第58話 ヤクモ<魔女の家>:襲撃(2)


 敵が近づくに連れ、その姿がわかるようになってきた。

 正直、あまり見たくは無い姿をしている。


 形状は家くらい大きなサソリにトンボの翅が生え、飛行している。

 そして、カタツムリのように目が飛び出していた。


「『パイオニア』の生き物です!」


 とサクラ。『パイオニア』?――俺は首を捻ったが、


「それって、『カンブリア』のことか?」


 『アノマロカリス』とでも言いたかったのだろうか?


「そうです。それです☆」


 テヘヘ♪――とサクラ。まぁいい。


「取り敢えず、アイツを落としてくれないか? その後は俺がやる」


 どう考えても、毒を持っていそうだ。

 ここは距離を取り、魔法で戦うのがいいだろう。

 そもそも、触りたくない。普通の女子だったら、悲鳴を上げているレベルだ。


「わかりました!」


 とサクラ。杖をその場に捨てると、今度は『鉄球』を振り被って投げた。

 距離が近づいたのもあるが、まるで『的当てゲーム』をするかのように、次々とヒットさせて行く。


 その間に俺は【シャドウボール】と【クリエイト:力】で引力を持つ、影の球体を作り出す。後はその球体を【シャドウムーブ】で操り、魔物を牽引する。


 そして、地面に近づいたところを【クイエイト:影】と【シャドウバインド】を併用して拘束――の筈が……


 ヒューン、ドンッ! ビチャビチャッ――


 魔物は墜落すると同時に身体が真っ二つに割れ、グチャグチャに砕け散った。

 恐らく、【シャドウバインド】で拘束したために、墜落時のエネルギーを分散できなかったのだろう。


 本来なら、地面を滑走しながら墜落した筈だ。

 それが垂直落下になってしまった。


 計算して行った訳では無いが、結構エグい攻撃となったようだ。

 毒を有した死骸が、広範囲に飛び散らなかったため――被害は最小限で済んで良かった――と考えよう。


「見てください、ヤクモ――目玉だと思っていた部分は人でした……」


 流石のサクラも、これには引いたのだろう。

 目玉が飛び出ていると思っていた部分は、下半身と腕、それに体毛が無く、血管を浮かせた青い肌の人型をしていた。


 赤い眼球をしおり、苦しんでいるのか、怒っているのか、浮き出た血管をピクピクとさせている。左右で対になっていたのだろうが、片方は墜落の衝撃で死んでしまったようだ。ぐったりとしている。


 どうする?――対話を試みるべきか……。


「ウガーァ、グガガァ、ゲガァー」


 うん、無理だな――複数の影の刃を飛ばす<魔法>【シャドウダガー】を使用する。勿論、そのままでは、ただ影を飛ばしただけになるので【クリエイト:剣】を併用し、物理効果を付与することで止めを刺す。



 ――サクラのレベルが2上がりました。


 ――ルビーのレベルが1上がりました。


 ――プリムのレベルが5上がりました。



 やりました☆――とサクラが喜ぶ。中々の強敵だったようだ。

 サクラが手伝ってくれたお陰で、まったくそんな感じはしなかった。

 しかし問題は――この死骸をどうするか――だ。


(触りたくない……)


 かと言って、燃やしていいものだろうか……。

 正直、夕食を作ってくれると言っていたサクラには悪いが、食欲も失せてきた。


「ヤクモ、ヤクモ」


 サクラに呼ばれ振り向くと、


「この娘も、仲間になりたいみたいです!」


 足元にポイズンスパイダーが居た。

 罠を張り、プリムを捕まえていた個体だろうか?

 仲間にしたら、プリムが嫌がりそうだが――


(そうだ!)



 ――<スキル>【コントラクト:魔物】Lv.2の習得に成功しました。



 俺はポイズンスパイダーを【テイム】すると『アリアドネ』と名前を付けた。



 ――ポイズンスパイダーはヴァニティスパイダーに進化しました。



 真っ赤な蜘蛛に姿を変える。ルビーの時と同じだ。

 プリムの時は進化しなかったので、何か条件があるのだろうか?


―【プロフィール】――――

名前:アリアドネ  性別:女  年齢:3

レベル:5  分類:動物  属性:-

メインクラス:ヴァニティスパイダー

スタイル:ファミリア

サブクラス:-

ジョブ:狩人

ユニーククラス:スパイダー

タイトル:忍び寄る者

―――――――――――――

森の狩人。<勇者>ヤクモの従魔。

―――――――――――――


「アリアドネ、早速で悪いが、この死骸を捕食できるかい?」


 わかりましたわ、ご主人様――とでも言うように前足を二本上げると、早速、糸を巻き付け、飛び散っていた死骸を包み込んでしまう。

 毒にも耐性があるため、問題無いようだ。


 大きな死骸は【ウインドカッター】で切り刻もうと思ったが――硬い。

 仕方が無いので【エアリアルスラッシュ】で切り裂く。

 これで多少は、作業が捗るだろう。


 後は魔法で、サクラが被害を出した場所を片付けよう。

 折れた木々は【リペア】で修復してから【ヒール】だ。

 プリムも手伝ってくれるので、MPの消費も少なくて済む。


 しかし、魔法で戦うよりも――草を刈ったり、片付けたり、回復したり――と別の用途に魔法を使っているのは何故だろうか?


