第56話 ヤクモ<魔女の家>:竜乙女(2)

「ほえ~」


 と間抜けな声を出して、『魔女』を見上げるサクラ。

 それもその筈、『魔女』の全長は優に3mを超えていた。


 俺はある程度の推測はできていたので、動じることは無かったが、サクラには想定外の出来事だったのだろう。


 戸惑う――という訳では無いが、素直に驚いている。

 俺たちを家に招き入れた少女は、やはり、『魔女』本人だった。

 その姿は下半身が蛇で背には翼を持っている。


 メリュジーヌ――と言っただろうか?

 相手のレベルが高いためか、【鑑定】が失敗した。


 メリュジーヌは――上半身は美女の姿だが、下半身は蛇で背中にはドラゴンの翼が付いている――という存在だ。

 確か、ドラゴンメイドやマーメイドの仲間だったと記憶している。


「ゴメンなさい……お客さんが来ることなんて無いから――えっと、カップは何処だったっけ?」


 部屋中を縦横無尽に動き回る『魔女』の姿に、


「わたしも手伝います!」


 とサクラ。テキパキと動くその姿は、他人の家だというのに手慣れている。

 確かサクラには、撫子の他にも下に弟や妹がいて、家事の殆どは彼女がやっている――と言っていた。


「ありがとう……えっと、サクラ」


「どういたしまして――はて? わたしは何とお呼びするといいでしょうか? 魔女さん? 師匠?」


「ただのアデルでいいわ……もう、昔の名前は捨てたの――」


「わかりました! アデルちゃん☆」「……ちゃん?」


 目を丸くするアデル。

 それから、間を置いて――フフフ――と彼女は笑い出す。


「サクラ……貴女、面白いわね――いえ、貴方たちね」


 正直、俺とサクラを同一視するのは反論したい所だったが、今は黙っておこう。

 どうやら、俺たちは彼女に気に入られたようだ。


「ヤクモ……わたしたち、お似合いだそうです♥」


 サクラはカップとクッキーを用意すると、俺の隣に座った。


「――勝手に記憶を捏造するな……」


(ドサクサに紛れて、コイツは何を言い出すのやら……)


「フフッ……で、何の用かしら?」


 アデルがカップに紅茶を注ぐ。

 匂いで目が覚めたのか、俺の外套の内ポケットに入っていたプリムがフラフラと飛び出し、テーブルの上に着地するとクッキーを抱え頬張った。


 アデルは何も言わないので、俺も気にしないことにする。


「さっきは――理由はわかった――と言っていなかったか?」


 俺はそう言って、アデルを訝しむも、サクラは、


「わたし、魔法少女になりたいんです!」


 と前のめりに言う。


(うん、それ――伝わらないヤツ)


「なるほどね、わかったわ」


(あれ? 伝わった……コイツら、波長が合うのか⁉)


「復讐したい男がいるのね♥」


(あ、やっぱり伝わってなかった……)


「違います。そういう時は、その場で殴れば済む話です……」


(いや、普通は済まない……)


「えっ⁉ 呪いを掛けて、苦しませてから殺さないの?」


(ダメだコイツら――早く何とかしないと……)


「えーと、いいか?」


 このままでは話が進まない。堪えかねて、俺は右手を上げる。


「あ、ヤダー!……勇者様が本気にしてるーっ⁉」


「まあまあ、そこがヤクモの可愛いところですよ☆」


(コイツら、本当に腹が立つな……)


「先ずは、きちんとした自己紹介だ。俺はヤクモ――ツキカゲ・ヤクモだ。この地に勇者として召喚された」


「わたしはイヌマル・サクラです! 同じく勇者です☆」


 アデルは首を傾げたが、


「ワタシはアデル――この『魔女の森』の管理者よ……」


 と告げる。彼女の瞳の奥が光った。

 何か見透かされたような気分になる。


「大体の内容は理解していると思うが、俺たちは魔王を倒すための力を身に付けなくてはならない――都合のいいことを言っているのは重々承知だ。申し訳ないが、サクラに戦い方を教えてやってはくれないだろうか?」


