第57話 ヤクモ<魔女の家>:襲撃(1)
――ポヨン。
どうやら、スライムの『ルビー』がクッションになってくれたようだ。
巨大化させた躰を元の大きさに戻す。
上着の中に隠れていた妖精『プリム』を潰さないように守っていたので、受け身が取れなかったが、『ルビー』が庇ってくれたようだ。
「助かった……ありがとう」
――プルプルプル。
助けて貰わなければ、俺が怪我をするところだった。
「いったい、何だったんだ?」
俺は巨大化した『ルビー』から飛び降り、着地すると首を左右に振った。
驚いて顔を出した『プリム』も、フルフルフルと首を左右に振ると、俺を見上げて首を傾げた。
俺は原因を確認するため、サクラたちの元へと戻ることにした。
(それにしても、結構、吹っ飛ばされな……)
俺は周囲への影響を確認しながら歩いた。最初、大きな被害は見受けられなかったが、近づくにつれ、傾いた木を見付けた。衝撃波のためか、ハラハラと木の葉が舞っている。俺の身体に着いた枝葉をプリムが取ってくれた。
「あ、ヤクモ! お帰りなさい。ゴハンにします? お風呂にします? それとも、わたしですね☆」
「確定事項かよ」
突っ込みを入れつつも、サクラの様子が奇怪しいことに気が付く。
どうやら、何かを隠しているようだ。
「今、何かを隠さなかったか?」
「な、何も隠してない……ですよ?」
そう言って、サクラは目を逸らす。スキルで判定するまでもない。
俺はサクラを押し退けると、
「説明して貰えるか?」
アデルに質問する。彼女も放心状態のようだったが、直ぐに気が付き、
「よ、予想以上で驚いちゃった――あはは……」
と笑って、乱れた髪を手で直し始めた。
まぁ、無理もない。この周囲だけ、木々が薙ぎ倒され、地面が抉れているのだ。
まるで隕石でも落ちたかのような有り様だ。
下手をすると、今日、泊る家も無くなっていただろう。
「『魔晶石』だったか? サクラに渡していたようだが……」
「はい! それを持っていると、MPの代わりになるらしく、<魔力>を込めてみました☆」
サクラは興奮しているのか、楽しそうだ。
だが、俺はそんなサクラの異常を見逃さない。
「――! 右手……怪我しているぞ!」
俺は慌ててサクラの手を取った。
(さっき、隠したのはこれか……)
勇者では無いサクラは、俺たちのように不死身の肉体を持たない。
最初は――血が出ているだけ――の認識だったが、よく見ると、骨も砕けていそうだ。皮膚が裂け、一部は炭化している。
サクラは俺のように<スキル>【ポーカーフェイス】を持っている訳ではない。
――どうして、こうも平気で笑っていられるんだ?
「大したこと、ありませんよ! 寧ろ、ヤクモに手を握って貰えるなんてラッキーですね☆」
俺は【アイテムボックス】から素早く消毒液を取り出すと、傷口へと掛ける。
回復の効果もあるので、止血はできたが――
「バカなことを言うな!」
(手なんて、いくらでも握ってやる……)
{
――<スキルポイント:40>を消費し、
【魔術:癒】Lv.4をLv.5に上げますか?(残り:380)
<(YES)/ NO >
――<魔法>【リペア】Lv.1の習得に成功しました。
――<魔法>【リジェネレーション】Lv.1の習得に成功しました。
――<スキルポイント>は(残り:340)になりました。
}
俺は修復の魔法である【リペア】を使用し、サクラの折れているであろう骨を修復する。そして、【ヒール】を重ね掛けする。怪我は治るが、痕が残るかも知れない。
アイカちゃんの時と同じく、<力>の精霊に頼むか……。
だが、サクラは怪我を繰り返すだろう。
その度に何度も精霊の力を借りて、いいのだろうか?