 周辺の掃除も終わり、アデルの家に戻り、風呂を借りた後、食事を取る。

 ロックボアの肉を使用したハンバーグがメインだった。

 サクラが食器の片付けをしていると、アデルが、


「【魔力感知】は習得しているの?」


 と聞いて来た。そう言われると習得していない。

 この世界に来た時は<スキルポイント>に余裕がなかったため、習得しなかったが、今は問題ない。早速、習得する。


「一応、結界は明日、張り直す予定よ。その<アビリティ>があれば、勇者様なら迷わないと思うわ。それと――」


 まだ何かあるようだ。

 いや、色々と知っているが、小出しにしている感じがする。


「【ポーカーフェイス】のスキルを持っているわね」


 俺は頷く。


「スキルレベルを5まで上げると、上位スキルの【ペルソナ】を習得できるようになるわ。仲間の<ユニーククラス>をコピーできるから、レベル20になったら習得してみて」


 確かに、レベル20になると<ユニーククラス>をもう一つ設定できるようになる。アデルが言っていることは間違っていない。

 ただ、【ポーカーフェイス】にスキル枠を割いていいものか――疑問だ。


「サクラを助けたければ、覚えておいて」


 どうやら、彼女の忠告は素直に聞いた方が良さそうだ。


「呼びました?」


 とサクラ。丁度、洗い物が終わったのか、タオルで濡れた手を拭いている。


「ああ、スキルについて教わっていた。サクラもレベルが上がったな。後で一緒に設定しよう」


「ありがとうございます! まずは打撃系を中心にお願いします」


 いや、<メインクラス>が<メイジ>では、それは難しいだろう。サクラの<サブクラス>には、<シューター>か<アーティスト>がいいと考えている。

 寝る前に相談しよう。


「善処する」


 とだけ俺は答えた。


 翌日になり――


 早朝、サクラのことをアデルに頼み、俺は<魔法>【テレポート】を使って、神殿都市まで移動した。そして、まだ誰も居ない『冒険者ギルド』へと顔を出す。


「ひゃっ」


 受付嬢だろうか? スキルを使用して忍び込んだため、驚かせてしまったようだ。

 警戒しているようだったので、俺は両手を上げ、敵意が無いことを示すと、


「俺は勇者だ。先日は連れが迷惑を掛けたので謝りに来た。すまない」


 と頭を下げた。同時に<剣>の精霊・グリムイーターを呼び出す。


「人型――高位精霊……様⁉」


 受付嬢はそれで信じたようだ。


「悪いが、ギルドマスターに会わせてもらえるか?」


 彼女は――わかりました――と頷くと、慌てて二階へ上っていった。

 それからは、トントン拍子に事が進む。不測の事態にも慣れているのだろう。


 まずは、精霊の力でステータス板を偽装していたこと、勇者であることを秘密にして欲しい旨を伝える。まだ国からは、『勇者召喚』について正式に発表されていなかったが、ギルドマスターは事前に情報を掴んでいたようだ。


 二つ返事で承知してくれた。

 また、先刻のサクラが及ぼした被害についても、確認しなければならない。


 予想通り、怪我人が出たようだが、たまにあることなので問題ないという。

 ただ、高ランクの冒険者が怪我をしてしまったため、滞っている依頼が幾つかある旨を伝えられた。俺はすべて引き受けることにした。


 『冒険者ギルド』から出ると、俺は再び<魔法>【テレポート】を使用する。

 生憎、『魔女の森』の入口にある碑石――座標石――までしか移動することはできなかった。


 【シャドウダイブ】と【シャドウムーブ】を併用して、森の中を移動する。

 直進できるため、かなりのショートカットになった。

 戻った俺は早速、サクラに話を持ち掛けた。


「魔物退治に行くことに――」「行きます!」


 即決だった。

 向かうのは、妖精『コボルト』たちが住むという北東の森にある洞窟だ。


 北東の森は『白亜の森』と呼ばれ、真っ白な植物が多く生息する地域らしい。

 『冒険者ギルド』の依頼にも『魔晶石』の採掘があった。クズ石も手に入るだろう。


 この世界の妖精については、プリムのように、翅の生えた小さな人間の姿をしたフェアリーも居れば、『ゴブリン』も妖精に含まれる。

 この世界の『ゴブリン』は小鬼ではなく、真っ黒で、雪達磨に似た姿をしていた。


 俺の印象では、陽気な性格で「ヒーホー」と言って、<氷>属性の魔法を使ってきそうな感じだ。


 どうやら、この世界では、妖精は魔物というより、不思議な力を持った隣人といった存在らしい。プリムが進化しなかったのも、その辺りが原因だろう。

 根本的に――種の起源が違う――と考えた方が良さそうだ。


 湿地帯などで<マナ>が溜まることによって生まれるスライム。

 蜘蛛は当然、卵から生まれる。

 花の妖精は、花の蕾から生まれる――と知識にはある。


 うーん、俺が考えたところで、答えに辿り着けそうにない。


 兎に角、『コボルト』も、その妖精に含まれ、鉱石から生まれると知識にはある。

 故に、洞窟に住む妖精とされている。犬の頭だけの幽霊のような存在だ。

 人魂ならぬ――犬魂――と思えばいい。


 基本的に妖精は、こちらから危害を加えなければ大人しいとされている。

 稀に人間の子供を攫うという『チェンジリング』がある辺りは『お約束』だ


 さて、サクラを連れて行くことが、吉と出るか凶と出るか――

 いや、多分、碌な事にはならないのだろう。

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