 俺が頭を下げると、サクラも――お願いします――と頭を下げた。


「えーと……つまり、魔法を教えればいい――ということ?」


「できれば、MPを使わない方向で!」


 とサクラ。アデルは微笑むと、


「わかったわ」


 と答える。俺とサクラは一度、視線を合わせた後、


「あるのか⁉」「あるんですね!」


 と声を揃えた。アデルは少し驚いた様子だったが、優しく微笑んだ。

 何か思い出したのだろうか? 少し嬉しそうだ。


 彼女は俺たちを外へと連れ出した。

 そして、開けた場所まで行くと講義が始まる。


「いい、サクラ。魔法の発動には、大きく分けて4通りあるの」


 とアデル。はい、アデルちゃん!――とサクラは真面目な生徒の振りをする。

 その集中力がいつまで続くのかは見物だ。


「一つ目は――呪文や歌など、詠唱による発動」


 スキルで発動できるので、特に必要は無さそうだが、呪文を唱える方が、魔法の調整が色々と可能になるらしい。できれば、覚えて置きたいところだ。


「二つ目は――魔法陣やルーン文字などを使い、条件を満たすことによる発動」


 設置型の魔法ということだろう。ダンジョンのトラップや遺跡内の仕掛け、魔道具などに見ることができる。法則を理解しておけば、どのような効果があるのかわかるため、冒険に出る際には覚えて置きたい。


「三つ目は――杖や魔石、精霊などの媒介による発動」


 要は魔道具や精霊を封じ込めた道具を使うということだろう。

 これらは魔力を込めると、増幅したり、別の力に変換したりしてくれる。

 魔法を封じられているサクラには、難しいだろう。


「四つ目は――強いイメージや思念で、<マナ>への干渉による発動」


 正直、これはよく意味がわからない。思い当たるとすれば<スフィア>だ。

 <マナ>をあらゆる物質や現象に変換することができる。

 スキルに頼っている俺には難しいのかも知れない。


 勇者は【ステータス】魔法を使えるため、感覚が掴むのが難しい可能性もある。

 だが言われてみると【クリエイト:影】の場合、影の濃さや範囲などをイメージしてから発動している。


「どれも根幹は――<マナ>を利用する――ということで同じだけれど、ワタシたちの世界では、このように考えているわ」


「はい! 大体わかりました。アデルちゃん☆」


 とサクラ。本当にわかったのか?――と突っ込みを入れたいところだが、ここは集中させて上げよう。


「サクラに合っているのは四つ目の具現化ね。今から、それをやって貰うわ」


「はい! お願いします(ビシッ)」


 やる気に満ちている。俺は、


「……大丈夫そうだから、森へレベル上げに行って来る」


 傍に居ても邪魔になりそうだったので、森へ出掛けることにした。

 練習しているところは、あまり他人には見られたくない筈だ。

 問題があるとすれば、サクラの封印だが、アデルは気付いている節がある。


 <力>の精霊の力も借り、封印を強化しているので、大丈夫だろう。

 例え、ここでサクラが魔王だということが知られても、最悪、クラスメイトにバレなければいいだけだ。


 現状、打てる手は打ってある。それに、ダメな時はダメなモノだ。

 それよりも、試しておきたい魔法の組み合わせが幾つかある。神殿では人の目があったため、試せなかったが、こっそり練習するには丁度いい機会だ。


「あ、行ってらっしゃい☆」


 サクラが手を振る。


「はい、よそ見しない!」


 アデルが尻尾で器用にサクラの方向を変える。


「すみません!(ビシッ)」


 敬礼するサクラ。アデルは、そんなサクラに何かを手渡したようだ。


「これは『魔晶石』と言って……まぁ、MPが結晶化したモノね。これを握って、適当に魔力を込めてみて――」


「はい! <魔力>を……拳に……込める――」



 ――【警告】危険感知が成功しました。警戒してください。



 次の瞬間、背後からの衝撃波で飛ばされ、俺は森へと突っ込んだ。

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