを決める<マナ>もあるのではないだろうか? つまり、『聖獣』になるための条件があり、それに反応する<マナ>がある。


 それが異なる変化――いや、進化なのではないだろうか?

 確か、シグルーンという少女が居た。彼女は――『魔人』に対しての『聖人』だった――と考えると、色々と合点が行く。


 今は『勇者召喚』により、魔力が失われているため、検証のしようがない。


「もうっ、全然こっち見ないし!」


 いつの間にか、目の前に鹿野少女が立っている。

 もしかしたら、勇者と呼ばれる存在も『聖人』なのではないか……。


「すると、キミも同様なのだろうか……」


 資料から目を離し、彼女を観察する。

 変化するのは、髪や瞳の色だけなのはどうしてだ?


「へ? ちょ、近い……(////)」


「触ってもいいだろうか?」


「あ、あのっ⁉」


 特に嫌がる素振りはない。

 オレは鹿野少女の髪に触れてみるが、特に変わった様子は無い。

 奇怪しな臭いを発している訳でも無いようだ。


(だが、色が変化している――何らかの干渉を受けていることは明らかだ)


「なるほど、<マナ>を視認するには特殊な機械が必要だと思っていたが、一定量の<マナ>を取り込み、適応できれば――それがスキルか!」


 考えを纏めるため、オレは部屋を歩き回る。

 もしかして、所長が言っていたのはこのことだったのだろうか?


 危険が伴うがレベルを上げる方法――確かに、<マナ>を効率良く体内に取り込むことができれば……。今までは<マナ>を治療に使うことばかり考えていたが、人間を進化させるために利用することができるのであれば――


 ――治すのではなく、新たな存在に作り替える。


「ありがとう、ユアっち」


 オレは嬉しくなり、鹿野少女へ詰め寄ると、彼女の両肩に手を置いた。


「ひっ!」「ああ、すまない」


 驚かすつもりは無かったのだが、失礼な態度を取ってしまったようだ。

 怯えさせてしまっただろうか?


「べ、別に嫌じゃないしー、ちょっと驚いただけだしー?」


 そう言って、彼女は自分の髪の毛を摘み、毛先を見詰めていた。


「そう言えば、料理の話をしていなかっただろうか?」


「いや、料理っていうかー、食べたい物っていうかー(モジモジ)」


「サンドイッチでいい。それなら、キミでも作れるだろう?」


「ムッカー。やっぱ、レンレン……あーしのこと、バカにしてるっしょ!」


「いや、簡単に食べられるモノがいいだけだ。見ての通り、考え事に集中すると周りが見えなくなる」


「そ、そう?」


「後、キミが怪我をすると困る」


「やっぱ、バカにしてるじゃん! いいもん、作ってやるからね――サンドイッチ!」


 そう言って――行こう! アイカっち――と彼女は愛果を連れて、出て行ってしまった。怒らせるつもりは無かったのだが、失敗してしまったようだ。

 それにしても、柔らかいパンなど、この世界に来てから食べた記憶がない。


 できれば、白い三角のサンドイッチがいいのだが――

 イースト菌はあるのだろうか? いや、代用品があった筈だ。

 後で詳しそうな奴にでも聞いてみよう。


「やぁ、戻ったよ――て、暁星くんだけなのかい?」


「ああ、所長――やっと戻ってきましたか……」


 午前中の体力作りという名のランニングを早々に終わらせ、何処かに行っていた鷲宮所長が漸く戻って来た。


「すまない。ミーティングはもう終わってしまったのかい? 直ぐに戻るつもりだったのだが……」


「はい、皆も体力がついてきたようですので、午前中の内に終わりました。煩い人が居ないので助かりました。今は昼食も終わり、各自休憩中だと思います」


「そうか――て、もしかしなくても、煩い人ってワタシか⁉」


「そうは言っていませんが、所長が居なくて助かりました」


「それ、酷くないか?」


 オレは苦笑して、


「冗談ですよ。所長が居ると、いつも話が長くなるのでいらないなぁ――と思っただけです」


「だから、酷いよね!」


「そう言えば、もう一人、一緒だったと思ったのですが……」


 先日、昼食の時に所長が声を掛けていた彼だ。


「ああ、彼は具合が悪いと言っていたので、医務室に居ると思うよ。少し無理をさせてしまったようだ。悪いことをしてしまった……」


 やはり、<マナ>の実験だろうか? お互い研究者だ。承知の上だろう。

 それにある程度、結果が出ないと、他人には教えたくはない筈だ。


「そうですね。パワハラですね」


「はっはっは、労務には内緒だぞ」


 所長は口元に人差し指を立てる。


「わかりました。それより、娘さんとはお話できましたか?」


「いや、都合がつかなくてね……何か、言っていたのかい?」


「いいえ、いつでも会えるのでいい――と言われました」


「それはそれで寂しい気もするが……まぁ、後で探してみるよ」


「それがいいですね――じゃあ、オレはイースト菌――じゃなかった。オレも娘を探しに出てきます。話はまた余裕のある時にでも――」


「ああ、ご苦労様……」


 サンドイッチなら、愛果も作れるだろう。

 オレは研究室を後にすると、心当たりを探してみることにした。

 それにしても――


「いつでも会える――か……」


 オレは愛果と一緒に、この世界に転移できたことを、少しだけ幸運に思うことにした。


 それから、菌の発酵に詳しい奴を捕まえ、相談すると、そいつもパンを食べたかったのか、やけに饒舌に説明してくれた。オレは愛果を迎えに行く序でに、その知識を教えてやろう――と思っていたのだが……。


「どーよ!」


 鹿野少女が胸を張る。オレの目の前には、サンドイッチが用意されていた。


「夕食までにって、頑張って作ったんだから――」


 具を挟んで、パンを切るだけかと思っていたが、見た目にも拘っているようだ。

 この辺は女性ならでは感覚だろう。


「思ったよりも普通だ」「コラ!」


 オレの感想に対し、鹿野少女が突っ込む。


「アイカっちも手伝ったんだから!」


「通りで、凄く美味しそうだと思ったよ」


 オレは愛果の頭を撫でた。


「コラ! あーし、あーしがメインで作ったんだから!」


 どうやら褒めて欲しいようだ。オレは鹿野少女の頭を撫でる。


「ちょっ(////)」


 恥ずかしかったようだ。顔が真っ赤になっている。

 まったく、どうして欲しかったのやら――


 そのまま、三人で一緒に部屋で夕食を終えた後、鹿野少女に愛果のことをお願いすると、俺は医務室を訪ねた。体調を崩したという彼が少し気になったからだ――いや、彼というより、所長の言動だろう。


 別に奇怪しなところは無かったが、いつもより饒舌な気がする。後はやけに張り切っているように映った。妙にテンションが高い。妻が亡くなった時、世話になったので――何か力になれれば――と思ったのだが……。


 しかし、医務室を訪ねたところ、既に彼は出て行った後だという。

 元気になったのだろう。どうやら、危険なことはしていないようだ――


(だが、何か引っ掛かる……ん?)


 ――影?


 黒くて大きなモノが動いた気がしたのだが、気の所為――ゴキブリ――だったのかも知れない。


(それにしては、やけに大きい気もする……)


 しかし、異世界にも出現するとは、本当に何処にでも現れるモノだ。

 その点に関しては、北海道に居た頃が懐かしい――兎も角、所長の件に関しては、もう少し調べてみよう。

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