「大丈夫ですよ。昔らか、この程度の怪我なら、直ぐに治ります!」
「直ぐに治るって、そんな訳……」
サクラが腕を見せる。既に傷は塞がり、腕は元通りになっている。
【ヒール】の効果だけでは、絶対に有り得ない。
「あはは……気持ち悪いですか?」
不安そうに見詰めるサクラを、俺は膝を突き抱き締めた。
「ひゃうっ?」「そんな訳ないだろう。バカッ……心配させるな――」
撫子から聞いてはいた。
彼女たちの父親は、随分と前に家を出て行った――と。
(これが原因か……)
<スフィア>が発見された頃より、噂にはなっていた。
子供にだけ起こる奇跡の話だ。
大怪我や病気をしても、完治してしまう――という噂だ。
実際に起こっていたとしても、そんなことを医者が認められる訳も無い。
噂は風化し、ただの都市伝説として、囁かれるだけになった。
今思えば、<マナ>の影響を色濃く受けた子供たちが居たのだろう。
何故、サクラが――いや、そんなこと……今はどうでもいい。
「ヤクモ……泣いているのですか?」
「泣いていない――ただ、俺も怪我をしていたみたいだ。痛みで動けない……」
「じゃあ、仕方ないですねぇ――もう少し、このままでいいですよ……」
サクラはそっと俺の頭を撫でた。
「泣き虫さんですね……」「誰の所為だ――」
「昔、撫子ちゃんも同じようなことをしてくれました。わたしの代わりに泣いてくれる人は、ヤクモで三人目です」
もう一人は、アオイだろうか? 俺は一呼吸置くと、直ぐに離れた。
実際、泣いていた訳ではない。少し、感情的になってしまっただけだ。
サクラは――もういいんですか?――と名残惜しそうに指を咥えている。
「アデル……今のは実戦で使えるのか?」
立ち上がり、俺は質問する。
「実際、技としては問題ない筈よ。以前も――ワタシの大切な人が、同じ戦い方をしていたから……」
なるほど、それでサクラにアドバイスができた訳か――
「まぁ、サクラがモノにできれば――だけどね……」
俺は再び、サクラを見詰めた。
危険なので、これ以上の使用は止められると思ったのだろう。サクラは、
「ちょっと、練習が必要ですが――多分、できると思います」
と答える。端から止めるつもりはない。
サクラがそう言うのであれば、できるのだろう。
「わかった。でも、無理はするなよ」「はい☆」
「あのー……」
とアデル。何だか言い難そうにしていたが、考えが纏まったようだ。
「まずは、片付けをお願いしていいかしら……」
確かに、サクラが発生させた衝撃波で、周囲がメチャクチャになっている。
アデルの家にも、枝葉や土が飛んで行っただろう。
「す、すみません! 直ぐに片付けます!」
とサクラ。
(――いや、直ぐには無理だろう……)
「魔法で何とかするから、サクラはルビーと一緒にアデルの家の方を頼む」
「わかりました!」
【シャドウスワンプ】と【シャドウムーブ】を併用すれば、倒木は何とかなるだろうか? 【ヒール】で直せるといいのだが……。【シャドウボール】と【クリエイト:力】を併用し、引力を作り出せば、簡易掃除機になるかも知れない。
「あー、それとね。『魔晶石』なんだけど……」
「すみません。砕けてしまいました(しゅん)」
アデルの言葉に、サクラが謝る。
「それはいいの。そういうモノだから」
とアデル。続けて、
「お願いなのだけれど――『白亜の森』に『コボルト』たちが住む洞窟があるから、そこでクズ石を採取して来て欲しいの……」
「クズ石?」
俺は聞き返す。
「そ、濃度の高い『魔晶石』しか、今は手元に無くて……。でも、サクラの力を見る限り、MP1点分くらいの『魔晶石』で練習した方がいいわ」
そういうことか。毎回、この衝撃波を出されては堪ったモノではない。
「確かに」「それと――」
「まだあるのか?」「敵が来たみたい」
強い風が起こり、木々がざわめく。
耳を澄ますと――ブーン――と羽音のようなモノが聞こえる。
{
――【警告】【危険感知】に成功しました。敵が迫っています。
}
東の空を見ると、黒く巨大な何かが飛んで来るのを確認できた。
(飛行能力を持つ敵か――面倒だ……)
「もしかして、俺が結界を壊した所為か?」
俺の問いに、アデルは首を横に振った。
「あれは、森に入った者を惑わすための仕掛けだから、空からの来訪者は想定していないわ」
「そうか……」
俺が原因では無かったことに安心はしたが、状況が改善された訳ではない。
問題は――ヤツをどうやって地上に落とすか――だ。
「狙いはアデルか――下がっていてくれ!」
俺の言葉に、
「そうさせて貰うわ。今度は、勇者様の実力が見たいし――でも、気を付けて。アレは『異質の魔王』によって造られた魔物よ」
とアデル。実力を見たいと言われても、俺には大した実力は無いのだが……。
それにしても『異質の魔王』とは――
神殿を出て早々、厄介な魔物を相手にする破目になってしまった。
「サクラ、行けるか?」
「勿論です! 早く倒して、掃除を終わらせて、夕飯を作ります! あ、ヤクモは何が食べたいですか? ハンバーグでいいですか?」
どうやら怪我の心配は要らないようだ。それにしても、凄い余裕だ。俺は【ステータス】魔法を使い、【アイテムボックス】から買っておいた『鉄球』をいくつかサクラに渡した。野球ボールよりは小さいが、サクラの手には丁度いいだろう。
本来は、こんな場所で使う予定では無かったのだが、サクラなら当てられるだろう。
「わぁっ!」
突如、手元に現れた『鉄球』にサクラは驚く。
だが――これを使え――ということは理解したのだろう。
「ヤクモ、杖も出してください!」
(あれか――あれ、色々飛び散るから使って欲しくないんだが……)
サクラに街で購入した『漆黒の杖』を渡す。
「では、行きますよ!」
――カキーン☆
サクラは打った。俺としては、砲丸投げを予想していたのだが――
――カキーン☆ カキーン☆ カキーン☆
サクラがスイングにより、『鉄球』を打つ。
肩が強いとか、そういう話ではない。
いったい、どういう膂力をしているのだろうか?
パシュンッ、パシュンッ、パシュンッ、パシュンッ――命中したようだ。
青か緑か、よくわからないが、上空で体液が噴き出す。
相手を挑発できればいい――と思っていたのだが、予想以上の効果だ。
「すみません。バットのようには行きませんね! 翅を狙ったのですが、少し曲がってしまいました」
そういう問題では無いのだが――サクラを常識で図るのは、もう止めようと思った。
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